レミ
ベッドの上で四十前後の男が大の字に横たわっていた。
銀髪の女は男の右腕に手を這わせながらユックリと男の手首に手錠を掛け始めた。
「何を始めるんだ」男はうるんだ目で女に尋ねた。
「あなたの知らない、地獄のような快楽に誘うの。ヘンタイちゃん」
「地獄のような快楽?」
引き攣ったような低い笑いを発しながら興奮気味に男は呟いた。
女は、ベッドの柱にもう片方の手錠の輪を掛けた。同じように左手にも手錠で自由を奪った。
「さあ、私は着替えるわ」
女は、バッグから黒い衣装を取り出しスーツの上から着だした。
「何だその恰好は?」
「ムササビのコスチュームよ」
女は手足を広げ男に見せびらかした。
「どう?」
「まあ、ムササビに見えないこともないが…、一体その衣装でどう遊ぶんだ?」
「さあ、どう遊ぼうかしら」女はベッドに乗り男の足元で仁王立ちになった。
「お手柔らかに頼むぜ」
「まずは、私が楽しませてもらうわ」そう言いながら右手に隠し持ったバイブのスィッチを入れ男の股間に当てた。
「おおおー!」男は雄たけびのような声を上げ、体を震わした。
「コンナンデでいっちゃったら、申しわけないみたい…フフフフ」
女は執拗に男の体にバイブを這わせた。
「お前の名は、何ていうんだ?」
男は、体をくねらせながら言った。
「私の名はキャット」
「源氏名じゃない。本当の名前を聞いてるんだ。お前のすべてを知りたい」
「やぼな質問ね。でもいいわ、下の名前だけ聞かせてあげる。レミよ」
「レミか。コールガールにしちゃもったいない。俺の女にならないか。金は好きなだけ与えてやる」
女は、デンマのスィッチを切り男の耳元に口を近づけささやくように告げた。
「こう見えてもお金は腐るほどあるの。ある人から貰ったのよ」
「パトロンがいるのか?」
「いいえ、私の救い主よ。その人は私が幼い頃に貸金庫のカギを与えてくれたの」
「貸金庫?」
「ええ、貸金庫一列全てに、一万円札がギッシリ隙間なく入っていたわ。私にとっては使いきれないぐらいのね」
「その救い主は、お前にとってどういう存在なのだ?」
「私のあこがれの人。私を地獄から救ってくれた人。私を認めてくれた人。その人に会いたくて、その人に近づきたくて私は貸金庫のかぎを開けた」
「それが開けてビックリの玉手箱だったのか?」
「ええ、そうよ。ただ、その金庫にはもう一つお金以外に数冊のノートがあったわ」
「ノート?」
「ええ、私にとってそれは教科書であり、バイブルであり、そして生きる糧、生きる目標になったの」
「ヒョットすると、寝技とか、男を満足させるための四十八手が書いてあったのか?」
男は卑猥な笑みを見せた。
女は、球状の猿ぐつわを取り出し、ニッコリと笑みを浮かべた。
ピンポン玉よりも一回り大きい球を男の口に入れながら呟いた。
「その一冊のノートに書かれてあったのは、その人の日記。生い立ちが書かれてあった。読み始めてますます会いたくなった。何度も何度も読み返したわ、空で語れるぐらいにね」
「さあてと、このバイブはあなたのイチモツにプレゼント」
そう言いながら女はバイブを男の股間に乗せた。
「さあ、これで準備OK」
女はベッドから離れ、手をハンドカフで自由を奪った男を眺めた。
「もう数冊のノートも暗記するぐらい何度も読み込んだわ。いろんな方法が書いてあったの。ある物の扱い方や作成方法、心得や、注意書き等が…例えて言うなら、あなたの股にあるバイブ」
「私が作った高性能爆弾。私の右手に持っているのは起爆装置をONにするスィッチね」
「それから口で咥えている猿ぐつわにはVXガスが発生する仕掛けが付いている。これも私が作ったのよ。大丈夫、無味無臭だから。口から放すと作動するから気を付けてね。別名猛毒サリン。知ってるわよね」
男の顔がみるみる青ざめはじめた。
「そのノートは、人の殺し方が書かれてある教科書なの。銃、火器の種類、扱い方、毒ガス、爆弾の作り方、ナイフの扱い方、護身術、エトセトラ、エトセトラ、実践は外国で修練を積んだわ」
男の額に汗が浮き始めた。
「私ね、私の救世主に会おうと努力したの、だけど結局会えなかった。もうこの世にはいないと知ったの。幼い私を救った数年後に亡くなったの。
噂によればとっても悲惨な死に方で亡くなったらしいの」
男の額から汗が滴り落ちた。
「日本の麻薬王。ジョニクロさん。笑わせるニックネームね。教えてあげるわ。なぜあんたを殺すのか。私のバイブルの最後にこう書かれてあったの。
最後にあなただけに教えてあげるわ。
私の救世主の最後の言葉よ。
『悪い奴らを片っ端から殺し尽くせ。ジョーカー』」
突然ドアを激しくたたく音がした。
「どうやら、あんたの大バカどもが気づいたらしいわね。あんたも含めてまとめて地獄に行くがいい。そろそろずらかるわ。そうそう、このムササビコスチュームは別名、ウィングスーツとも言うの。あなたに私の空飛ぶ姿を見せられなくて残念だわ」
女はベランダのドアガラスを開けた。
二百階の高層ビルのベランダから見える夜景は、宝石のごとく輝いていた。
ドアが叩き壊され黒スーツの男たちが部屋になだれ込んだ時、女は夜空の中に消えていた。




