殺人鬼ジョーカー
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「ジョーカーが殺人鬼と呼ばれ始めたのは、あの但馬家惨殺からだ。新聞各社は一斉にその凄惨な殺人現場を記事にした。とくに但馬庄之助の曾孫までジョーカーが殺害した事は日本中センセーショナルな事件として記憶に残った。一歳前後の子供を殺したんだ」桜井は呟いた。
「ジョーカーがやったという証拠はない!特広局があの家を囲み襲撃したのよ。激しい銃撃戦が始まり流れ弾が子供を襲ったのかもしれない。それにジョーカーが子供を殺したと発表したのは特広局の人間たちよ。あんた、それをうのみにするわけ」レミは桜井の言葉に食って掛かった。
「しかし、弘基は自分と同じ遺伝子をこの世から抹殺する目的で、あの家に乗り込んだのだ。一家を殺す目的で」
桜井は自分の言葉の理由づけを語った。
「銃撃戦から逃れた弘基は、真相を何も語らなかったわ。そうよね、野坂さん」
野坂は寂しそうな笑みを浮かべユックリ頷いた。
「そうです。我々の元に戻った弘基は何も語らなかった」
「何も語らないのはよくわかる。子殺しは、自慢にはならないからな」桜井は皮肉をまじえて言った。
「桜井!お前をこの組織のトップにしたのが元基の最大の失策よ」
二人のやり取りを見て野坂は制するように言った。
「まあ、まあ。十年以上も前の事件です。今は、但馬家惨殺の真相を知る弘基も元基も、もうこの世にはいないのですから。あの時の真相は闇の中。憶測で議論しても何も生まれません」そう言った後、野坂は天井を見上げた。
………………
弘基は銃口を庄之助に向けたままジッと見据えていた。
「何をじろじろ見てるんだ。やるなら早くやってくれ」
庄之助は右手の傷口から出る血を左手で押さえながら言った。
「あんたのどこら辺が俺に似ているのか眺めてた。俺の中にもあんたの遺伝子が多少入っているからな」
「一つ聞いてもいいか?」庄之助は目の前の男に尋ねた。
「ああ、なんなりと」
そう言いながら、弘基は心の中で呟いた。
兄弟、見えるか?このショボクレ爺さんがこの世にいなければ俺達は生れ出てこなかった。
お前がいつも疑問に思う『自分が、この世に何のために生まれてきたのか?』は、このじいさんの頭の中を覗き込んで尋ねてみたらどうだ。たぶん、せせら笑いしか聞こえないだろうよ。
いいか兄弟、全ての者が生まれ出るのに意味などありはしない。俺達が生きる理由は、その意味のない事実だけで十分じゃないか。
兄弟、俺の目を通してよくこいつをみて見ろ。この男は、何の意味もないただの老いぼれだ。
「今までいったい何人の人間を殺してきた?」庄之助は尋ねた。
弘基は鋭い目で庄之助を睨みながら言った。
「逆に聞くが、戦時中、お前は何人の人間を殺した?」
「私は諜報員だ。人を殺すのが目的ではない」
「じゃあ言うが、俺も人は殺しちゃいない」
それを聞いた庄之助は薄ら笑いを浮かべ
「特広局の調べでは、君は海外である闇組織の幹部連を相当数、殺したそうじゃないか。調べ上げた数では二、三百人、いや、それ以上の人間を殺してるはずだ」
「もう一度言うが、人は殺しちゃいない。ゴキブリを潰したまでだ」
「私もゴキブリか」
弘基はその質問には答えず、ただ笑みを見せただけだった。
「私の曾孫は生まれて一歳三か月だ。ようやく片言の言葉が出始めた、なんの罪もない子供だ。お願いだ、その子供だけでも助けてくれないか」
「できない相談だ」
「なるほど、決意は堅いという事か。ところで、君は生きてここから出られないぞ。今までのやり取りの全てが隠しカメラで記録されリアルタイムで、特広局の本部に流れている。今頃この家の周りは我々の部下が取り囲み、攻撃の合図を待っているはずだ」
黒く染めた弘基の眉毛が小さく痙攣した。
ミスターXはベッドの中で目を開いたまま横たわっていた。
ベッドの周りには三人の黒コートの部下たちがXの指示を待っていた。
「但馬家の周りに我々の特殊部隊が取り囲んで襲撃の合図を待っています。道路は封鎖し、報道関係も立ち入らないように規制してます。襲撃の際は但馬家家族を救い出すことに重点をおくよう、命令してあります」
部下の一人がハッキリとした口調でXに告げた。
Xはしばらく黙ったまま目を瞑った。
三十秒ほど経って目を開き、震えるように唇を開き声を発した。その声は老人とは思えないほどの部屋全体に響く声量だった。
「特殊部隊に警察関係の人間は混じっていないか?」
「はい。我々特広局の精鋭部隊だけで周囲を固めています」
「報道局の人間どもが空からヘリでカメラを回していないか?」
「屋敷の周り半径一キロは地上、上空も進入禁止状態にしてあります」
Xはそれを聞いて、満足そうに大きく頷いた。
「特殊部隊に命令しろ。家の中にいる人間を全て射殺しろと」
「は?…家の中には我々同士の但馬庄之助とその家族がおられますが…」
「ジョーカーを倒すことのみ専念しろ。家の中に生きているものすべて殺すのだ。この機会を逃すな。これは命令だ。家の中の動くものはすべて殺せ」そう言うXの声は叫びに近かった。




