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パチンッ!
音が耳に入ったと同時に、手足を括られていた縄が解けて、床の上に落ちた。
えっ、どうなっているの?
確か、ライラが審判者に会わせてくれると言ってすぐの出来事だった。
音の出処も気になったが、あれほど苦労していた縄が一瞬で解けたのだ。驚くのも無理のないことだと思う。
縄を解いてくれた肝心な人物へ目を向けると、この場にそぐわないほどの綺麗な貴婦人が立っていた。
「コーベリック、悪ふざけがすぎますよ! この国の世継ぎの王子の妃に相応しいかどうか審判するなんて! しかも、その審判者にわたくしを仕立て上げるだなんて。嫁姑問題が悪化したら、全て貴方のせいですからね? 覚悟なさい!」
妖艶な雰囲気を醸し出している人物が実は、この国ヴィルヘルム王国の王妃……?
しかも、嫁姑問題って……?
私は、どこから質問すればよいのかわからず、呆気にとらわれる。
「ごめんなさいね? こんな酷い扱いをしてしまって。貴女が、わたくしの息子フィリップスの想い人かしら、ラインストーン公国のルナ姫? ふふっ、隠し立てはしなくても結構よ? さぁ、こんな狭い部屋ではなく、下の広い所へ行きましょうか。お茶の準備も整っていると思うわ」
私とミーナの二人とも困惑を隠せない。
だが、いつまでもこの部屋にいるわけにもいかず、とりあえず、言われるがまま階下へ降りることにする。
しかし、そこで見た光景に、またもや驚きを隠せない。
私たちを攫った、盗賊団と思っていた集団は、近衛兵たちと楽しそうに笑い合っていたのだ。
どうして?
まるで、私の心の声が聞こえたの如く、ライラが説明する。
「奴ら一応、騎士団員の連中だからな。所属は違うが、同じ王宮勤めということと、稽古や何かで一緒になることも多いんだろ」
その言葉遣いにハッとして、ライラを見つめる。
「男!」
「何だよ、女装していた方が良かったのか? まぁ、俺の方が美人だし、スタイルもいいからな」
その言葉に、ライラの上から下まで眺める。
「胸がないっ!」
「いちいち、驚くなよ。騒々しいな。胸はつけ胸にきまっているだろ!」
なるほど! だから、あんなに豊満でいられたのか。
「何? 貸して欲しいのか、あのつけ胸」
「いらないっ!」
人が気にしていることを!
そう、私のコンプレックス……スレンダーすぎる胸……。
ドレスを着る時には、寄せて上げて、何とかごまかしているのだ。
後ろについてくるミーナの胸をちらりと見つめる。
ハァ、と心の中で溜息を吐く。あの、半分でもあれば……。
ミーナは自分の胸などいらない、騎士にとっては邪魔でしかないと言っているが……私にしてみれば、羨ましいの一言だった。
「コーベリックって言われていたわね? ライラは偽名?」
胸のことから、気をそらせるために、他に気になったことを尋ねた。
「ライラは女性の時の名前。コーベリックは、この男の時の名前」
「本名っていうのでは?」
「あはははは!」
私は、面白くない!
「あら、なあに? 楽しいことでもあって? わたくしにも教えて欲しいわ」
王妃がこちらへ掛けなさいというように、椅子を指し示した。
私は王妃へ一礼してから、目の前の椅子へ座った。
ミーナは、私の椅子の斜め後ろへ立つ。
王妃も守られることに慣れているため、ミーナの立ち位置については黙認してくれた。
「さすが、公国の姫君なだけあって、優雅な仕草だわ」
「恐れ入れます……」
「堅いことは言わないで? これから、母子になるのだから、仲良くしましょう?」
満面の笑みで王妃に言われる。
「おやこ……?」
「ええ、そうよ。ルナ姫とフィリップスは、結婚の約束をしていたのでしょう? それなら、ちゃんと守らなくては!」
うんうんと、頷きながら王妃が答えた。
「王妃様」
「あら、嫌だわ。他人行儀な呼び方! わたくしのことは、お義母様か、マリィでいいわ」
まだ、結婚するかどうかもわからないうちから、『お義母さま』などと呼べるはずがない!
「……では、マリィ様、結婚の約束は、子どもの頃のお話です。それを真に受けられても、よろしいのですか? ヴィルヘルム王国は大国です。王子妃に相応しい姫は、たくさんいらっしゃるはず。それを、私に決められてもよろしいのですか?」
「あら? だって、あの子が決めた相手だもの。いいに決まっているわ! フィリップスったら、子どもの頃からルナ姫と一緒になるって、それはもう、一途に思っていたのよ? 母親としては、応援してあげたいじゃなの。何せ、あの子の初恋の姫なのですもの。そりゃあね、わたくしも少し不安に思ったりもしたけれど、ルナ姫は、他ならぬミーシャ様の娘だもの。ミーシャ様とわたくし、実は、多国籍魔法学校の同窓生だったのよ? 今はもう、無くなってしまったけれど。昔は、巫女となる素質のある者は神学校へ、大きな魔力の持ち主は魔法学校へ行っていたのよ。今では、魔力の種類などを他国に容易に知らしめることのできる学校など、問題外ということで、無くなってしまったのよね……」
私は、王妃の言葉に茫然としていた。
やっと、私の顔色に気づいた王妃が言葉を切った。
「わ、私の……母の名は……?」
唇が震えて、言葉が上手く紡げない。
「ミーシャ様でしょ? 大丈夫、お顔の色が悪いわよ? 横になった方がいいんじゃない?」
私は、不敬と知りつつ侍女を呼ぼうとする王妃の言葉を遮る。
「私は大丈夫です。それよりも、私の母の名を間違えていませんか? 私の母は、王妃サーシャです。ミーシャは、私の伯母の名前。サーシャの双子の姉です。独身だったはずです」
「えっ? ミーシャ様は、ラインストーン公国の王の側室だったのでしょう?」
告げた後で、マリィ様の顔が、『しまった!』というように青ざめた。
一部修正しました。




