野坂のミス
野坂はオードブルの一つ、キャビアがのったチーズを口に入れた。
「まず、お毒見を。ん、ん~。自分で言うのもなんですが、シンプルイズベストな味ですなあ」
「フリーのワインもどうでしょう?」
そう言いながら、野坂はワイングラスに赤い液を注ぎ一口含み、のどに通した。
「フリーのワインって、ぶどうジュースの事よね」レミはカクテルグラスを持ったまま尋ねた。
「早く言えば、そういう事です。レミさん、ブラックペッパー、グッとやってください」
いつまでも、グラスを口に付けないレミを見て、野坂は促した。
「罰ゲームと思って一口だけいくわ」
レミは口に含み、謎の液を舌で回し味わった。
「どうですか?」
レミは、満足そうな表情で大きく頷き親指を立てた。
「でしょう、カクテルの魔術師に間違いはございません」
「一体、この液の正体は?」
レミは尋ねた。
「それは、企業秘密です」
「零細企業にもなってないし、まあ、毒でなければいいか、もう一杯いただくわ」
「毒どころか、健康成分満載のカクテルです」
野坂はカクテルボトルを取り出しグラスに注いだ。
作業していた男たちも、思い思いにオードブルを摘まんでいく。
「お二人とも、ジョーカー兄弟のお話をしていらしたみたいですけど…」
野坂はカクテルグラスをレミに渡しながら言った。
「ええ、話が平行線で交わらない会話よね」
レミは桜井の顔を上目遣いで見つめた。
桜井は顔をしかめながら、ワインを一気に飲みほした。
「そう言えば野坂さんはジョーカーとどういう関係なの?彼が残したノートに、この場所と野坂さんの名前があった。そして、あなたに頼れと記してあった。今まで野坂さんに色々とお世話になったけど、いまだに野坂さんの正体がよくわからない。もしよければだけど、野坂さんと、野坂さんの知るジョーカーのお話を聞きたい」
そう尋ねたレミに意見する者は誰もいなかった。
桜井をはじめ全員が野坂を見つめた。
野坂は前方にあるマルチ画面を見て言った。
「我々の希望の星、疋田さんの護衛は万全でしょうか?」
桜井も視線を画面に移し、注視しながら言った。
「大丈夫です。我々仲間が完ぺきにガードしてます。蟻が入る隙もありません。それに、いま監視カメラに写っている疋田は、我々が仕組んだダミーです。本人は安全な場所に休んでいます」
「なるほど。さすが桜井さんだ。元基さんが選んだ人だけの事はある。いまや、疋田さんは時の人、今度の総選挙ではヒョットすると次期政権を担うお方になるかもしれない。ようやく元基さんの夢が叶う」
「我々も全力でバックアップしてます。安心してください」
野坂はそばにある長椅子の端に腰かけ、いつもの笑みを桜井たちに見せた。
「何からお話していいのやら」
そう言って野坂はしばらく寡黙になり、大きく深呼吸した。
「私、若いころ私立の児童養護施設で働いてましてね。そこの施設長はカソリック系の牧師さんで榊原肇というお方でした。私はそこで会計のお仕事をしてたんです。やりくりは大変でした。ほとんどボランティアに等しい、慈善事業でしたから。
幼い子供たちのお腹をいっぱいにするため、我々のお給料も時折、滞る月もありました。そんなんですから、そこに勤める施設員は一人減り、二人減りで、次第に従業員一人一人の仕事量は膨大になり、休む時間もなくなりました。
私も会計の仕事と、子供達の身の回りの世話、寄付金集めやら、時には資金のやりくりのため肉体労働で日銭を稼ぐこともしました。
もちろん、やらされたのではありません。私の一存で行ったのです。
残った施設員たちは、自分のためでなく不幸な子供たちのために身を粉にして働いてました。
そういう事情にも関わらず、施設には子供を送り付ける親、捨て去っていく親が後を絶ちません。
榊原さんは、拒むことなく子供たちを受け入れる。
施設は、もう限界を通り越してパンク状態でした」
野坂は立ち上がり、ワゴンからグラスを
一つ出し、オールナイトニッポンを並々と注いだ。
「少し口が乾きました。失礼します」
そう言った後、一口で薄紫の液を喉に入れた。
「これはうまい。今まで作った中で最高のカクテルです。レミさん、もう一杯お変わり、どうですか?」
「そうね、もらうわ」
レミの表情に笑みが浮かんだ。野坂と一緒にいる時だけレミの尖った心が影をひそめる。
「どうぞ」
レミにもう一杯のカクテル手渡した後、再びユックリと野坂は椅子に腰をおろした。
「国というのは、弱い者に対して無関心なんですなあ。と、いうより冷酷なほど無視するんですね。私は公的機関に援助を何度も願い出たんですが、法律がどうのこうの、前例がないなど色んな理屈をつけて私達の願いをはねつけました。
県会議員、国会議員の人たちにも陳情しましたが、親身になって聞いてはくれるんですが、一向に動いてくれませんでした。
子供達には選挙権がないからなんでしょうか?
と、イヤミノ一つも言いたくなります。
そこで、私は榊原さんに頼んだのです。
子供たちに里親を捜して、その人達に育ててもらいましょうと。
まさしく、私の言ってる事は数減らしです。
榊原さんは顔を縦に振らなかった。
そうこうしてるうちに、施設員の一人が疲労のために、突然入院したんです。
我々はもうパニックでした。
なにせ、人数はギリギリで仕事をこなしていましたから。
頭数が一人欠けたことで我々は、殺人的な仕事量をこなさなければならなくなりました。
ということで榊原さんは、遂に私の提案を受け入れたのです。
里親捜しは私が受け持ちました。
相手の素性を調べ、近隣から人柄を聞き安心して預けられるかを吟味しました。
里親は意外にも順調に決まっていき、子供たちは笑顔で貰われていきました」
そこで、野坂は話を区切りしばらく沈痛な表情を浮かべた。
「ところで、私たちの施設に特殊な子供がいました。一般的に白子と言われる兄弟です。アルビノとも言われています。
そうです。桜井さん、レミさんが会った兄弟です。双子で上の子が弘基、弟のほうが元基。兄思い、弟思いの仲の良い兄弟でした。そして優しい、思いやりのある子達でした。
特殊な環境でしか生きていけない子供達ですので、なかなか里親を希望する人が出なかった。
榊原さんはこの兄弟だけは最後まで自分が面倒見ようと思っていたらしいのですが、ある日、その子供の里親になると希望して来られた方が現れたのです。
今でもその男の顔は覚えています。
パナマ帽をかぶった白いジャケットの男。
渡された名刺には個人で貿易会社を営んでいると、書かれていました。名前は佐藤喜一。
私は、もっとしっかりと奴を調査するべきだったのです。
なのに、奴の言葉をうのみにしてよく調べもせずに…私は…弘基をあの男に…。
私の最大のミスでした。
気づいた時はすでに遅かった。
佐藤喜一、その男こそ、弘基を地獄に落とした人買いブローカーだったのです」




