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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
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弘基の過去・アフマドの最期

背中の皮膚は、執拗に鞭を打ち付けられてめくれ上がっていた。

その開いた傷口から肉がはみだし、そこから滲むように血が染み出てくる。

俯せにベッドに寝かされた弘基は、下唇を噛みしめていた。

「ヒロキ」

モハンマッドは青年の名を呼んだ。

この数年の間にモハンマッドと白皮病の青年には不思議な友情が芽生えていた。


モハンマッドは弘基が囚われの身になった時から、アフマドに知られぬよう自分の信ずるアッラーの教えを弘基に説いていた。

弘基はモハンマッドの言葉を繰り返し繰り返し聴くことで、自然にアラビア語を身に付けた。

そして、数ヶ月後にはお互い会話ができるぐらいアラビア語を習得した。

しかし、弘基が口を開くのはモハンマッドとムスタファだけだった。

決してアフマドには一言も語らなかった。

「ヒロキ、背中ニイツモノ薬ヲ塗ルヨ。マズ、アルコールデ消毒スル。ソノ時ダケ痛ムガ我慢シテクレ」

モハンマッドはアルコールを口に含み、一気にヒロキの背中に吹きかけた。二、三回それを繰り返した後、薬草をすり潰した赤茶色の練薬を丁寧に背中一面に塗っていった。

「痛ムカ?」

モハンマッドはヒロキに尋ねた。

「痛ミニハ慣レテルサ。オ前達ノオカゲデ」

ヒロキは皮肉な笑みを浮かべながら言った。

「弘基、コレガオ前ノ運命ナノダ。耐エルシカナイ」

その言葉を聞いて弘基の金色の瞳が光った。

「モハンマッド、コンナ運命ガアルモノカ。僕ノ皮膚ガタダ白イト言ウダケデコンナ酷い仕打ちを何故受ケナケレバナラナイノダ。

コレガ僕ノ運命?無抵抗ノ子供ヲ連レ去リ遠イ国デ売リ飛バシコンナ酷イ目ニアワセ黙ッテイルオ前。オ前ガ信ジルアッラーハ、慈悲深ク慈愛ニ満チタ神ジャナイノカ!

ソレトモアッラーハ弱イモノヲ見捨テル神ナノカ、僕ノヨウニ白イ人間ヲ差別ヲスル神ナノカ。無慈悲デ冷酷ナ神ナノカ」

モハンマッドは何も答えず、弘基の背に薬を塗った。

「モシソレガアッラーナラ、僕ニトッテ呪ウベキ神ダ」

モハンマッドは寡黙にタダひたすら薬を塗り続けた。


弘基にとって地獄の日々はそれから、数年続いた。



白い高層ビルが立ち並ぶドバイ。

そのビルの中で一際高い超高層ビルの一角。アフマドは広い部屋のソファーに座り水パイプを燻らせていた。

「ヤア、待タセタカナ。アフマド」

そう言いながら、白い布を体に纏った五十前後の男が部屋に入ってきた。

顎鬚の濃い、目つきの鋭いその男はアフマドが週に一回主催する秘密パーティの会員の一人、タミルであった。


「ワザワザ遠イ所カラ来テモライスマナイ。長イ道ノリダッタトオモウガ私ノプライベートジェットノ乗リ心地ハドウダッタカネ」

タミルは、遠方から来たアフマドの労をねぎらうと同時に自分のセレブ振りを自慢した。


「私ヲ呼ンダ目的ハ何デスカ」

アフマドはタミルに尋ねた。


タミルは側近の男達を軽く手で追っ払うようにして部屋から出した。


「話ハ他デモナイ。アノ男、日本ノアルビノノ若者ノコトダ。ゼヒアノ男ヲ譲リ受ケタイ。金ハ幾ラデモ払ウ。ゼヒトモ欲シイノダ」


「ナルホド、ソノコトデスカ」

アフマドはワザとらしく困った顔を見せながら、水パイプの煙を吐いた。

部屋の中は水パイプのタバコの独特の甘い香りが漂っていた。


「タミル、私モアノ若者ノオカゲデ日々ノ生活ヲカロウジテシノゲテイル身ノ上ダ。彼ヲ失エバ私ハ路頭ニ迷ウ」


「イイ加減ナコトヲ言ウナ。オ前ノ秘密パーティニ我々会員ハドレダケ莫大ナ金ヲ使ッタト思ッテイル。十分スギルグライノ財ヲ溜メ込ンダノハワカッテイルゾ」


「タミル、財ヲ溜メ込ンダトイッテモアナタ達カラ見レバ微々タルモノ、大海ノ一滴ニ過ギナイ。マダマダアノ若者ヲ手放スコトハデキナイ」


「以前モ言ッタヨウニ私ノ財産ノ五分ノ一ヲオ前ニヤル。マダ不服ナノカ」


「タミル、アノ若者ヲ欲シイトイッテイルノハアナタダケジャナイ。他ノ会員モ全財産ヲナゲウッテデモ手ニ入レタイト言ッテルノダ」


「分カッタ。ジャア、私ノ財産半分ヲお前ニヤロウ。イイカ、金ジャナイ、モットイイモノダ。私ガ持ッテイル石油権益ノ半分ヲ与エヨウ。毎月、オ前ノ懐ニ莫大ナ金ガ入ル。一生ドコロカ何回生マレ変ワッテモ食ベルニ困ラナイ金ガ手ニ入ルノダ」


「タミル、私ハアノ若者ノ体ヲ切リ分ケテ、オ得意様一人一人ニ差シ上ゲルツモリダ。一番人気ノアノ男ノ眼ヲアナタニ差シ上ゲヨウ。金色ト、ブルーノ眼球ヲアナタニ差シ上ゲヨウ」


「目玉ダケカ」

「ソウデス。ソレガオイヤナラ、足ノ指ニシマスカ?」

「分カッタ。確カニアノ眼ハ神秘的ダ。アノ眼ヲ食スレバ大イナル力ガ宿ルダロウ」

「ソウデストモ。アノ眼ハ不思議ナ力ガ宿ッテイル」

「アフマド、オ前モソウ思ウカ。分カッタ、早速、契約ヲ取リ交ワソウ」

アフマドは思いっきり水パイプの煙を旨そうに吸った。


数日後、弘基はいつもの大広間のせり上がった中央に立っていた。

いつものように手を鎖に巻かれ、万歳する格好で立たされていた。

周りには、秘密パーティの会員達が取り囲んでいる。いつもよりは数は少ない。四十名ほどの選ばれた会員達だ。

今日は誰も私語を発していない。

何かが起きるのを全員が固唾を呑んで、その白い青年を見守っていた。


「サア、モハンマッドヤルガイイ!ソノ青年ノ胴ヲ断チ、ソシテ、手ヲ、首ヲ断ツノダ。名誉アル死刑執行者トナルノダ。特別ニアツラエタソノ日本刀デ皆サンニオ見セスルノダ。オ前ノ刀捌キヲ」


モハンマッドはアフマドから与えられた刃先が青白く光る日本刀を振りかざした。


「日本ノアルビノヨ!何カ言イタケレバココデ叫ブガイイ。アッラーノ神ガ聞キ届ケテクレルダロウ」

アフマドは弘基に言った。


一方、モハンマッドは刀を上段に振り上げたまま硬直していた。

弘基は叫んだ。

「モハンマッド、遠慮スルナ。オ前ノ信ジルママアッラーノ教エニ従イ僕ノ体ヲ切刻メ。僕ノ安ラギハ死ノ中ダケニアル。オ前ノ手デ死ネルナラ本望ダ。

サアヤレ。オ前ノ罪ハ僕ガ被リ地獄ニ持ッテ行ッテヤル。モハンマッド、僕ノ心ハインシャラーダ。気ニスルナ」

そう言い終え、弘基は狂ったように大声で笑った。


弘基が泣き叫ぶと思っていたアフマドは、大声で語り、けたたましく笑い始めたのを見て驚いた。


「イツノ間ニ、我々ノ言葉ヲ覚エタノダ」


モハンマッドの両腕が震え始めた。

モハンマッドがなかなか事を進めないのにイラついたアフマドは自ら腰に下げた半月刀を引き抜き弘基の元に進み出た。

モハンマッドを押しのけアフマドは半月刀を大きく横にかざした。


「サラバダ。日本ノアルビノヨ」


「インシャラー!」

そう叫んだのはモハンマッドだった。

モハンマッドは手に持った刀を真一文字に大きく横に払った。

刃先はアフマドの太い首をきれいに胴体から切り離した。首は血しぶきと共に宙に舞い床に転げ落ちた。

床に横たわったアフマドの首は何が起きたのか理解できないかのように目をモハンマッドに向け、口を二回開けたり閉じたりしながら

動きを止めた。


それを見た観客等は恐怖の声を張り上げその場に立ち竦んだ。モハンマッドは続け様に刀を振り下ろした。

刀の鋭い刃は弘基の両手首の鎖を断ち切った。


モハンマッドは腰のベルトに挟んだ銀色に光る銃を弘基に投げた。

弘基は咄嗟にその銃を掴みモハンマッドを見た。

「弘基!思ウ存分戦エ。オ前ヲ苦シメタ連中ニ死ヲ与エテヤルノダ。慈悲深イアッラーハオ前ト共にイルゾ」


弘基が掴んだズッシリ重いその鉄の塊は、デザートイーグル五十マグナムと言う代物だ。

モハンマッドがいつも携帯している銃だ。以前、モハンマッドはその銃の扱いや威力などを自慢げに弘基に披露したものだ。

その銃を弘基に持たせてもくれた。もちろん、弾倉は外してだが。

モハンマッドは、ナイフや、自動小銃の扱いなど自分が知っている知識を弘基に教え込んだ。

知識と言ってもモハンマッドが知りうる知識は人をどのように殺戮するかの方法だ。


弘基は実弾が入った銃を持つのは初めてだ。しかし、いつも頭の中で実弾を発射する自分をイメージしていた。

観客は先を争って広間から出ようとドアに向かった。

しかし、ドアはロックされている。中からも外からも開かないようにタッチボタン式のロックが掛かっている。


モハンマッドは狂ったように次々に、逃げ惑う男達を日本刀で切り裂いていった。

今日集まった会員の男達は、弘基の切り刻んだ体の一部を貰い受けようと集まった連中だ。アルビノの体を食する食人鬼の集まりだ。

モハンマッドは、情け容赦なく会員達の体を日本刀で叩き切っていった。

モハンマッドは舞を舞うかのように飛び跳ねながら刀を振り回していた。

突然、弘基の足元に男がすがりついてきた。

「助ケテクレ、アノ化ケ物ヲ殺シテクレ。モシ殺シタラオ前ニ私ノ財産ヲ全テヤル」

そう言ったのはタミルだった。


弘基は言った。

「オ前ノ金ナド、一ギニーモイラナイ。欲シイノハ…」

弘基はマグナムの銃口をタミルの額に当てながらユックリ囁いた。

「オマエノ魂ダ」

弘基はトリガーを引いた。

大音響が広間に轟いた。

タミルの額を貫いた五十口径の弾は後頭部を跡形もなく吹き飛ばしながら、タミルを体ごと床に叩き付けた。

次に弘基は、横で恐怖に腰を抜かした男の腹部めがけてニ発目を放った。弾はそのまま背中を抜け腹部の臓物をえぐり出しながら壁にめり込んだ。

一方のモハンマッドは狂ったように、逃げまくる人間を殺しまくっていた。

広間の床は血に染まり、阿鼻叫喚の巷と化した。



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