105話 恐怖
ホミが過去を語りだす。
「先代の大巫女である母は、片腕である司祭オルトと共にこの地を上手く治めていました。民のことを思った政策が、回り回って一番都市のためになることを分かっていたんです。
ですから母はどこに行っても感謝の言葉をかけられていました。そんな母の後ろ姿を見て、いつか私もそうなりたいと自然に思っていました。
ですが歯車が狂いだしたのは三年ほど前のことです。私が物心つく前に父が他界した原因である流行病に、母も罹ってしまったのです。どうにか回復させようと様々な秘薬や魔法が使われましたが、衰弱する一方でした。
それでも母は私の前では元気な姿を演じていました。ですが私だって子供じゃありません。無理していることは分かっているけど、それでも嬉しくて……ある日突然母は息を引き取りました。
違います、分かってなかったんです。母は私の想像以上に無理をしていたんです。
大事な存在をなくす喪失感に私は打ちのめされました。しかし、下ばかりを向いていられません。母の死を以て、大巫女の座が私に引き継がれるからです。
この都市を、母が愛したこの地を守る。継承の儀を終えて、決意を新たにした私が連れて行かれたのが……この部屋でした。
今でもそのときのことは覚えています。母と共にこの地を愛していたはずのオルトがぞっとするほど怖い顔をしていて、その隣にはナキナさんといういつの間にか近衛兵長になっていた女性がいて……二人は私に命令しました。
その内容は恐ろしいほどに民を軽んじたもので、当然私は抵抗しました。しかし二人は私をとことん追い込んで………………こうしてワガママな姫は誕生しました。民としては権力を持った私が暴走しだしたようにしか見えなかったでしょうが。
それからはもう地獄の日々でした。民が苦しむ姿をまざまざと特等席で見せつけられ、反抗の意志を持つ度に打ちのめされ、協力者を作りようやく光が見えたと思った次の瞬間に帰らぬ者となったことを聞かされて。
立て続けに大事な物を無くした結果、恐怖が植え付けられたんだと思います」
そうか。ホミがヤンデレなのは似合わないと思っていたが……恐怖から過保護なまでに執着するようになったと。
「ありがとうございます、サトルさん。話を聞いてくれて。だから私にとってこの地は譲れない場所なんです」
「礼を言われるような事じゃない」
「でも……だからこそ私は死ぬべきなのかもしれません」
「どういうことだ?」
物騒な発言に思わず聞き返す。
「サトルさんは聞いてないんですよね。パレード前に演説したときのことを。神殿を金で覆うための資金は貯まったことにして、次は自分の黄金像を作るように演説しろと……二人に従って私が話した結果、民に浮かんだ感情は怒りを通り越して殺意とまでなっていました。
悪く言うつもりではないんです。私だって同じ立場なら何馬鹿なことを言ってるんだ、と思うでしょうから。
あれによって元々低かった私の執政者としての評価は地の底にまで落ちました。もし予定通りパレードで殺されたとしても、民からは死んでせいせいしたと思われるほどだったでしょう。
そんな私が……もう独裁都市で何か出来ると思いますか? この地のことを民のことを思うならば……私が死んだ方がいいんじゃないかと……最近ではそんなことも頭をよぎるようになって……。
実を言うとオルトの目的は察しが付いているんです。彼は私の代わりにこの都市を治める地位に就きたいんです。そのために私の評価を落として、こんな最低な大巫女よりは伝統ではないけど司祭が都市を治めた方がマシだという世論を形成させたんです。
彼のやり口は卑劣極まるものですが……その策に従って生き恥を晒している私より、すぱっと彼に変わった方が民のためになるかもしれないと……だから私が死んだ方が……」
「もういい、分かった」
俺はホミの話を遮る。
「サトルさん……分かってくれましたか、やはり私は……」
「違う。俺が分かったのは……おまえが嘘を吐いていることだ」
「え……?」
「まどろっこしいのは嫌いなんだ。だからすまんな」
背中から抱き着かれているホミを振りほどいてから体を反転させる。ベッドの上でホミと正面に向き合い、俺はその両肩を掴む。
そして――。
「ホミに命令する。本音で答えろ」
「……っ!」
「民もこの状況も一切合切どうでもいい。おまえ自身がどうしたいか話せ。本当に独裁都市のために自分が死ぬことが……おまえの出した結論なのか?」
魅了スキルの力によって、強制的にホミの心の内を暴き出す。
「本当は………………私だって死にたくありません! 母のようにこの地を自分で導きたいんです!
馬鹿なことを言っているのは分かっています! ここまで民を苦しませてきた元凶が何を言ってるんだと白い目で見られるだろう事も!
土下座しても許してもらえないでしょう、石を投げられることもあるでしょう!
それでも諦めません、譲るつもりはありません!
だって私が一番この地を、民を愛しているって……信じていますから!」
ホミの抑圧されていた本音が漏れ出した。
「ははっ……中々に傲慢じゃねえか」
先ほどまで言っていた建前と180度違う本音に、俺は愉快気に笑う。
「どうして……こんなことを。私は我慢していたんですよ。明日死んでしまうのに……こんな自覚させられたら未練しか残らないじゃないですか!」
俺と一緒に寝ることをせがんだ時も震えていた。
今もそうだ。
恐怖で目に涙を浮かべているホミに俺が出来ることは。
「すまんなこんなことしかできなくて。――命令だ、ホミ。眠れ」
「それ……は……」
魅了スキルの命令によってホミはすぐに寝息をかき始める。
少々強引だが、このまま眠れないよりはマシだろう。気になるのは悪夢を見ないかだが、そもそも現状が悪夢みたなものであることを考えると、体力回復できるだけ眠っている方がいいと割り切る。
「すぅ……すぅ……」
穏やかに眠るホミの顔を覗きながら……俺は一つ考えてたことを実行する。
「命令を解除する」
「ん……すぅ……すぅ……」
さて、これで眠れという命令は解除されたはずだが……ホミが起きる気配はない。
どうやら成功みたいだな。
眠れという命令を解除することによって、反対の状態である起きる行動に繋がるわけではないようだ。命令によってさせられた状態は、命令が解除されても続く。
だったら……上手く行きそうだ。
「おやすみ、ホミ」
眠っているホミに声をかけると、俺はベッドから起き上がる。
ホミと一緒に寝るとは言った。だが、眠るとまでは言っていない。
屁理屈だが頼みは完遂したということで、俺は元のソファに戻り一人寝転がる。
「…………」
結婚か……俺には一生縁がないと思ってたのにな。敵の策略とはいえこんなことになるとは。
未だに実感が沸かない。明日結婚することだけでなく……死んでしまうかもしれないことも。
だからといって俺一人にだけ落ち着く時間をくれたりはしない。時は万人に平等だ。
だったらせめて早めに寝ようと俺は目を閉じるのだった。




