キャット
ここは都心の高級ホテル。
その玄関前に黒いリムジンが音もなく、静かに止まった。
ホテルのドアマンがリムジンに走り寄り、後部座席のドアを開けた。
車から降り立ったのは一人の女性。
黒いサングラスを掛け、銀色の髪をボブで決めたモデルのような女だ。
歳は二十歳前後だろうか。背もスラッと高く、青いスーツの胸元はふくよかな形よい稜線を描いている。
女は海外旅行用の赤いスーツケースを車から出し、ドアマンに預けた。
颯爽と歩く女の後ろをドアマンは追った。
ホテルのロビーには黒いスーツの男たちで溢れていた。
男たちの視線が一斉に今、ドアから入ってきた女性にくぎ付けになった。
黒スーツの男の一人、口と顎にひげを生やしたのが、女に歩み寄った。
男は女の頭の先から足元までを舐めるような視線で目踏みをしながら、口を開いた。
「お前がキャットか?」
男は女に尋ねた。
女は一回頷き、首を少し傾げながら男の背広の胸元を見た。
男の右脇下に不自然な膨らみがある。
たぶんショルダーベルトにハンドガンを忍ばせているのだろう。
女はそう思いながら、周りを眺めた。
数にして四、五十人の男たちが窓際のソファーに座りながら、こちらをジッと睨みつけている。
いや、睨むというより、隙あらば襲おうというような目だ。
ロビーには女性は一人も見当たらない。
まるで、このホテル全体を、この黒服共が貸し切りしてるかのようだ。
先ほどのドアマンが、キャリーバックを携えて入ってきた。
「その中に何が入っている?」ひげの男は赤いスーツケースに目を止めた。
「今日のお楽しみ用のアイテムよ」
「アイテム?」
「あんた達のボスの趣味とでも言っておくわ」
「中を見せろ!」
「いいわよ。でも、こんな場所でボスの秘密をさらけ出していいの?」
「一体、何が入ってるんだ?」
ひげの男は、声を低めて尋ねた。
「そうねえ、私のコスプレ衣装と手錠、そして鞭、ロープ、非売品のお薬、そして…」
「そして?」
ドアマンが興味芯々に尋ねた。
「デンマ」
「なるほど」
ドアマンは、納得したように頷いた。
「揃えるのに、苦労したわ。ここだけの話だけど、おしめまで用意しろって。一体だれが使うのよッテ?」
女は、ケタケタ笑いながらドアマンに尋ねた。
「変態だよねえー」
そう言いながら、女は声を上げてけたたましく笑った。
ドアマンも手で口を押え笑いをこらえていた。
「さっさと、このコールガールをボスのところへ連れていけ!」
ひげの男はドアマンに怒鳴った。
尻を振りながら去っていく女の後ろ姿を見ながら「クソ売女め!」と、ひげの男は吐き捨てた。
「しかし、キャットとはふざけた名前つけやがって。高級コールガールかどうか知らねえが、ボスもよくあんな女を
選んだもんだ」
そう呟きながら、男は、何か気づいたように目を大きく見開き瞬きをした。
「確か、情報ではキャットの
右口元にホクロがあるって聞いてたが、あの女、左の口元にホクロがあった…」
「おい!笠木」
そう呼ばれたのは丸っこい体格の、しかも丸顔の長髪の男だった。
「あの女、いいケツしてましたねえ。ボスもお目が高い」
「どこがだ!それより、笠木、キャットという女には右の口元にホクロがあるとお前、聞いていたな」
「ええ、口元にホクロがあると言ってましたよ」
「だから、そのホクロの位置だ。右の口元じゃないのか?」
「そうです。右です」
笠木は訝しげに答えた。
「それが、何か」
「あの女、左にホクロがあった」
「左?…という事は…向かって右、ですよね」
「何?向かって右?…そういう風に聞いたのか?」
「はあ、いえ、…どうだったかな?」
笠木は太い首をひねりながら唸った。
「もう一度、コールセンターに電話しろ。キャットという女のホクロの場所を」
「兄貴、ヒョットすると付けホクロじゃないですか?今、若い子で流行ってるらしいですよ」
「そこらへんもしっかりと尋ねろと、言ってるんだ!」
「分かりました。すぐ連絡を取ってみます」
今頃、あの女とボスはお愉しみの最中だ。
女を確認するために、お楽しみの邪魔をしたら、あのボスの事だ。
ヒョットすると撃ち殺されるかもしれない。
部下の命など虫けらのようにしか考えていないクソボスだからな。
そう思いながらひげの男は舌打ちをした。
「女のあのキャスターの中身をしっかりと調べるべきだった」




