死神と亡霊
この物語はフィクションです。
記載してある人名、及び団体名などは物語上の架空のものです。
わしはアメリカに寝返った。
そして、日本に戻った。今度はアメリカ側のスパイとして日本に舞い戻ったのだ。
だが、決して日本を裏切ったわけじゃない。この意味のない戦争を早く終わらせ、大本営が企てている一億総玉砕というバカげた作戦を潰し、日本国民を犬死させないのを願っただけなのだ。
Xは、話を一区切りするかのように大きくため息をついた。
今まで静かにXの話を聞いていた三浦は、気持ちが高揚していたのか、僅かに震えながら言った。
「わかります。ミスターX。あなたの気持ちはよくわかります」
その声は涙ぐんでもいた。
話を感動を持って聞いていたXの部下達、ただ、水木だけは醒めた目でXを眺めていた。
フフフ、ハハハハハ…
どこらともなく、押し殺したようなせせら笑いが聞こえてきた。
Xの震える指が一瞬止まった。
「誰だ?」Xは呟くように声を発した。
「まったく、よくもそんな空々しい寝言がいえるものだ。お前さんの戯言に付き合う人間はさぞかし苦労
するだろうよ」
突然、どこからともなく声が聞こえる。
Xは慌てて辺りを見渡した。
よく見れば、ベランダに通じるドアガラスに誰かが潜んでいる。
「お前は誰だ?どうやってこの部屋に入った」
ドアガラスは特殊な強化ガラスだ。叩き割って部屋に侵入することなど不可能だ。しかも、ドアの電磁ロックは四重に掛かっていて、それを外せばアラームが鳴り玄関ドアの外にいる屈強な警備員が飛んでくる事になっている。
「日本国民を犬死させない?よく言うぜ。アメリカが行った日本への大空襲はお前の助言で大成功を治めた。違うか?
原爆の目標地は半ば、お前が決めたようなものじゃないか。お前はその原爆を止めるどころか二発目の原爆を催促した」
「違う、大本営が戦争を終結させないから、やむを得ず、、、」
「やむを得ず、二発目の原爆を落とし、日本国民を抹殺した。と、いうことか」
「違う!早く戦争を終結させるためにやったことなのだ。目的を達成するには、何事も犠牲はつきものだ」
「ほう、なるほどな。お前なりの屁理屈か。お前は自分が助かるために、仲間を裏切った。敵国に潜んでいる二重スパイの仲間。名前を全てアメリカに売り渡した。
自分だけが助かりたいために、仲間を売った」
「違う!仲間たちの命を保証するという約束で情報を流したのだ」
「いいや、そんな約束の取り決めなどなかった。お前が勝手に都合よく自分を正当化するためにでっち上げた空想だ。
お前は大義名分なしでは動けない男。それがなければ生きる目的が見えなくなる男。
お前こそ、お前が忌み嫌ってた、かつての大本営の腐った根性が染みついた亡霊さ。自分自身を嘘で固めた偽善者、正義正義と喚くだけの裏切者。
お前は知ってたはずだ。素性がばれたスパイがどうなるかを。
しかも、仲間が潜んでいた場所は、ロシア、中国がほとんどじゃなかったのか。あの国が敵のスパイを黙って開放するとでも思っていたのか?
全員、お前の裏切りで悲惨な死にかたをした。
お前は自分が助かりたいためだけに仲間を裏切り、そして国を裏切り続けてきたのだ」
「違う!ちがう!わしは、、日本のために、、この国を救うために、、」
ドアガラス越しのカーテンに潜んでいた男はゆっくりと、Xの前に進み出てきた。
男の顔の輪郭、表情がXの目に顕わになった。
「あんた、あんたは、松田さん。な、なんでここに…あんた死んだはずじゃ・・」
「その通り。お前の手で自殺に見せかけて殺された男だ。目的のために不都合な人間
を殺し続けたおまえ。日本を救うだと?笑わせるな。いったい、お前の本当の目的はなんだ。この国をどうするつもりだ」
一点を見つめながら、急に訳の分からないことを呟き始めたミスターX。
三浦は、どうすればいいか迷い、不安な眼で水木のほうに目を向けた。
水木はゆっくりとXの視線の先を見た。
そこにはベランダに通じるドアガラスがある。
窓からは朝日が差し込み、長い光の帯が床を照らしているだけだ。
「ミスターX!」
水木は一喝するように叫んだ。
その甲高い声で、Xは我に返った。
目の前にいた、松田はXの視界から消えていた。
「どうされたんですか?ご気分でも悪くされたのですか」
「いや、何でもない。死神が見えたんだ」
「死神?」
「ああ、追い払ってやったよ。まだまだ死ぬわけにはいかんからな」
Xは微かに笑みを浮かべた。




