106、いじる者といじられる者!?
「いや~、やっぱ瀬川は速いなぁ」
肩をバシバシ叩くな、痛ぇだろうが。
「なんだかんだで首位守ったくせに」
「ギリギリだったし、結構ヤバいと思って久しぶりに頑張ってみたからな」
わははと狩燐らしくなく豪快に笑うと、俺の時より力強く小橋の背中を叩いた。
「いって、痛ぇよバカ!」
反撃と言わんばかりに小橋は狩燐の背中を叩こうとしたが、まあ見事にかわされまくる訳で。
ちなみに今は下校中。小橋がどうしても練習して欲しいと言い、土下座もさせて、一発ギャグもさせて、今好きな子に告白させて、仕方なく練習して帰ってるところだ。……ん? さっきの一行だけに悪意が詰まってるだと? 気のせいだよ気のせい、気にすんな。
「ダァァーーーリィィィーーーーーン!」
は! 久々に嫌な予感!
「お、出たなストーカー」
面白そうに狩燐がそう言ったと同時に、俺はしゃがんだ。その上を何かが通り過ぎていく。そして痛々しい衝撃音。よし、もういいだろう。
「相変わらず容赦ないな」
「俺は何もしてねぇし。あのバカが勝手にバカやってるだけだろ」
「そうよ、そうよ! 私はバカよ。恋に行き、愛に死ぬバカよ!」
「意味分かんねぇよ」
頭から出てる赤い汁は気にしなくていいのか。なぁ、どうでもいいのか。
「あぁ、あぁ。最近ダーリンが足りなくて、美咲は乾いてました!」
いや、乾くまで放っておくのはさすがにまずいと思うぞ。まだ出てるぞ、赤い汁。
「だからねぇ、今日は潤うためにぃ、ダーリンとイチャイチャのラッブラブしようと思ってたのぉ」
「語尾伸ばすな気色悪い」
「私は気持ちいいわ、貴方の罵声で潤うのよ!」
もう十分頭は潤ってんだろ、赤い汁で。
「帰ろうぜ」
「お、おう」
「てか血はスルーなのか」
何言ってんだ狩燐、あれは赤い汁だ。きっとトマトジュース的な何かだ。
「ちょっと待って! おいていかないで! あぁ、もうこんなにもダーリンが霞んで見える!」
そりゃそうだろうがよ。頭から血ぃ流して平気な奴なんていねぇよ。
「足元がふらつくの! きっと、きっとダーリンが支えてくれないからよ!」
いや、原因は明らかに俺じゃねぇだろ。てか、流れてる赤い汁どうにかしろよ。
「ダーリン、どこなのダーリン。目の前が真っ赤で分からないの。ココは誰、私はドコ。日本はアメリカ。アフリカはフランス」
全っ然意味分かんねぇんだけど。何が言いたいの? 何が伝えたいわけ?
「なぁなぁ、久しぶりに絡んでんだから、もっと優しくしてやったら?」
「お前はバカか。俺が優しくなったらこの作品終わりなんだよ。それがいつまでたっても分からねぇから影薄なんて言われんだぞ」
「それとこれとは関係ないだろ!?」
「関係大有りだよ。分からないからお前は影薄なんてあだ名が付いちまったんだぞ」
「狩燐も酷くね!?」
「はぁ……。成長しねぇな、影薄は」
「お前の辞書に進歩なんて字はないだろ」
「貴方だけそんなになじられるなんて、なんだか悔しいわ」
一人バカが会話に混ざってきてんだけど。赤い汁は止まったみたいだけどさ、それが流れた後は消さないのか? 軽くホラー入ってるぞ。
「いい? この世界でダーリンになじられていいのは私だけなの。ドSは全てこの私のものなのよ? それを影薄に奪う権利があると思って?」
なあ、論点がかなりずれてると思うんだが。
「俺だって好き好んでこいつらにいじられてる訳じゃねぇぞ!」
「ダーリンの愛を受け止められないから貴方はバカなのよ!」
俺だって好き好んでお前含むバカをいじってる訳じゃねぇぞ。愛の欠片すらねぇぞ。
「バカでも影薄でもねぇよ!」
「じゃあ何よ」
「薄影だな」
「結果影薄じゃねぇか! てか、狩燐っ。俺のセリフ奪うな!」
とりあえずうるさい。俺は疲れてるんだよ、察しろよ。
「ともかく、貴方はダーリンの罵声を浴びていい存在ではないの。ダーリンは私のもの! 私のものも私ものも!」
軽く噛むな。私ものもってなんだよ。つーか俺はお前のものじゃねぇから。ダーリンですらねぇから。
「だぁかぁらぁ、俺だって罵声なんて浴びたくねぇから!」
俺はお前に罵声を浴びせた覚えはない。
「私が罵声だと思ったら全て罵声になるのよ!」
どんな俺様ルールだよ。
「俺のは罵声って言うか、なんとなく瀬川の真似してるだけだから関係ないな」
いや、なんだかんだでお前の方が俺より酷い時があるぞ。
「森野さーん、忘れ物ー」
「え? はいはーい」
ふらりふらりと千鳥足でバカその1が声の主の元へ走っていく。同級生と思しき人物が、森野にノートを渡していた。会話はさすがに離れているので聞こえないが、走ってきた彼女は、森野の顔面をみて驚愕の表情をしていた。そしてハンカチでそれを拭こうとすると、やっと赤い汁の存在に気づいた奴は笑っていた。……笑いどころじゃねぇだろ、どう考えても。
「なんだよ瀬川、その顔は」
「どの顔だ」
「森野とられてすねてるのか?」
「何バカな事言ってんだよ」
すねるだと、この俺が。どうしてすねなきゃなんねぇんだよ。
「不服そうな顔してるな。口がへの字に曲がってるぞ」
「うるせぇ影薄」
「狩燐にはちゃんと答えるのに俺には冷たく返すのか!」
「ちゃんと返してるだろ、うるせぇって」
「もっとこう、柔らかく返せないのか?」
「うるさいです影薄君。黙って消えてください」
「言い方だけ柔らかくしても意味ねぇから!」
チッ、めんどくせぇ奴だな。
「じゃあ、うるさいので黙っててくれますか影薄君でいい訳?」
「よくねぇよ! 影薄を小橋に直すつもりはないのか!?」
「だってお前影薄だし。なぁ、狩燐」
「あぁ、こいつは影薄だな」
「揃いも揃ってSどもめ! いつか絶対仕返ししてやるんだからな!」
「やれるもんならやってみろ、影薄太郎」
「できるもんならやってみろ、影薄右衛門」
「お前らなんか……お前らなんか……」
拳を握ってぶるぶると震わせる小橋は、突然走り出した。
「大っ嫌いだぁぁぁぁぁぁぁ……!」
うわーんと典型的な弱虫方式の泣き方をして、奴の背中はどんどん小さくなっていった。大嫌いなら明日声かけるなよ。そうすれば俺は静かに家に帰る事ができる。
「やつも足速いなぁ。今から追いかけて追いつくかな?」
ワクワク、キラキラ。そんな目で狩燐は小橋が去っていった方角を見ている。随分頼りない背中は遠いが、狩燐なら追いついてまた小橋をいじめ始めるだろう。
「さすがに無理じゃね」
「そうかなぁ」
「あそこ信号あるし。赤になったら絶対追いつけねぇって」
「そっかぁ。じゃあまたいじめるのは明日にしよう」
いじめる気だったのか。
「俺らも帰るか」
「言われなくても帰るよ」
「待たなくていいのか?」
「誰をだよ」
「赤い汁垂れ流して喜んでた変態的女子」
「誰が待つか、あんな奴」
まだクラスメイトと話している奴の背中が見える。それを見ているとなんだか胸がすっきりしないというか、イライラするというか。よく分からない気分になる。だからさっさとかって休みたい。そうすればきっと、この変な気持ちも治まるはずなんだ。変な気持ちなんてなかった事になるんだ。
「狩燐、帰ろうぜ」
「ん、あぁ」




