手の痣
目的の場所に着いた。
白い巨大な建物はどこか威圧感を感じる。
順子は少し戸惑っていたが先に歩く俺に付いて来た。
ここでは不思議と4と付く部屋番はない。
他でもそうなのだろうか。
それともここだけなのか?
外国では13という部屋番はあるだろうか?
そんな思いが浮かんだ。
この建物に入った時、さすがに順子は怪訝な顔で俺を見つめた。
当然だ
着いた場所がアルコールとホルマリンの匂いが漂う白い巨搭なんだから。
二週間前から個室にしてもらった。
最近、特に独り言が多くなったという事だ。
周りの患者から苦情が出たらしい。
ブツブツうるさくて寝れないと。
寝れないか。
それがどうしたっていうんだ。
あいつは一睡もしてないんだ。
いや
寝ることさえできない状態になってしまった。
俺は個室のドアをノックをした。
もちろん返事のないことは分かっている。
ゆっくり、引き戸を開けた。
俺は後ろを振り返った。
順子は呆然と立っている。
どうやら頭が混乱しているように見える。
怯えているのかもしれない。
「さあ、中に入って」
俺はできるだけ優しく言った。
順子は少し迷っていたが
意を決したように部屋の中に入った。
部屋の中央にベッドがある。
ベッドは透明のビニールテントで覆われ、周りにはいろんな機材が置かれている。
ベッドには男が横たわっていた。
男の頭にはターバンのように包帯が巻かれそこから管が一本出ている。
男は一週間前に手術を行った。
脳内に溜まる水を抜くために頭蓋骨を刳り抜いてチューブを差し込む手術だった。
顔は異様に浮腫んでいる。
色もどす黒く艶がない。
ただ、くぼんだ眼窩の奥に鋭く光る眼が天井の一転を睨んでいる。
決して虚ろではない。
その瞳だけがはっきりとした意思を持っている。
そして、
唸るような呟きが微かに口元から聞こえる。
「この人は?」
順子は俺に尋ねた。
「この男の頭には腫瘍があるんだ。悪性のね。この一ヶ月でこんな状態さ。まさか、たった一ヶ月で…こんな姿になるとは、思ってもみなかった」
順子はベッドの上の男の顔をまともに見ることができないようだ。
「僕はこの男に迷惑ばかり掛けていた。いやなことは全部こいつに押し付けてきた。
今まで文句一つ言わず俺の言うことを聞いてくれた。
こいつと俺とは、まるっきり正反対なんだ。
こいつは勉強が良くでき、嘘はつかない。
真面目で努力家。
それに比べ、俺は・・・ってね。
いつも比較されてきた。
俺のあまりの成績の悪さを見かねた親は俺を塾に通わした。
俺はそれを逆手に取った。
つまり、代わりにこいつを塾に通わしたんだ。
拝み倒してね」
「順子さん。よく思い出すんだ。
君が犬に襲われたときのことを。君はその子供の痣を見たらしいが、どっちの手だった?右手か左手か」
そう言われた順子は、はっとした顔で眼を瞬いた。
右手に感触がよみがえる。
あの時、突然、右手を強く握られたのを思い出した。
現れた子供の背へ強く引かれ難を逃れたのだった。
自分の右手を見つめて呟いた。
「左手…に痣が」
順子はそう呟き横たわっている男を見た。
横たわっている男の左手には、くっきりと浮き出た星型の赤い痣があった。
「紹介するよ、君を命がけで助けた子供を。
あの時の子供が目の前意に横たわっている男だ。
一卵性双生児の俺の弟」




