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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
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弘基の過去・モハンマッド

「モハンマッド!」

いつものように金切り声がドアの中から聞こえた。

ドアの外に待機していたモハンマッドは慌てて部屋の中に入った。

「モハンマッド、佐藤ガ天二召サレタ。亡骸ヲモルカの沼に沈メルノダ。沼ノ主ガ、アッラーノ元二連レテ行クダロウ」

モハンマッドは死体を見て立ちすくんだ。

死んでいる男の眼や鼻、口、耳から血が溢れた痕があるのだ。

「エボラ…?」モハンマッドは、伝染病の名前を呟き後ずさりした。


アフマドは、穏やかな声でモハンマッドに告げた。

「モハンマッド、心配スルナ。佐藤ガ死ンダノハ病気デハナイ」


モハンマッドは震えながらアフマドに尋ねた。

「何故、死ンダノデスカ?」


「呪ワレタノダ」

アフマドは平然とした顔で呟いた。


「呪ワレタ?コノ白イ悪魔ニデスカ」

モハンマッドは長椅子で眠っている半裸状態の子供を指さした。


「安心シロ、コノ子供ニハソンナ力ハナイ。コノ子供ハ金ノナル木ダ。我々二富ヲ授ケテクレル貴重ナ宝ダ」


「一体誰ガ呪ッタノデスカ」


アフマドは怯えているモハンマッドを諭すように言った。

「佐藤ヲ呪ッタ者ハ遠イ国にイル。我々ノ知ラナイ人間ダ。我々二害ヲ及ボス事ハナイ」


「私ハ安心シテイイノデスカ。アフマド、貴方ヲ信ジテイイノデスカ?」


アフマドは空を掴むように右手を挙げ天井を見上げながら言った。

「アッラーノ神二誓ウ」


そのアフマドの大げさなパフォーマンスでモハンマッドは少し安堵した。

モハンマッドの性格は単純で従順、素直な子供と変わらないようだ。


アフマドは腕を組み、ソファーに横たわる子供を眺めながら暫く考え込んだ。

首を捻りながら不気味な笑みを浮かべ呟いた。

「先ズ檻二入レテ見世物ヲハジメヨウ。見飽キタ連中ニハ鞭ヲ与エ、コノ子供ノ背ヲ打タセテヤルノダ。

モハンマッドのようにアルビノを白い悪魔と忌み嫌う連中は、小躍りしながら鞭を鳴らすだろう。

鞭打ち一回百ギニーイヤ、百ギニーデハ安スギルナ。千、二千イヤ…五千ダ。五千ギニーだ。コレグライハ貰ワナケレバ、コノ子供ヲ苦労シテ手ニイレタカイガナイ。ト言ッテモ人買いブローカーノ佐藤ハタッタ今死ンダ。

オカゲデ手付金ハ私ノ懐ニ戻ッタガ」

アフマドは先ほど佐藤のポケットから取り出した厚めの札入れを手にとって眺めた。

「コノアルビノノ背中ガ血二染マレバ染マル程私ノ懐ガ潤ウ。十分潤ッタラ売リ飛バセバイイ。イヤ、簡単二売リ飛バスノハモッタイナイ。

コノ白イ体を切刻ンデ分ケテ与エヨウ。

腕、足、耳、鼻、心臓、肺、ソシテ、アノゴールドト、ブルーノ瞳。アノ眼ハ特別ダ。キット高イ値デ売レルダロウ」


アフマドはモハンマッドに告げた。

「コノ子供ヲ、ムスタファノ檻ニ入レロ」


「ムスタファト一緒ノ檻二入レルノデスカ」


「ソウダ。ムスタファモ親ガイナイ身ノ上ダ。キット慰メアイナガライイコンビニナルダロウ」


「ワカリマシタ。タダ…」

モハンマッドは困った顔をした。


「何カ問題デモアルノカ?モハンマッド」


「ドレヲサキニシマショウ?」


「ドレヲ先?何ヲ言ッテルノダ?」



「コドモヲ檻ニ入レルノト、死体ヲカタヅケルノトドチラヲサキニスレバ?」


アフマドは苦笑しながら答えた。

「モルカノ沼ノ主、クロコダイル達ハ少シグライ餌ガ遅レテモ文句ハ言ワナイダロウ。佐藤ノ始末ハ後デイイサ。先ニ子供ヲ檻ニ入レテクレ」

アフマドは付け加えてモハンマッドに言った。

「モハンマッド、オ前ノソノ醜イ顔ヲ布デ覆エ。子供ガ目覚メテオ前ノ顔ヲ見レバ恐怖デ暴レルカモシレナイカラナ」

モハンマッドは慌てて自分の顔をターバンの布で隠した。


モハンマッドは恐る恐るソファーに横たわる真っ白な子供を抱きかかえた。

全身を白に染めたような子供の体を見てモハンマッドは思った。

自分が生まれ育った部族では白い悪魔と呼び、間引かれる子供だが、本当に悪魔なのだろうか。

寝顔を見ればまるで、天使のような顔だ。モハンマッドは子供を抱きかかえる自分の手を見て思った。

それに比べ自分のこの大きなどす黒い手はなんだ。

これこそ、悪魔の手じゃないか。


湯船の中で死んだように仰向けに横たわる白い男の脳裏には、暗い過去が時空を超え蘇っていた。

記憶の場面が変わった。

自由を奪われ、囚われ身となった子供に何年もの月日が流れた。

パシ!空気を引き裂く音が鳴った。

「モウ、ココマデニシタラドウデスカ。背中ノ皮膚ハ剥ガレ肉ガムキ出シニナッテイマス」

モハンマッドはアフマドに請う様に訴えた。


宴会場のような広い部屋には数十人の男女が酒を飲み交わし饗に入っていた。広間の中央は少し床がせりあがり、その上に成長した白皮病の若者が立っていた。いや立っているというより手首に嵌められた金輪でかろうじて立たされているというような状態であった。

金輪から伸びる鎖は天井に突き刺さった吊り輪の枠を通り床の鈎状の金具に固定されていた。

白い絨毯は斑に赤茶色の染みが広がっている。若者の背中から滴り落ちる鮮血がその絨毯を染めていたのだ。


腹の突き出た、アラブ人独特の白い布を体にまとった中年風の男が鞭を振り上げようとした。

「待ッテクレ!タミル」

アフマドはその男を制した。

「ドウシタ、アフマド?」

突然声を掛けられたタミルは不機嫌になった。


「コレ以上打チ付ケタラ若者ハ死ンデシマウ、ココマデニシテクレナイカ」

アフマドはタミルに頼んだ。


黒い鞭には血が纏わり、固まった血糊が蛇の鱗のように皺をなしていた。

銀のカップに注がれた酒を飲み干しながら、タミルはふらついた体でアフマドに言った。

「アフマド!オ前ノ指図ナドハ受ケン。コノ白イ悪魔ノ肉ヲ剥ギ、骨ガ砕ケルマデ痛メツケテヤルノダ」

そう言ってタミルは大きく鞭をしならせ、血まみれになった若者の背中目がけて鞭を再度振り下ろそうとした。

その時、鞭が何かに引っ掛かったようにビクとも動かなくなった。

タミルは振り上げた鞭を目で追い後を振り向いた。

鞭の先を手で握っている者がいた

アフマドの召使、大男のモハンマッドだ。

「奴隷ノ分際デ、ワシニ楯ヲ吐クノカ。コノニグロガ!」

タミルはモハンマッドを罵った。

モハンマッドはユックリとタミルに近づいた。


目元だけを残して布で覆った顔をタミルに見せながらモハンマッドは言った。

「ココデハ、アフマド様ガ、アッラーノ次ニオ偉イお方ナノダ。誰モ背クコトワデキナイ」

タミルは布の隙間から見えるモハンマッドの顔の一部を見て顔を引きつらせた。

この男の顔などまともに見たこともないタミルは、今初めてその顔を真直に見た。

モハンマッドの顔は右と左では明らかに釣り合いが取れていない。左は正常だが右は寄せ集めのモザイクのような作りであった。

それは、右の顔面だけが発育不全を起こしている様相だ。

右目は左目に比べ眼球の成育が遅れたのかきわめて小さな瞳だった。また眼窩は歪な空洞をつくり、そして顔面を成す周りの骨格は波を打つように変形して見える。

右下半分の布で隠された顔がどのようなものなのか想像するだけでタミルの酔いは醒めた。


「分カッタ。ヨク分カッタ。モハンマッド、オ前ノ言ウトリダ」

タミルは右手に掴んでいた鞭を離した。


「サア、皆サン。隣ノ広間デハ嗜好ヲ凝ラシタ、催シガ控エテイマス。サア、移動シテクダサイ。サア、サア」

アフマドは手を叩きながら女性の召使いを呼んで客人たちを隣部屋に案内させた。


「モハンマッド、イツモノヨウニ若者ノ傷ノ手当テヲシテ檻ノ中ニ入レテオケ」



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