恐怖のレストラン
入ったのはフランス料理専門の店だった。
あとで気が付いたのだが、いわゆる高級と言われる五つ星のフランス料理店だった。
気軽に食べれる店ではなかった。
もちろん学食のAランチ、Bランチ、丼物でもない、すべて名立たるフルコースだ。
もう一つ付け加えれば食べるのに色々とマナーがいる場所でもある。
知らないと恥をかく。そういう場所だという事を、席に着いた後で知ってしまったと言う
後の祭りの俺だった。
雰囲気のいいレストランだ、と思って入ったのが失敗だった。
ウェイターの出で立ちからして一味違う。
つまり、慇懃無礼にもほどあるってところだろうか。
メニューを渡された。
横文字がズラっと並んだ教科書のようなメニューだ。
しかも金文字で書かれてある。
右端に書いてある数字が半端じゃなかった。
0が一つ多いのではないか?、コンマの位置が一つずれているのか?
と眼をしばたくような値段だった。
レストランに入った時、順子の顔が心配そうに俺を見つめた意味を今、納得、理解した。
まあいいさ。
俺も男。
たかが、昼飯でビビることもない。
どうにでもなれだ。
と半ば、まないたの鯉状態で、料理される覚悟で声を出した。
「このフルコース」名前がよく分からないから
指をさしてウェイターに、一番リーズナブルなコースを見せた。
自信満々で言ったが、なぜか声が枯れていた。
まあ、金が足りなければカードがある。
そんな気持ちで
つい、つい
口から青色吐息。
「ここを出ましょ」
と、順子は俺の顔色を見ながら言った。
まったく、その言葉
男の面目を潰すなあと、
俺は、少し白けた。
が、気を取り直し言ってのけた。
「たまには、こういう高級フランス料理を食べてみたかった。君のおかげだよ。
一人じゃなかなか来れないからね。全く久しぶりだ」
「久しぶりって、よく来るの?」
「そうだね、こういう高級フランス料理は僕が幼稚園の年長さんの時以来だな」
「えっ」順子はキョトンとした顔で俺を見つめた。
「両親に連れられてね。ナイフとフォークで弟とチャンバラしたのを思い出すよ。
おもいっきり父親からゲンコツもらったけどね」
順子は笑った。
笑い顔もチャーミングだ。
と、俺はなぜか感心してしまった。
「父親は商社マンでいつも外国を飛び回っていた。だからでもないが、たまに親子で食事に連れて行かれるのは洋風のレストランばかりだった。
たぶん、食事のマナーを僕ら兄弟に教えたかったのかもしれない」
「じゃあ、フランス料理のマナー完璧ね?」
「言ったろう。幼稚園時代だぜ。忘却の彼方だよ。君だけが頼りだ」
順子は再び笑った。
料理が運ばれてきた。
蝶ネクタイで燕尾服の、オールバックで銀縁めがねの…とにかく客の俺よりビシっと決めた男が
ワインや、皿に盛り付けられた食材の説明をし始めた。
分かった言葉はトリュフとフォアグラ、オマール海老、松阪牛。
とくに、トリュフと、フォアグラの単語が三回も出てきたのには驚いた。
そんなに豪勢に使わなくても、俺は味音痴なんだから。
と、言ってやりたい。
しかしこんなに気が滅入るレストランとは思っても見なかった。
「チマチマ持ってこずに、丼に一つにまとめて持って来い」
とも、言ってやりたい。
持ちなれていないナイフとフォークでぎこちなく食べていると順子が俺に話しかけた。
「弟さんの事もっと知っておきたいんです。良ければ教えてくれませんか」
俺は、手を止め彼女を見つめた。
眼は逸らさず穴のあくほど彼女を見つめた。
そして言った。
「いいよ、何でも聞くがいい」




