野坂欣一とジョーカー
「レミ、君が崇拝するジョーカーは我々の組織の一員だったのだ。そして、忘れてはならないのはジョーカーは組織のために命をささげた、という事だ。レミ、単独行動を控えこの組織と共に行動してくれないか]
桜井は訴えるようにレミを説得しようとした。
「違う。ジョーカーは、あなた達のために死んだんじゃない。自分の寿命を悟り、花火のように散っていった。それだけの事。自分の弟のために死んだのでもなく、まして弟が創ったこの組織のために死んだんじゃない」
レミはキッパリ言い切った。
「君の知るジョーカーは、最初は復讐のみに生きた殺人鬼だった。しかし、最後はこの組織のために働き命をささげてくれたのだ」
「組織のトップになると、何事も自分たちの都合のいいように解釈して事を進めるのね。
私のジョーカーを殺人鬼?彼が殺したのはこの世の悪よ。どうしようもない、救いようのないクソを片付けたのよ。
あんたが人に命令している汚い仕事を、彼は自分で実行したのよ。命を懸けてね。
あんたの考えていることぐらい手に取るようにわかるわ。
ジョーカーを組織のため身を奉げた殉教者に仕立て上げ、部下たちを統率してゆくのよね。さすがだよ。ミスター桜井」
「復讐という感情で戦えば、組織の足並みは乱れ、目的を達成することはできない。我々の目的はこの日本を牛耳っている特広局を叩き潰すことだ」
「ジョーカーは復讐のために死んだ。それでいいじゃない。復讐心こそ私たちの原動力よ。それに、言っておくけど、復讐心が一番強いのはあんたじゃないの?」
レミは桜井を問い詰めた。
「どういうことだ?」
桜井はレミの言い方に少し怒りを覚えた。
無関心を装い、マルチ画面を注視していた男たちは、一斉にある画面で目を止めた。
そのモニターには白髪の初老の男性が手押しのワゴンを押しながらこの部屋の扉を開けようとしているのが映っている。
レミもそのモニター画面に気づいたが、話をつづけた。
「あんたの、その顔の火傷のいわれをみんな知ってるわ。原田順子よね。その女性のために、いえ、そのためだけが、あんたの目的」
「レミ!何が言いたいのだ」
「特広局に殺されたかつての恋人原田順子。その恋人の恨みを晴らすためにあんたはこの組織を利用していると、もっぱらの噂よ」
「レミ、その噂は君が広めているという噂もある」
「ふーん、噂として聞いておくわ。私が出会ったジョーカーと、あんたが出会ったジョーカー。私が出会ったのは、双子の兄の方の広基、あんたが出会ったのは弟の元基。瓜二つの異なったジョーカーだけどお互いに、感じたのは同じもの。復讐心よ」
「君と私とは違う。確かに、原田順子は私の大事な人だった。しかし、彼女の死は私の責任だ。
私がもっと注意を彼女に向けていればあんな事にはならなかった。全ては、私が原因なのだ」
「いかに冷静さを装うとも、あんたの心はお見通しよ。愛する人を失えば心の底は煮えくり返る。復讐の炎は決して消えることはない。あんたの原動力は復讐そのものよ。間違っても日本のため、正義のためなんて絵空事は言ってほしくないわね」
「私は、この組織の創始者、元基の夢を実現するために行動しているのだ」
「元基ね。この組織を作った最初のジョーカー。特広局に捕まり奴らの本部の一室で裸で十字架に架けられ、全身に紫外線を浴びせられる拷問を受けた。アルビノという特異体質の彼は、皮膚にメラニン色素がなく日光に当たればすぐに炎症を起こす。あんた達がその本部を攻撃し、元基を救い出した時は既に遅かった。全身水膨れでひどい火傷を負ていた。触れば皮膚がタダレ落ち、抱き起こすこともできない状態だった」
「そうだ。彼を助け出すことはできなかった。彼は私に頼んだ。殺してくれと…」
桜井は下唇を噛み視線を落とした。
「あんたは、心に誓ったはずよ。元基の頭に銃を突きつけながら、元基をこんな目に合わせた奴らに必ず復讐してやると」
「私に復讐心はない」
俯いたまま、桜井は自分に言い聞かせるように呟いた。
「ヲッホン」
突然、咳払いの声が聞こえた。
桜井が振り返れば
先ほどレミを案内したバーテンダーが銀色のワゴンと共に立っていた。
「皆さん。どうですか。そろそろ、一休みしては」
「野坂さん、いつの間に」
目の前には、いつも親身になり自分や組織のために陰ながら尽くしてくれる男が立っていた。
彼は誰に対しても、いつもやさしく笑みを浮かべ、分け隔てなく声を掛けてくれる。
「熱心に議論されているところを失礼いたします。お疲れかと思い夜食をお持ちしました」
手押しのワゴンには、オードブルやら飲み物が所狭しと並んでいた。
「レミさんには、特別なブラックペッパーオールナイトニッポンをお作りしました。一口含んでみてください。頭がスッキリ爽快になりますよ」
「マジで」
レミは呆れた顔で野坂が差し出す薄紫色のカクテルグラスを見つめた。
「さあ、仕事中の皆さんも召し上がってください」
野坂は椅子に座っている作業員にも声を掛けた。




