バー「ベルメゾンデビッド」
ドアを叩き壊し、部屋に入った黒スーツたちが見たのは、股間にデンマを置き両手首を手錠で括られた情けない、パンツ姿の男だった。
「何やってるんだ、このクソボスが!」と怒鳴りたいのをグッと抑えながら、ひげ面の男は自分たちの情けないパンツ姿のボスに言った。
「お怪我はありませんか?」
口をモグモグしながら何かを訴えるような表情のボスを見て、ため息交じりで男は仲間に告げた。
「ボスのさるぐつわを外してあげるんだ」
自分の手を汚すのを嫌うひげ面の男は部下の一人に命じた。
それを聞いたベッドのパンツ男は激しく顔を左右に振り、唸り声をあげた。
「すぐ、そのさるぐつわを取りますから、」そう言ったのは、部下の一人ずんぐりむっくりの笠木だ。
ひげ面の男は、銃をガンホルダーから抜いた。
「あの女を探せ。トイレからバスルーム、クローゼット、隅々まで捜すんだ。武器を持っているかもしれん。見つけたら直ちに殺せ」
男達は銃を構え、恐る恐る、部屋の中を調べ始めた。
「ボス、少し口を開けてくださいませんか。そんなにシッカリとさるぐつわを噛んでちゃ、取れませんから」
笠木が懇願しているのを見て、ひげの男は尋ねた。
「笠木、何をもたもたしてるんだ。ボスを早くベッドから開放しろ」
「ボスがさるぐつわをしっかり咥えちゃってるんですよ。まるで外したくないみたいに…」
ひげの男は、ベッドに括られている男が異様に汗をかいているのを見た。ベランダに通じるサッシのガラスは半分開かれ、外気が入り込み部屋の中は寒いくらいだ。
それなのに、おびただしい汗をかき全身を小刻みに震わしている。まるで何かにおびえている子供のようだ。
ひげの男はベッドの男に近づき、顔を覗きながら告げた。
「ボス、さるぐつわを取りますから、口を少し開けてもらえますか」
ボスと呼ばれた男の口には、赤い球状のさるぐつわを入れられ、口の端からよだれが絶え間なく流れ出ている。
そんな大の大人が涙を浮かべ、激しく顔を横に振り、駄々をこねるようなしぐさで何かを訴えようとしているのだ。
ひげの男は囁くようにボスに尋ねた。
「そのさるぐつわを取りたくないんですか?」
男はよだれと涙を垂れ流しながら、顔を立てに振った。
「そのさるぐつわに何か仕掛けでもあるんですか?」
男は、再び激しく縦に振った。
ひげの男は、自分を落ち着かせるため大きく深呼吸をし、再び、パンツ姿の男に尋ねた。
「ボス、さるぐつわ以外に、まだ何か仕掛けられていますか?」
男はおびえた視線を自分の股間に移動させた。
そこには、先が球状になった長さ三十センチ程のバイブがある。
握り手部分に米粒大の青いライトが点滅している。その点滅の間隔が少しづつ短くなっているのを気づくのにそれほど時間はかからなかった。
ひげの男はユックリとベッドから離れ笠木に言った。
「この部屋から出るんだ。全員、この部屋から出ろ」
「何を言ってるんです」
「ハメられた。あの女、俺たち全員を始末するつもりだ。すぐここから出ろ!」
そう叫びながらその場を離れ始めたと同時に、バイブの青いライトの点滅が、赤色に変わった。
バイブが突然、白い閃光を放ち、激しい爆発が起きた。
部屋から出ようとした男たちの体は爆風で吹き飛び、破壊された部屋はあっという間に赤黒い炎に包まれた。
都心から車で三十分、国道を南に行けば色鮮やかなネオン街にたどり着く。飲み屋街だ。アフターファイブから活気が漲り、酔っ払いが溢れる歓楽街。
道幅百メートル道路には外車や、高級車がガードレール擦れ擦れに連なっている。
この時間帯になれば交通課の警官も見て見ぬふりでやり過ごす。暴力団が根絶され、一見平和に見えるこの地区もそれなりの対価を払いながらやりくりしているのだ。
今までの暴力団へのみかじめ料は、官憲への心づて、袖の下、賄賂に取って代わっている。
もちろんその言葉はここでは禁句だ。
お布施のような『有難い支出』と、歓楽街の店主達は涙を呑んで受け入れている。
支出の名目は、この地区のみに課せられる特別接客事業税という意味不明の税金だ。
特にこの一角は、特別娯楽用途地区として都市計画で命名され、特別広域捜査局(特広局)が管理する地域に指定されている。
警察の一段上に居座る特広局が支配する地域になっていた。
特別接客事業税は、その特広局の懐に入っていくことになっている。
つまりこの界隈は、特広局が支配する酒と女とカジノの不夜城と化していた。
その歓楽街の地下鉄の出入り口から200メートルほど離れた路地裏に小さなバーがある。電柱の番号札を見れば田坂通りと書かれてある。地下に続く階段を下ると、ベルメゾンデビッドという屋号の金文字がひっそりとドアに張り付いている。ドアを開いて中に入れば意外と広い。
中央奥に丸形のカウンターがあり、蝶ネクタイのバーテンダーが五、六人と、ホステス風の女性が十数人、店があつらえたコスチュームで接客している。カウンターの周りには、ボックス席が二十程度。
そして、中央にルーレットが置かれた席に客が十数人それぞれのチップを思い思いの数字に賭けて興じていた。




