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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
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特広局の浸潤

この組織の中で彼の本名を知っている者は誰一人いない。

ミスターX。

組織内で、彼はこう呼ばれている。

100歳近い老体で自力で歩くのが少し困難にはなっているが、頭はボケてはいない。この組織を創設した時点から彼の判断、決定に迷いはなく、狂いもなかった。今まで順調に物事は彼の計画通りに進んできた。

ところが、老人の前に突然立ち塞がる影が現れた。それは老人の喉に突き刺さった小骨のようなものだった。いつものように簡単に取り除けるはずだった。しかし、その小骨は喉の肉に侵入し、炎症を起こし次第に広がりはじめた。


 朝6時半。いつものように自動電動カーテンがユックリと開いた。

ベランダに通じるガラスドアから朝の光が射し込み部屋の中を明るくした。


 ベッドに白髪の老人が横たわっている。

奥まった眼窩には、赤く充血した鋭い目が輝いている。

「ジョーカーの正体を暴き、奴を始末できないうちにこの世から去ることはできない」

ミスターXは、昨晩から一睡もできなかった。

ここ二、三日はろくに睡眠がとれない状態が続いている。

ベッドに横たわったままXは、もう一度呟いた。

「どんな手段を用いても奴を捕らえ、目の前で息の根を止めてやる」



 水木 正が特別広域捜査局の局長に就任したのが一年前だった。この局が新設され始めた時はマスコミ連から色々と質問攻めにあった。この局を作った長谷部 実はもちろん、水木にもこの特広局の意義やその目的をマスコミ連から尋ねられた。


 「今まで述べましたように、日本の国全体を守るために新しく僕が作りました」長谷部はいつものさわやかな笑顔で、報道陣に屈託なく答えた。

 「しかし、警察組織があるのにわざわざ同じような組織を作った理由は?」若い女性記者が長谷部に食い下がった。


 「警察の方々をサポートする組織が必要かと思ったのです。警察機構の弱点でもある横の繋がりを強固にするための組織を創ったのです。まあ、何て言いますか、情報管理を集約する特別な組織といいましょうか」


 「情報管理?」


 「はい、警察組織は地方、地方においては非常にすばらしい能力を発揮されるのですが、いかんせん、巨大化した組織は横の繋がりというか、連絡がうまく取れない。それをスムーズにするために情報を素早く処理、伝達、管理する特別な組織を創ったという事です」


 「警察庁の中にもそういう情報管理の部署があると思うのですが、なぜわざわざ新たにそのような組織を創設されたのですか?」


 「もちろん、警察庁の中にもそのような部署がありますよ。情報処理を行っている優秀な人材がおられます。ただ、その情報の流れが途切れてしまう場合がある」


 「情報の流れ?」


 「そうです。

皆さんもご存知のように、例えば、女性を保護するための情報。ストーカーや、DVの被疑者の詳細な連絡が所轄が違うだけで途切れてしまい、彼らによる女性の犠牲者が後を絶たない事件。

ありましたでしょう?

有能な記者の方々ならよくご存じのはず。

特広局はそのような犠牲者は決して出さないとお約束いたしましょう。女性の敵は断じて許しません」

 長谷部はいつもの流し目で女性記者の顔を一瞥した。

 女性記者は一瞬速記を止め頬を赤らめた。


 「そのためだけの組織なのですか?」今度は男性の記者が質問した。


 「そのためだけ?女性を守るのは将来生まれてくる子供を守る事。日本の少子化を救う事ができる唯一の女性、その女性を守る事こそすなわち日本の未来を守る事じゃないのでしょうか?

その為の組織だと思ってください。私はあくまでも女性の味方なのです。分かるでしょ、お嬢さん」

 長谷部は再び女性記者に流し目を送った。


 「ある情報によると、特広局はアメリカのCIA,FBI以上の捜査権を持つ組織だと噂されてます。、例えば戦前の特別高等警察の性格を帯びてる政治警察だとも言われています。その事をどう思われますか?」

 もう一人の若い記者が長谷部に尋ねた。


 長谷部の顔が一瞬険しくなった。その表情は一秒も続かなかったが、若い記者は見逃さなかった。


 「その情報は一体どこから仕入れてきたのですか?出所のはっきりしない噂には答えられません。私は特別高等警察という言葉を今初めて聞きました。皆さん、私が戦後生まれだということをお忘れでしょうか」長谷部は皮肉たっぷりに答えた。


 そんな時期に凶悪な連続殺人事件が日本中を席巻した。アルビノという遺伝性疾患を狙うジョーカー事件が起きたのだ。

 その事件の解決のために特広局が捜査権を握り、警察を動かす特権を得た。

そのように裏で画策したのは特広局を創設した長谷部だった。

事件解明のための極秘捜査という事で、マスコミはシャットアウトされた。特広局に懐疑的であったマスコミはいつの間にか、その特広局に肩入れする記事を載せるようになった。


 ジョーカー事件は、広域暴力団樋口組の組織的犯罪という事で決着が着いた。

組長の樋口は首を吊って自殺。

なぜ、樋口がアルビノを目の敵にして殺害したのかは謎のままだった。

 もう一つ、不思議な事があった。樋口の家族、愛人等が樋口の自殺の前後に姿を消した事だった。


警察は事件の解明に向けて捜査を続けようとしたが、特広局がそれを許さなかった。


 特広局の見解はこうだった。

 「一連のジョーカー事件は広域暴力団樋口組の仕業という事が判明しました。連続殺人に至った理由としましては、捜査上に樋口を恨む人物が樋口の家族を拉致したと思える痕跡が出ました。その人物はいまだ特定されてません。たぶん、樋口はその人物に復讐するために殺害を計画したと思われます。その人物の特徴こそ、アルビノというわけです。多くの亡くなれた、罪無きアルビノの方々、この事件に関わる犠牲者に心からお悔やみ申し上げます」

特広局の水木局長はマスコミに事件の終結を告げた。



その事件以降、特広局は警察機関よりもワンランク上に位置する事になった。警察が持っているすべての情報を独占的に管理し始めたのだ。


特広局は、これからわずか数年で警察組織を掌握することになる。



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