表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
79/102

老人と林田

老人の目は極端に窪んでいて皺の寄った瞼から見える小さな瞳は灰色で濁っているようにも見える。

自分がしっかり見えているのかどうか、男は首を傾げながら老人の目を凝視した。

老人の名は但馬庄之助。昭和一桁生まれの九十三歳。

ソファーに座りながら右手には銀色に輝く杖をしっかりと握りしめていた。

「特攻局の林田さん、…でしたかな」

但馬は渡された名刺を左手で眺めながら尋ねた。


「はい」

男は笑みを浮かべ返事をした。

男の目は老人が持っている杖に移動した。老人の大きくやせ細った手の、枯れ木の節のような関節を見つめた。

杖の握り手、上部はT字状でその片方の突起部分は、男の方に向いている。

林田と名乗る男は思った。

地下警察時代、仲間内でブラックコブラとあだ名された諜報員がこの老人だ。疑り深く、感情を表さず、ものに動じない、氷のように冷たい男。

杖の突起物の先は微かに空洞が見える。銃口に間違いない。

筋金入りの元諜報員のこの老人は、俺を疑っている。

林田はコートの内ポケットに手を入れた。


庄之助の節くれだった右手人差し指が、杖の付け根すぐ下に移動した。

林田はそれを見て、思った。

あれがトリガーか。


林田は葉巻の入ったケースを出し、一本を口にくわえ、庄之助に葉巻の並んだケースを見せながら言った。

「一本どうです?」


庄之助はその葉巻を見てニタリと笑みを浮かべた。

「この葉巻はトリニコルか…」


「そうです。トリニコル製のプレミアムシガーです。地下警察の先輩方が苦労して買収したキューバの商社から直で仕入れている物です。無農薬で育った葉巻です」


「知ってるよ。私もこれを愛用していたんだ。我々、組織の者しか吸えないプレミアムの葉巻だ」


「どうぞ、遠慮なくお吸いください」林田は庄之助に再度勧めた。


「いや、今はアルコールも葉巻もやめたんだ。遠慮するよ」


「そうですか、じゃあ、私も」

林田は口にくわえた葉巻をケースに戻そうとした。


「君は遠慮する必要はない」


「いえ、大先輩の前で吸うわけにはいきません。そんなことしたらミスターXに睨まれます」


庄之助は笑みを浮かべ林田に尋ねた。

「ミスターXはお元気かな」


「はい、健康診断ではお体に目立つような異常はないとのことです。ただし、お年がお年ですので」


「今年で百八歳になられたんじゃないかな」


「はい。煩悩の数と一緒です」


「ハハハハ、悟りを開かれたかな」庄之助は大笑いした。


庄之助が右手に持っていた杖はいつしかソファーの椅子に持たせかけられていた。


この老人は今無防備だ。林田はそう思いながら目の前に置いてあるコーヒーを一口飲んだ。

そのコーヒーは先ほど庄之助の孫の嫁が置いていったものだ。


「ところで、ジョーカーがわしの孫たちを狙っているという話だが…」

庄之助は林田に尋ねた。


「はい。未確認の情報ですがお耳に入れようと出向いたわけです」


「私の息子、仁を殺しそして孫まで殺そうとするジョーカーの狙いは何だ?」


「ココだけの話です。この情報も確かなものではありません」


老人の笑みは消え、無表情になった。


「二十年以上前に仁さんが犯した過ちが原因と思われます」


「仁が犯した過ち?」


「そう、実につまらない、ささいな過ちです。父親であるあなたもご存じのはずだと思いますが…」


老人の小さな瞳が一瞬、小さく輝いた。


「あの事件の事か?…あの事件なら話し合いで片がつている。慰謝料として法外な金も払った。相手の親も納得し全て丸く収まったはずだ。なのに…まだあの親子たちは根に持っていたのか?今頃になって復讐を企てたわけか」


林田はユックリとコートの中に右手を入れた。

老人は、林田のその行為に注意を払うことなく、老人の癖なのか、両手の指を絡ませながら祈るようなポーズで考え込んだ。

林田は左脇のショルダーベルトに仕込んだ銃のグリップを右手で握りしめ、左腕を右腕に交差させ腕を組む仕草を見せた。


「奴らは復讐のためにジョーカーという殺し屋を雇ったのか?」老人の目は怒っていた。

その表情は冷静さを欠いていた。


林田は老人の言葉を聞いて思った。親子そろって考えることは一緒ということか。まったく、こいつらの腐った遺伝子が俺の中にも入っていると思うと背筋が寒くなるぜ。兄弟。

林田は誰かに語り掛けるように、心の中で呟いた。


「あの娘とその親達を捕らえれて、吐かせればジョーカーの居所は分かるはずだ。ヒョットすると奴らはグルかもしれん」

老人の手は怒りで震えていた。


「お宅の仁さんが起こしたレイプ事件、もう少し詳しく言えば仁さん達と言った方がいいですかね。我々の組織の内部で起こっている数々の事件の発端はそこから始まりました。がレイプされた被害者の家族は関係ありません」


「どういうことだ」


「レイプされた女は子供を身ごもった。すぐに始末すればいいものを、何を血迷ったのか身ごもった子供をこの世に出してしまった。ところが、女は生れ出た我が子を捨てた。まるで犬猫を捨てるように。捨てられた子供は幸か不幸か拾われ、命拾いした」


「その子供がジョーカーか」


林田はユックリ頷いた。


「ジョーカーは自分の出生の秘密をたまたま知ったのでしょう。ここからは私の推論ですが…奴は復讐を誓った。あなたの家族の全てと、そして我々の組織を潰そうと」


「なぜ、わしや、わしのの孫まで殺そうとするのだ」


「これも私の推論ですが、遺伝子の問題だと思うのです」


「遺伝子?」


「自分と同じ遺伝子を持つ人間がこの世に生きていること自体我慢できなかった。腐った遺伝子をこの世から抹消するためにあなた、そしてあなたの孫、血のつながった家族全てを抹殺しようと企んでいる」


林田はユックリとコートの中からサイレンサー付きのデザートイーグルを取り出し銃口を老人に向けた。


「何のまねだ?」


「あんたに会うのに色々と下準備をしたよ。顔に日焼け止めのクリームを塗りお化粧をした。瞳の色をごまかすためにカラーコンタクトも付けた。特攻局の林田という男を誘い出しその男に成りすました。極めつけはこの葉巻だ。

この葉巻を手に入れるのに、殊のほか時間がかかった。だが、この葉巻のおかげですっかり信用したようだな」


「お前は…」老人はそう言いながら、右手を伸ばし杖をつかもうとした。


男はすかさず引き金を引き老人の手を打ち抜いた。

「グ、グ、ウウ…」老人は声にならない呻きを上げた。


「楽に逝かせてやろうとしているのだ。抵抗するのはやめろ」


「このままで済むと思うな。隣の部屋には我々を守る護衛がいるのだ」


「隣の連中は、あんたと会う前に、始末しておいた。だから今のところ、お前たちを助けに来る者はいない」










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ