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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
48/102

小高い丘の大聖堂

 地中海を見下ろせる小高い丘に古めかしいカソリック聖堂が聳え建っていた。尖った鉛筆を何本も重ね合わせたような、垂直に天を貫くその建物は、まぎれもなく厳かで神聖で近寄り難い建築物だ。

 聖堂の周りには広い庭と広大な駐車スペースがあり、そして、背の高い木々が庭を囲んでいる。

 ただ一つ、他と違うのは聖堂の前面にガラス張りの平屋の建物があることだ。大聖堂の出入り口はその平屋の中にあり聖堂に入るには、そのガラス張りの建物を通過しなければならない。その建物の中には警備員らしき制服姿の男が五、六人いた。

  ガラス張りの中は広いロビーになっていて、受付のカウンターと長椅子が置かれてある。カウンターの隣には、つまり、ロビーの中央には幅十メートルほどの通路がありその先に聖堂の厳かな門が鎮座していた。

  教会の入口の前に受付がある事自体違和感を感じる。全ての人に門戸を開く信仰の場で、そのカウンターが一人一人選り分け選別しているかのように見える。

  受付のカウンター内にはモニターが五台備え付けられ、その画面には庭の様子が覗える。庭に配置した監視用カメラが捉えた映像だ。モニターの隣には非常用警告ランプが青く光っていた。

 カウンターには三十前の顎髭をアクセント代わりに伸ばし始めた男がモニターを注視していた。

 突然、警告ランプの青色が赤に変わり激しく点滅し始めた。

「誰かが侵入した」顎髭の監視員が周りの仲間に告げた。

 カード遊びに興じていた三人の警備員は眼の色を変えてソファーから立ち上がった。

 「侵入者は何処だ」

  そう言いながら受付のモニターを覗き込んだのは、白いスーツの男だった。

  警備員とはどことなく雰囲気が違う。丸い金縁のメガネの奥に光る目は物に動じない冷酷さを放っていた。

 スーツの男は、七三に分けたブラウンの髪を右手で軽く撫で付けながらモニターを一つ一つ慎重に見詰めた。

  そして、モニターの中の一つを凝視した。

  顎鬚の警備員にそのモニターの拡大を命じた。

  庭の中央に位置する噴水の映像が徐々に大きくなっていく。

  噴水の側にうずくまる黒い人影がハッキリと映し出された。

  「こいつだ。噴水の側に潜んでいる。直ぐ捕えろ」

  スーツの男は、警備員の三人に指示した。


 「ジャック、イアホンマイクを付け忘れているぞ!」そう怒鳴ったのは顎髭の監視員だった。

  ジャックと言われた二メートルを超える大男は慌てて胸ポケットにある小型のトランシーバーを装着した。

 スーツの男は脇に付けたガンホルダーから銃を取り出し言った。

 「武器を持っているかもしれん。抵抗したら殺せ」

 三人の警備員は銃を構え庭に飛び出した。

 男が潜んでいる噴水は約二十メートル先に見える。

 一人は真っ直ぐ噴水の方に向かい、他の二人はそれぞれ左右に別れ、庭を囲む木々の間を縫いながら噴水に近づいた。

  侵入者の黒い影は噴水の影に隠れたままビクとも動かない。その様子をモニターで見ていたスーツの男は無線で三人に指示した。

 「侵入者は動く気配がない。一気に襲って取り押さえろ」

 「奴ですかね?」

 顎鬚の警備員はスーツの男に尋ねた。


 「さあな。もし俺達が狙う殺人者だとしたら拍子抜けだ。無防備で無計画で無鉄砲。まったくお粗末すぎる男だ。たぶん、こそ泥か浮浪者の類だろう」

 スーツの男は口を歪めながらタバコをくわえ火を付けた。

 「だがもし奴だったとしたら、組織は俺達に一目を置くだろう。俺達の地位もワンステップ浮上だ」

 男はタバコの煙を深く吸い一気に吐き出した。


 警備員は侵入者を捕え、ロビーに連れてきた。

 連れてこられた男は白いマスクをし、ニット帽を深めに被っていた。

 黒いTシャツにブルゾン、膝が擦り切れたブルージーンズ。

 決して浮浪者の様相はしていない。ジャックが若者のニット帽とマスクをはぎ取った。

 顕になったのは黒褐色の肌を持ったアラブ系の男だった。

 年齢は三十前後だろうか。

 スーツの男はその侵入者にに聞いた。

 「お前は一体何者だ」

 若者は口を真一文字にし黙っていた。

 「何か盗もうとしていたのか?」男は沈黙のままだった。

 もしこの男が俺達の目的の男でなくても、組織にとっては利用できる人間だ。

 健康的な若者は商品価値は高い。

 スーツの男は、目の前の男を目踏みした。

 「まあいい、地下室に放り込んで痛めつけてやれ。そのうち正体を吐くだろう」

 突然、ガラスドアを叩く音がした。

 男達は一斉にドアに目を向けた。

 そこにはいつのまにか制服姿の警官が一人立っていた。

 警官は顔の割に嫌に大きなサングラスをしている。

 顎髭の男が戸惑いながらスーツの男に目を向けた。

 スーツの男は大きく頷きガラスドアへユックリと向かった。

 「ご苦労様です。何かありました?」

 スーツの男はわざと声を高くし、親しげな表情で警官に尋ねた。

 「いえね、この敷地内に不審者が侵入したという連絡があり、それでお伺いした訳で」

 警官は中を覗き込むようなしぐさで告げた。

 「今のところ怪しい人物は見かなかったですが」

 スーツの男は平静を装いドア越しの警官に告げた。

 「今、庭の辺りを一通り見回ったんですが異常はありませんでした。で、部屋の中を調べておきたいんですが」

 「いや、ここは警備員がいますので心配はありません」

 「確かに、でも、私も上司に詳細な経過を連絡しませんと。最近は責任問題がとかくうるさいもので」

 「本当にここは大丈夫ですから」

 「チョッと中を拝見させてもらうだけでいいですから。形式的なものですので一、二分で終わります」

 警官はそう言いドアの前を立ち去ろうとしなかった。

 スーツの男は顎髭の男に目を向け合図を送った。

 顎髭の男は侵入者をソファーに座らせ銃を隠し持って脇腹に突き付けた。

 「一言もしゃべるな。喋ったら横っ腹を撃ち抜くぞ」


 ドアのかぎが開けられ警官が部屋に入った。

 「このガラスは防弾ガラスですか?」

 「ええ、強化プラスチックを中心に防弾ガラスを張り合わせてる代物で特注であつらえた物です。六十口径の弾でも通しません」

 「なるほどね。そりゃあ安心だ」

 警官は天井を見上げながら尋ねた。

 「防犯カメラは取り付けてあるんですか?」

 「庭にはありますが、この部屋にはありません。侵入者がここに入らないように防弾ガラスを施してありますから必要はありません。もし、侵入者が入ったら我々が命がけで立ち向かいます」

 「そうですか。ここにいらっしゃる警備員の方が最後の砦ですか。ご苦労様です」

 「ところで、警備の方はここにいらっしゃる方が全てですか」

 「そうです」

 「なるほど、司祭様は安心してお勤めができるわけだ」

 警官はソファーの若者に目を向けた。

 「あの人は?警備の人ではないようですが」

 「ああ、信者の方で司祭様に御用があると尋ねて来られたお人です」

 「ふーん。司祭様も大変だ。こんな夜遅くまでね…ところで司祭様は聖堂に居られるんですか?」

 「はい」スーツの男はわざとらしく腕時計を眺めた。

 早くこの場を切り上げたいという素振りが見え見えだ。

 「わかりました」

 警官は広いロビーを一通り見渡し、スーツの男に体を向け小声で囁いた。

 「あと一つ質問してよろしいですか」

 「なんですか?」

 「あの青年の隣にいる顎髭の警備員の方のお名前を教えてもらえますでしょうか」

 「えっ?何故?」

 「駄目ですか?」

 「いえ、彼はサルトバといいます」

 「ミスターサルトバですか」

 警官は顎髭の男に向かい甲高い声で告げた。

 「ミスターサルトバ。あなたが最初で良いですか?」

 サルトバはキョトンとした顔で首を傾げ愛想笑いをして尋ねた。

 「何が最初ですか?」

 「この中で神の門を叩くお人の最初と言う意味です」


 「神の門を叩く?」

 サルトバは呟いた。

 その時、サルトバの神経は銃から離れた。

 警官はその一瞬を逃さず、制服の裾の中に隠していたナイフを取り出し振り投げた。十センチも満たない鋭い両刃のナイフは一直線に飛び、サルトバの眉間に突き刺さった。

  警官はすかさずガンホルダーから銃を出し受付にいた二人の警備員の頭を狙い撃ちした。

 その一瞬の光景を見たジャックは腰を抜かしその場で失禁した。

 警官は銃をスーツの男に向けた。

 「君の名前を聞いてなかった。名前はなんと言う?」

 「お前が連続殺人の張本人か。ここに入り込む為に臭い芝居を演じたわけか」

 「ああ、そうだ。ここから一歩も出ないお前たちの糞ボスを殺るためにわざわざ仕組んだのさ。さあ、名前を聞いてやる。名のれ」

 スーツの男は迷いながら口を開いた。

 「名前は…ボイス、ボイス・フロイド…助けてくれるのか」

 「いいや、確認のためだ。…ボイス・フロイド、この組織のナンバーフォーか。ボイス、安心しろ。先にあの世でナンバーツー、スリーが待っている。仲良くユックリ世間話でもするんだな」

 「待ってくれ、俺達を殺したってこの組織はなくならない。現にお前が最初に殺したアラブのトップもすぐに後釜が決まり組織は動き始めている。お前はトカゲのしっぽ切りをしてるだけなんだ」

 「分っている。百も承知さ。だが、お前達のノー天気な頭にインプットされたはずだ。恐怖と言う文字がな。それにお前達蛆虫を殺すのが俺にとっては、唯一のライフワークなんだ。終わりのない愉快なジョブなんだ」

 「お前は一体誰だ」

 「さあな。強いて言えば神の使者とでも言っておこうか。それとも、地獄の使者にしようか、お前の好きな方を選べばいい」

 

 警官はボイスの左足膝を撃ち抜いた。

 続けて右の肩に、そして喉に一発。

 ボイスは仰向けに倒れ喉から溢れる血を左手で必死に押さえた。血は口や鼻からも漏れ出し咳き込んだ。

 数秒の間、警官はそれを見ながらそしてボイスの頭に目がけて二発撃ち込んだ。

 「ムスタファ、怪我はないか?」

 警官はソファーに座っている男に声を掛けた。

 ムスタファと呼ばれた男は、ソファーから立ち上がった。

 「大丈夫です」

 「監視カメラの記録を処分して、この場を去れ」

 そう言われたムスタファは素早く受付に向かった。

 警官は腰を抜かして座り込んでいるジャックに声を掛けた。

 「お前はジャックだな、ここに勤めたのが運のつきだ。ムショ帰りの寄る辺の無いお前にとって最後の場所がここだけだったかも知れないが、これも運命なのだ」

 ジャックは涙を流し震える両手を組み拝むような仕草で警官を見上げていた。

 「すまない」

 警官はそう言った後、ジャックの頭を撃ち抜いた。

 警官はそのまま中央通路の奥まった聖堂の門に向かった。


 ムスタファ・オルファン・ラスクは、砂漠の中でジープを走らせていた。雲一つない夜空には三日月が輝いている。

 砂丘のなだらかな稜線がほんのり月明かりの中で波をなしている。。

 昼間の炎天下に比べれば、この砂漠は今が生き物にとって最適な時間帯だ。人間も、そしてジープも。

 一体どのくらいの時間、ジープは走っているだろうか。満タンの燃料は既に半分近く消費されていた。

 砂地の道なき道を当てもなく走っているように見えるがムスタファには目的地がハッキリと分る。

 GPSがその場所を指し示してくれているのだ。そのトラックログ上をジープは忠実に進んでいく。

 最短で、そして砂地で足を取られない場所をモニターが教えてくれている。

 GPSがなければ、いくら記憶力の良いムスタファでも無事に目的地に着けるのは至難の技だろう。

 砂漠の上をこうして走るのは、ムスタファにとって久しぶりのことだ。


 つい最近まではある人に付いて世界中を旅してきた。

 物見遊山の旅ならムスタファはもっと温和な表情になっていただろう。

 彼を見た人間は、彼がまだ二十歳前後の男だとは誰も思わないはずだ。

 浅黒い顔には深い皺が刻まれ、初老の様相を呈している。去年のムスタファを知るものは今の彼の顔を見れば目を疑うだろう。

 人の数倍以上老化が早く進む先天性の病を持った男、ムスタファは自分の寿命を人より早く知る男だった。

旅を共にした男はムスタファを弟のように接し、そしてムスタファを絶望の底から 救った男でもあった。

 その人物と行動をする毎にムスタファの感情は削ぎ落とされ、精神は鋭角のように研ぎすまされ、体と心だけがある一つの目的の為に動かされていく無機質なロボットと化していった。

 しかし、無機質なロボットになり切る事で我を忘れて生き抜くことができる。

 その男と共通の目的を果たす為だけに自分の全てを集中させる。それが、自分の絶望的な病の呪いから解放させてくれた。


 目的は殺人だった。

 緻密な下調べと練りに練った企てで、世界中に蔓延る地下組織の犯罪者を抹殺する。

 ただし、殺人を実行するのはただ一人。ムスタファを指図するその男だ。企てはすべてその男の頭の中にあり、ムスタファはただ、下調べと下準備に没頭する。

 ムスタファ以外に十人前後の同じ目的を持った同士がいるが男と直に話ができるのはムスタファしかいない。


 男が狙うその地下組織はアルファと呼ばれていた。

 しかし、男はその組織をシットと名付けた。

 要するに糞呼ばわりしていたのだ。


 人身売買、奴隷商人、それは小説の中だけに出てくる言葉で、この現代に人を売買する人間が今でも存在するなど誰も思っていないだろう。

 しかし、人身売買は確実に生業として存在していた。奴隷商人と言う言葉は決して小説の中だけのものではなく現代においても闇に隠れて取引は行われていた。

 その組織は国毎に緊密なネットワークで結ばれ、その生業の始まりは紀元前に遡る。

 国同士が互いに争う時でさえもその組織は地下に潜み互いに連絡しあい人身売買を続けてきた。

 何千年もの間その組織は互いの共通する利害関係を元に鉄の掟で結ばれていた。

 彼等にとって戦争と言う混乱こそ、人という商品が活発に値動きする都合のいい時期だった。

 その為に戦争をわざわざ引き起こす事も企んだ。

 暗躍する死の商人も、元々はその組織から派生したという噂もある。

 決して誰もその組織に手を下す者はいない。

 その組織を知り得た、ということだけで密かに消されたのだ。

 そして、人類が絶えるまで自分達の組織は繁栄し続けると組織の誰もが思っていた。

 しかし、遂にその組織に鉄槌が下される時が来た。

 最初は、単なる身内同士のトラブル、または事件の巻沿いが原因だと気にもとめていなかった。

 だが、あまりにも短期間のうちに仲間内の人間が次々と、しかも組織の重要人物が死んでいくのに首を傾げ始めた。

 ありえない事が起きている事に皆が気が付いたのだ。

 千年以上続いた人買い組織に刃向う人間がいる事に気付いたのだ。

 戦々恐々となった。

 組織の連中は周りをより強固にガードした。そして暗殺者が一体何者かを全力を上げて捜しだそうとした。

 しかし、その暗殺者は分からず殺戮は繰り返されていった。

 だが、ある日を境にその殺戮者は、白い殺人鬼、白い悪魔と呼ばれるようになった。


警官は聖堂の門を開け、中に入った。誰もいない聖堂は恐ろしいほどの虚無な空間だった。意味のない、絵空事の作り話が充満し、裏と表の世界が人間の血と肉で絡み合いながら永遠に時間が止まっている場所。

 警官は吐き気を覚えるように憎悪が充満し、心が張り裂けそうになった。

 何処からか激しい息遣いが聞こえてくる。

 笑い声が混じったその息遣いは、まるで地獄の悪魔が快楽に溺れているかのようだ。

 警官は真っ直ぐその息遣いのする方に向かった。


 金と銀の眩い刺繍をあしらった司祭服が激しく揺れていた。

 警官の目の前には十字に張られたキリストの像が見える。

 キリストの目は祭壇を見下ろすように悲しい表情を浮かべていた。

 その祭壇にきらびやかな司祭服をまとった男が激しい息遣いをして下半身を揺らしていたのだ。

 何をしているかは定かでないが想像はできる。会場席を背に一心不乱で腰を動かす司祭はまるでキリストの像に見せつけるように痴態を振り撒いていた。

 警官はユックリと近づきながら三十八口径リボルバー式の弾倉を外し、弾の詰まった替え用の回転式弾倉を新たに装填した。

 弾倉を装着した時の乾いた金属音が聖堂内に響いた。

 

 その音で司祭服をまとった男の動きが止まった。


 「中断する必要はない。続けろ。今日がお前の最後の日なのだ。ユックリ楽しめ」


 肩で息をしながら男は後を振り向いた。顔はサウナに入っていたように赤く、禿げ上がった頭は汗まみれで湯気が立ち上がっていた。

 祭壇の上には十歳にも満たない子供が丸裸で俯せになっていた。

 子供の足からは二筋の血が流れ落ちている。


「私は治療していたのだ。子供に付いた悪魔を追い払おうとしていたのだ」


警官は何も答えず銃を構えた。


「待ってくれ!君は勘違いしている。私は司祭だ。聖職者だ。誰かと間違えているのだ」


「リストの名前を調べ上げた時、驚いた。まさか聖職者がいるとは思わなかった。お前を調べ上げていくうちにお前のグロテスクな素性がよく分かった。

お前の名はシュルッツ・ハインリッヒ・ヒードラー。七十八歳。父親はナチス親衛隊。お前は終戦までヒットラーユーゲントの一員で生粋の民族主義者。ヒットラーかぶれの人格破綻者。子供を性的暴行の相手としか見ない欠陥人間。精神病棟に何度も入れられたが、矯正するどころかますます異常な性癖にのめり込んでいった化け物。

最終的にお前を受け入れた社会は人身売買を行う地下組織。お前と同じような人間が屯う悪鬼の巣窟」


「司祭を殺せば百代まで祟るぞ」ハインリッヒは太い人差し指を警官に向け怒鳴った。


銃声が聖堂内に響いた。

警官が撃った弾はハインリッヒの股間を貫いた。

 「司祭になっても下半身は清められなかったようだな」

ハインリッヒは股間を押さえ苦しそうに唸り膝まづいた。

 「今までは苦通を与えないように一発であの世に送ったが、お前だけは別だ」

 警官はハインリッヒの突き出た腹に一発放った。刺繍入りの司祭服がみるみる血に染まった。

 警官はそれを見ながらサングラスを外し始めた。

 ハインリッヒは警官の眼を見て驚いた。

 左右の目の色が違っていた。しかもその瞼の周り、そして眉毛まで透き通った白さで覆われている。

 「目の周りだけメイクするのが面倒でね。地のままにしてある。僕の正体が分かるか」


 「トリプルA。お前はトリプルAだったのか」


 「そうだ、お前たちが扱う商品ランクの最上級、トリプルA だ」

 そう言った後、警官は三発続けてハインリッヒの腹に命中させた。

 ハインリッヒは倒れることなく床に正座する格好になった。

 「お前は…アルビノ…」


 「そうだ、お前達が血眼に捜している最上級のトリプルAだ」

 警官は新たにリボルバー式の弾倉を新しく差し替え装填した。

 そして、その弾の全てをハインリッヒの腹に送り込んだ。


 ハインリッヒは正座し、項垂れたまま腹から大量の血を流し身動きしなかった。

 ハインリッヒはビクともしなかった。

 それを確認した警官は踵を返し出入り口に向かった。


 だが、ハインリッヒはまだ死んではいなかった。彼の右手は微かに動いていた。 痙攣しているかのように震える中指で湧き出る自分の血をインク代わりにして文字を床に記した。

 吐く息が極端に長くなり始め、次第に呼吸が落ち、止まりかけたその時文字を書き終えた。

 そこにはAの文字が三つ並んでいた。


 

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