104話 同衾
結婚式がついに明日とまで迫ったその夜。
「今日は早めに寝るか……」
俺は応接用のソファに寝そべり眠ろうとしていた。
ナキナが伝えたスケジュールによると結婚式は正午からのようだが、その前から準備で忙しくなるようだ。また結婚式で起こるだろう騒動のことを考えると体力だけでも万全にしておきたい。
というわけでうとうとしだしたタイミングで、服を引っ張られる感触があった。
「……ん?」
「サトルさん」
「わっ……ホミか」
目を開けるとホミの顔がドアップで広がっている。
「驚かせてすいません。起こしてしまいましたか?」
「いや、まだうとうとしていたところだから大丈夫だが……何の用だ?」
「そ、それは……」
用があるからわざわざ声をかけたんだろうと聞くが、ホミはもじもじとして用件を伝えない。少しして、顔を赤くしながらも決心が付いたようで口を開いた。
「サトルさん! 今日は一緒にベッドで寝ませんか!」
「…………は?」
衝撃を受けてポカンとなる俺に、ホミはマシンガンのようにしゃべりだす。
「だって明日は結婚式ですし、一日中忙しいはずです。ならちゃんとベッドに寝て体力を回復するべきで……そうですよ、今までずっとサトルさんをソファに寝かせていた私が悪いんです」
「ソファはフカフカで正直普通のベッドより寝心地良いから大丈夫だぞ。それに年頃の男女が一緒のベッドに寝るわけには行かないし……」
「ですが、私たちは明日結婚するんですよ。でしたら一緒に寝るくらい当然です! そうです、先だって今日を初夜にしましょう!」
「だから……」
いついなく焦った様子のホミに言い聞かせようとして。
「駄目、ですか?」
あふれ出る感情全てをこめただろうその言葉に俺は動きを止められた。
「…………」
そうか。
言葉に惑わされず、ホミ自身を見ていれば最初から分かったはずだ。
威勢よくまくしたてながらもその手が震えていることに。
「……分かった。今日だけだからな」
気づいては見逃すこともできず、仕方なく折れることにした。
ソファから立ち上がってベッドに向かうとホミもその後ろを付いてくる。ベッドは二人が寝ても優に寝返りを打てるほどの広さがある。
ホミが明かりを消す。部屋が暗くなった。
そしてベッドの前で二人して立ち尽くす。
動く様子のないホミを見て、どうやら先に俺が動かないといけないようだと悟る。そのためベッドの端で外側を向いて寝転がって……直後背中に感触があった。
ホミが背中から俺に抱きついてきたのだ。
「ホミ。ベッドは広いんだからもうちょっと向こうに……」
「駄目、ですか?」
「……おまえ。そう言えばいくらでも俺が従うと思ってるだろ」
「えへへ……はい。何だかんだ甘いサトルさんは従ってくれると思っています」
「はあ……」
酷い算段を付けられているようだが、実際俺に逆らう気が無いのは確かなことだ。
その後しばらく無言となった。
誰かと一緒に寝ることなど俺は初めてだった。くすぐったくて落ち着かないのと同時に温かくて落ち着く。相反する気持ちの内、今は前者の方が大きくて眠れそうにない。
「それでどうして今日は一緒に寝ようだなんて言い出したんだ?」
自然と俺は口を開いていた。
「ずっと機会は窺っていたんですよ。好きな人と触れ合いたいって気持ちは普通のことでしょう?」
「まあ、そうだな」
「踏ん切りが付かなかったんですけど……今日が最後のチャンスだったので思い切ったんです」
「……そうか」
俺たちは結婚式の開催が決まってから三日の間、他愛の無い話をしてきた。どうやって生き残るのか……そのような無駄な話はしてこなかった。
だが、そうだ。悪足掻きの詳細くらいは話しておいた方がいいだろう。
「そういえば、ホミ。手紙について………………やっぱ無しで」
「……? どうしたんですか?」
「いや、何。この状況で他の女の話をするなんて無粋だろ」
「なるほど……サトルさんも少しは女心が分かってきたようですね」
ホミにしたり顔で頷かれる。
「ですが、すいません。サトルさんが気を利かせてくれたのはありがたいんですが、手紙については私からも聞きたいことがあって」
「何だ……?」
「あの手紙にサトルさんは私と共に生きていくことに決めた、って書いていたでしょう。あれって本気なんですか?」
「……そうやって聞いてる時点で答えは出てるんだろ」
「はい。もし奇跡が起きて二人とも助かったとしても……サトルさんはこの都市を出て行くつもりなんですよね」
「ああ。以前に俺が姫様のことを気に入るんじゃないか、って話があってな。あの文面はそれを思い出して、二人を冷たく追い出すのにちょうどいい理由だと思って書いただけのものだ。本気ではない」
ユウカの言葉だっただろうか。男は同年代の子を好きになりやすいという謎の理論を言われたものだ。
「私は……別に本気にしてもいいと思っています。そうですよ、どうにかオルトとナキナを追い出した後、二人で一緒にこの独裁都市を治めましょうよ。荒れた都市を立て直すのは民からも感謝され、やりがいのある仕事になると思います」
「ブラック企業みたいな謳い文句だな」
「気が進まないならサトルさんは王様としてふんぞり返っているだけでもいいです。実務は私と部下に任せてくれてもいいです。とにかく……これからもずっとこの都市で私と一緒にいてください」
「…………」
「駄目、ですか」
ホミの願いはごちゃごちゃした現状をすっ飛ばした仮定の話だ。
実現するかも分からない、ならばホミを安心するために形だけでも頷くのがベストなのかもしれない。
だが……そうだ。裏切られるのが嫌いな俺が、誰かを意図して裏切るなんてことあってはならない。
「駄目だな」
「……どうしてですか?」
「俺には元の世界に戻りたいって譲れない思いがあるからだ」
「元の世界よりもずっと豪華で豊かな暮らしをさせると誓います!」
「それでも駄目だ。簡単に代替出来ないから譲れないんだ。ホミだってそうだろ、俺と一緒にいたいと言う割には――どうして独裁都市を捨てて俺に付いていくと言わないんだ」
「それは……」
「別に責めてるんじゃない。それだけこの地が大事なんだろ」
ワガママな姫を強制されて苦しんでいるのに、それでも民が苦しんでいることを憂いていた。そのことから分かっていたことではあった。
「私の大事な人……母がこの地を、民を愛していたんです」
「……そうか」
「サトルさん、話をしてもいいですか」
「ああ。気の済むまで話せ」
背中に抱き着かれたまま、俺はホミが話し出すのを待つのだった。




