110、解決は意外と簡単に!?
何なんだこの展開は。俺にどうしろって言うんだ? あれか、このまま窒息死しろってか。
「粗茶ですが……」
「おぅ」
コトっと俺の前にお茶が置かれる。ピンクのウサギが沢山描かれたそれから、湯気が立ち上っている。俺はそれを手にとって、吹き冷ます様をそいつはずっと目で追っていた。
「なぁ」
「な、何?」
「やっぱなんでもないわ」
「え、あ、うん」
小さなお盆を抱えるようにして座るそいつは、身を固めたままうな垂れた。いつものように髪を束ねて、前髪をヘアピンで止めている。体育着のままなのは触れないでおくとして、俺はこの先どうすべきなんだろうか。
あえて明るく会話を振る。もしくは話題を提供する。まあ、うん。無理だと思う。この重い空気を見てみろよ。息をするのすら辛い状況とか何なんだよ。
ここは静かに相手が動くまで待つ。これも無理だから、今こんなに息苦しい状況な訳で、どうしようもないんだよ。てか、動いてくれてたらもっと楽だと思うんだが。
無言で立ち上がり、家に帰る。できたらいいな。って願望になってんじゃねぇかよ!
「あの、ダーリン?」
「んだよ黙っとけや」
「ご、ごめんなさい」
俺のバカぁぁぁぁぁぁぁ! 何言ってんだよお前。なんで軽くチャンスを棒に振るんだよお前。何考えてんだよお前! 余計に空気が重くなったぞ。ぜってぇにアイツもうしゃべらねぇだろ。もう底なし沼にはまっただろこれ。抜け出すことなんざ不可能だろこれっ。
二人の間に流れる沈黙。時計の針の音か、心臓の音しか聞こえない。雨はもう止んだらしい。あまりに静か過ぎて居心地が悪いが、俺が動けるわけもなく、相手がまた声を掛けてくれるのを待つしかない。情けない。くそう、プライドなんかくそ食らえ!
「……なぁ」
「何でしょうか」
あまりに堅い答えに、喉まで厳しい言葉が上がってきた。それを突き落とし、さりげない会話へと運んでいく。
「最近、どうだ?」
「へ?」
なんだそのなんの捻りもない問いは。どうした俺、そんなに焦っているのか。
「体育大会の練習とかだよ」
「あぁ、うん。楽しいよ、みんなやる気あるし」
「そか」
うん。と、会話が途絶えた。あぁ俺のせいだよ悪かったな! 終わった事は気にしたら負けだ。次だ、次へいこう。
「お前は何の種目に出るんだ?」
「えと、ハードルと二人三脚」
「へー。……大変そうだな」
「ハードルはあんまり得意じゃないけど、じゃんけんで負けちゃって。でも二人三脚のペアの子とはうまく行ってるよ」
「そうか。……ペアは誰だ?」
「野岬さん」
「そうなのか」
うん。とまた終わってしまった。しかしかなり頑張った方じゃないかと、自分で自分を褒める。7行分も会話したんだぜ。良くやったよ。だがな、まだ燃え尽きてはいけないんだ。俺が聞きたい事は聞けてない。アイツも言おうとしてない。
「なぁ」
「ダーリン」
「な、んだよ」
「えっ。ダ、ダーリンから言って」
「いいからお前から言えよ」
「う、うん」
何だこのベタベタなラブコメみたいな展開。まだどっちも告白しようなんぞ考えていないのに、このドギマギした空気は何なんだ。
「べ、別にね、あの、ね。ダーリンの事、……避けてるわけじゃないんだよ」
いきなり本題か。唐突にはいるのか。
「何だよ急に」
「だって、気にしてるみたいだったから」
久しぶりに話をする。久しぶりに顔を合わせる。そのはずなのに、森野は全部知ったような口ぶりじゃないか。
「引越しの事聞いたんでしょ? あれ、嘘だから気にしちゃだめだよ。私のダーリンらしくない!」
「私のダーリンって何だ。いい加減にダーリンって呼ぶのやめろ」
「ダーリンはダーリンだからダーリンでありダーリンなの」
意味分からねぇよ。とりあえずあれだな、気にしなくてもいいんだな。
「練習に集中したくて、ダーリンの傍にいけなかっただけなの。ごめんね」
「そ。じゃ、俺帰るわ」
「え!?」
ご馳走様を言い、湯飲みをテーブルに置いて部屋を出て行った。
最初から展開が急すぎて、俺も頭の中がぐっちゃぐちゃだ。気がついたら森野がいて、消えたと思ったら森野の家にいた。さあ帰ろうと思ったら、お茶持って森野がきて、ご馳走になってあの会話だ。急展開にもほどがあるものだろ。
それでもなぜか心がスッキリしてる。空が晴れてるみたいに気分がいい。だった一言で人というものは随分気持ちが変わるらしい。
「ただい――うわ!」
「慎吾! 心配したんだぞ! 死ぬほど心配して死んだんだぞ!」
じゃあこれは何だ。親父の皮被った変態か。
「つか重ぇよ!」
抱きついてきたバカを突き放し、体制を整える。再び抱きついてこようとしたので、とりあえず急所を蹴り上げておいた。
「あぁおかえり、慎ちゃん。夕飯も残してどこか行っちゃうから、心配したのよ?」
「ごめん、ちょっと用事があって」
「一言言ってから出かけてね。俊さんが泣くほど心配するから」
やんわり笑う母さんはいいとして、足にすがりつくこの変態が邪魔すぎて家に上がれない。
「あら、俊さん。どうしたの?」
「な、なんでもないんだよ」
息子に急所を蹴られたのだと言ってしまえば楽になると思うぞ。てか、邪魔だ。
「どいてくれませんかお父様」
「なぁ慎吾、何でそんなに棒読みなんだい?」
「気のせいだと思いますよ」
「何でそんなに余所余所しいんだい?」
「気にしたら負けだから早くどきやがれ」
自由な左足を使って、自分の父親を蹴って引き剥がす。靴を脱いでそいつに投げつける。ついて来ようとする前に、ついて来れないようにしなくてはならない。
「あぁ、慎ちゃん。優しくしてあげて」
ごめんごめんと軽く謝って、俺はお風呂場へ向かった。
「慎吾! 待ちなさい!」
刺のある言葉に思わず体が硬直する。さすがにやりすぎたか。しっかり謝ってやるかと振り向けば、興奮気味に鼻息を荒くする変態の顔がドアップで映った。
「お風呂か! じゃあパパが一緒に」
「入って来たら二度と話さねぇから」
今度は親父の動きが止まる。息をするのも忘れているようだが、まあどうでもいいや。
「風呂入ったら寝るよ、おやすみ母さん」
「えぇ、おやすみなさい」
母さんに肩を抱かれて慰められる親父は、もしも母さんがいなくなったら生きてはいけないんだろうなぁとなんとなく思った。
やっと一人になれた。一人は静かだし、妙な気を使わなくてすむので好きだ。ゆったりと湯船につかり、少し冷えた体を温めた。ごしごしと顔を洗い、小さく息を吐いた。
「気にしなくていいんだ」
思いを言葉にしてみる。少し反響した声は、やがて煙と共に消えていった。
「俺らしく、俺らしく」
わが道を貫いていたなら、あんなに心が乱れる事なんてなかったのだろうか。平常心を保って、アイツの事なんか考えずに毎日を過ごせていたのだろうか。てか、何で俺があんな奴の事を考えなければならなかったのが疑問だ。事の発端は影薄のはずだから、アイツにあたるとしよう。ガラスのハートにヒビが入るくらいまで。
そうだよな、よく考えてみれば俺らしくない事ばっかりだ。いなくなれば楽になるだろうと思っていた奴が、いざ話しかけてこなくなると余計に疲れる。影薄から聞いたでまかせを信じて、自分を失うとは失態でしかない。俺が俺らしいという事は、森野がいようがいまいが変わらない事だ。小橋の嘘なんてどーでもいい事だった。何もかも気にしたら負けだった事で、気にしてしまった時点で俺は負けたのか。そう思うとなんだか悔しいな。
「でもま、これでいいんだよ」
森野は引っ越さない。ただ体育大会の練習を真剣に取り組んでいただけだ。どうって事ないじゃないか、逆にいい事だ。
あーあ、今までのあの不思議な時間はなんだったんだろう。ポーっとしてきた頭で考えると、なんだか笑えてきた。このまま爆笑しては怪しい奴になるだけなので、そんな真似はしない。久しぶりに気分がいい。なんでだろうなぁ。
「良い夢見れそうだな」
なんて柄にもない事まで言ってやがる。のぼせる前に出るとしよう。しかし、本当に良い夢が見れそうで、布団の中に入る事が楽しみだった。
先月は投稿したつもりになっただけで、投稿していなくて申し訳ないです。
なので、今日のうちにもう一話更新するつもりですので、今しばらくお待ちを。




