表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
57/102

一つ目の復讐

ネズミの習性は、一体どのようなものなのだろう、特に腹を空かしたネズミ達は。

話によると飢えたネズミは自分の尻尾を食い千切り腹を満たそうとするらしい。


ホントかどうかは別にして、痛みより飢えの恐怖のほうが勝るようだ。

 

 人間もそんな環境下に置かれると、考えられない行動を起こす。例えば同類の死肉を食らうというようなおぞましい、身の毛もよだつ話。

 餓死した子供の頭を割り、脳を食らう親。時代は戦国、群雄割拠の華やかし頃の屏風絵、そんな地獄絵図をどこかで見たことがあるような。それがフィクションでなく、ノンフィクションだと知らされた時のカルチャーショックは今でも忘れられない。

 極限に陥った人間は、生き延びるためには人でさえ食らうものなのか。


生まれ出た子供の間引き、姥捨て山という言い伝えも、弱いものを切り捨てて生き延びるための苦肉の策だとすれば、寿命の尽きた死肉を食らうのは、まだましな方なのかもしれない。



二匹の大ネズミが二つの別々の檻に入れられているのは、共食いを防ぐためだ。せっかく苦労して捜し出したオニネズミ、その中で突然変異を起こし化け物と化したネズミはめったに見ることはない。その貴重な大ネズミを共食いで死なせてしまえば、今日のイベントが台無しになる。


弘基は小屋の外で鉄格子の窓から但馬の様子をうかがっていた。

『見えるか兄弟、奴の死に様をじっくり見物しようじゃないか』

弘基は心の中で呟き、但馬を見つめた。

弟の元基は弘基の目を通して但馬の姿を眺めていた。


『兄さん、但馬にドロップショットを打たなくていいのか』

元基は尋ねた。


『奴の手の届くところに注射器の入った金属バットがある。再三、奴に忠告してやったのだ。薬を注入するかどうかは奴の勝手だ。打たなければ打たないで奴の悶絶した顔が見られるわけだ。兄弟、楽しもうじゃないか』

そう呟きながら弘基は両腕を胸の前で組みはじめた。



檻の中の一匹のオニネズミがムックリと起き上がった。四つ足を震わせながら、ユックリと檻の外に顔を出し、注意深く周りを見渡している。とがった鼻先が時折ヒクヒクと動く。

二、三歩、檻から進み出た。しかし、尻尾は檻の中にまだ留まっている。それ以上は檻から離れようとせず、辺りを窺っている。


鼻筋に皺を寄せ激しく臭いを嗅ぎ始めた。首を上げ、せわしく左右に動かしながら部屋中に漂う血の臭いの在処を捜している。

胃液を充満させる香しい臭いの源泉はどこだ。そう叫んでるような大ネズミは我慢しきれなくなったのか、ついに檻の外に出た。

オニネズミの目前にはドアと壁が立ち塞がっている。震えが少しづつ落ち着き始めた四つ足が突然止まった。

 臭いの居所を突き止めたようだ。

 ユックリと鼻面を背後に向け始めた。

 同時にネズミの体が、百八十度向きを変えはじめた。

 

 目の前に、上半身を壁にへばりつくようにしている人影が見える。

 男の左足の膝辺りにドロッとした血がへばりついていた。

 床にも膝から流れ出たと思われる血糊が広がっている。


 体長一メートルはゆうにあるオニネズミはユックリと男に近づき始めた。まず、男の周りを半円を描くように部屋の中を行ったり来たり

して様子を窺いながら近づく。



 不気味なそのネズミは毛が一本も無く、しかも皮膚が鱗状に変形していた。目は刃のように鋭く、鼻に皺をよせて臭いを嗅ぐしぐさで見せる口の中は、鋭い歯が雑草のように生えてるのが見える。それはサメのごとく不ぞろいに並んでいた。げっ歯類の容姿の哺乳類なのに、まるでジョーズのような鋭い歯を呈していたのだった。


「何だこの化け物は…」但馬はそう呟き身震いした。

咄嗟に周りに武器になるようなものはないかと見渡した。

あるのは右足首に嵌められた鉄輪とそれに続く鉄の鎖ぐらいだった。

但馬はズボンのベルトを外しにかかった。革のベルトを右手に巻き、金具のバックルが手の甲にのるようにした。

とりあえずはこれで、応戦するしかない。

 左の足元には注射器の入った金属の容器が見える。あの殺し屋が置いていったものだ。

 すかさず、それを手に取り容器を開けようとした。

 

 その時、ネズミが直進して但馬の負傷した左膝に鋭い歯を立てた。

 ネズミの一噛みで一瞬にひざの一部の骨が削り取られた。麻痺していた痛みが再び蘇った。

 

 激痛だ。

 思わず、但馬は開きかけた金属バットを手放してしまった。中に入っていた注射器が床に転がった。


 「くそー!このドブネズミが!」

 田島は大声で罵りベルトのバックルでネズミの顔面にパンチを食らわした。

 ネズミは驚いた風に二、三歩後ずさりした。

 ジッと、鋭い目で但馬を見つめながらネズミは口に含んだ膝の一部をかみ砕き飲み込んだ。


 但馬の左膝は新たに血が溢れ始めた。

 心臓の拍動に似た激痛が全身を襲っている。


 この痛みを止めるため、但馬は二メートルほど離れた注射器を取ろうと体を動かした。

 その時、またネズミが但馬に襲い掛かった。今度は膝ではなく腹部だ。幸い背広とカッターシャツに覆われていたので肉を食い千切られることはなかった。

が、ものの見事にその辺り衣服の一部は無くなっていた。

 腹部が剥き出しになった。

 今度襲われれば、容易に肉を噛み切られるだろう。


 但馬は左手で腹をかばいながら、注射器を取ろうと右腕を伸ばした。


 また、オニネズミが襲い掛かった。

 今度は右足のふくらはぎだ。ズボンの布毎、肉の一部を食い千切った。


 「あああーーー!」絶叫に等しい叫びを但馬は上げた。


 激痛をこらえ、かろうじて伸ばした右手の指に注射器が引っかかった。但馬は注射器を引き寄せた。

 針のキャップを噛んで取り去り、注射器を腹に刺し込もうとした瞬間、白い巨大な物体が但馬の腹の中に潜り込んだ。


 もう一匹のオニネズミだった。

 いつの間にか目を覚まし、気配を窺っていたのだ。そのオニネズミはもう一匹より一回り大きく二メートル以上ある奴だった。


 そのオニネズミは、腹をかばっていた但馬の左手首を襲った。

 素早く噛み切って口に含んだ。


 「ぎゃーーー」食い千切られた手首からは血が溢れ出た。


 すかさずもう一匹が、無防備になった但馬の腹部を襲った。肉は内臓の一部と共にえぐられた。


 但馬はもう既に声を出す力が無い様子だ。

 唇がわなわなと震え目の焦点が合わなくなっている。


 手首を平らげたオニネズミが、但馬の赤くえぐられた腹部の傷口を睨みながら、舌なめずりして口を開き始めた。


 突然ドアが開いた。


 二匹のオニネズミはドアの方に目を向けた。

 男は思いっきりドアを閉めた。そのドアの音は二匹のネズミの体をビクつかせた。


 しかし、二メートルある巨体のネズミは、すぐ気を取り直し男めがけて駆け出した。

 跳躍して男に飛びかかろうと体が宙に浮いた瞬間、男の右手に光る銃が閃光を放った。

 オニネズミの額から入った銃弾は、後頭部を砕きながら体ごと吹き飛ばした。

 部屋の中央まで飛ばされたオニネズミは、床にリバウンドしながら、横たわりそしてビクともしなくなった。

 

 それを見たもう一匹のオニネズミは、壁まで走り寄り小さく丸まり怯えたように震えはじめた。


 弘基はサングラスを取り但馬に向かって言った。

 「残った右手で薬を注入しろ。体にドロップショットを入れて早く楽になれ」

 但馬は目の前にいる男の瞳が金色と青色に輝いているのを見た。


 眼のふちの周りは異様に白い。


 但馬は男の正体を知った。


 「…」但馬は何か言おうと口を動かしているが言葉にならない。

 次第に、但馬の目は潤み、涙を浮かべ始めた。


 弘基は既に但馬には注射器をを持つ力が無いと判断した。

 涙を流し始めた但馬の額に銃口を向けた。


 「待ってろ、今、楽にしてやる」と呟いた時、但馬の頭は項垂れた。おびただしい血が体から溢れ出て、息絶えたようだ。


 弘基は生き残った一匹のオニネズミに銃口を向けた。


 「お前の役目はもう終わった」

 弘基は二発の弾を発射した。


 『兄弟、見たか。今、ひとつ目が終わった。後の一つはお前の番だ』


 『兄さん』


 『なんだ?』


 『あの男の流した涙の意味を理解した』


 『そうか、それはお前の胸にしまっておけ。奴の涙の意味など知りたくもない』弘基はそう吐き捨て、小屋を後にした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ