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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
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博史の最後

 三十代前半の若い医師は神妙な顔で言った。

 「あともって、今日、明日であろうかとおもいます」

 桜井翔太は医師のその言葉を頭の中で復唱した。

 心の動揺が激しく、その言葉を受け止めることができなかった。

 ユックリ頭で復唱しながら、その言葉の意味を理解した。

 医師は軽く一礼しその病室を去った。

 部屋には単調な機械音だけが繰り返し聞こえる。

 人工呼吸器の機械音だ。

 翔太はベッドに横たわる弟に近寄った。

 人工呼吸器の管は口から直接気管まで挿入され機械的に肺に酸素を送っている。

 既に自発呼吸はできなくなっていた。


 『今日、明日の命なんだね』

 博史は俺の眼を通して自分の体を眺めながら他人事のように言った。

 「博史、お前の体はいよいよ寿命が尽き消滅する。もし魂が不滅なら俺の体を借りて

 生き続ければいい。俺が死んだ後は他の人間を捜してその体に潜り込めばいい。お前は生き続けろ」


 『兄さん、人の体を借りて永遠にこの世をさまようなんて、想像しただけで気が滅入るよ。前にも言ったように僕はもう決めている。

 あの体と一緒にこの世を去る。この地球上で、今まで数え切れないほどの生命が普通に生まれそして当たり前のように消滅していく、それがこの地球上で繰り返されている。なのに僕だけが消滅せず永遠に生きるなんて、そんな化け物のような生き方は御免だよ』


 「…俺に遠慮しているんだったらその必要はないぞ。お前がいなくなったら俺をフォローしてくれる人間がいなくなる。できれば俺が死ぬまで俺の面倒を見てほしい」


 『冗談じゃない、それだけは勘弁だよ。あとは順子さんが兄さんの面倒を見てくれるさ。

 順子さんもそれを望んでいる。まったくうらやましい限りだ。でも、兄さんが順子さんと一緒になれば僕の思いは半分かなったも同然だ。

 なにせ僕達は一卵性双生児だからね。兄さん達が幸せになることは僕自身が幸せになることだから」


 「本当にそう思っているのか?」


 『ああ、もちろん。子供の頃からズッとそう思っていた。僕が病魔に襲われた時、兄さんの事が心配だった。同じ遺伝子を持っているんだからね。兄さんが僕と同じ病魔に襲われたらどうしようかと心配だった。

 でも幸い、兄さんは健康優良児。心配するだけ取り越し苦労だった。

 いいかい、兄さん。二人の内一人が不幸を背負えばいいんだ。だから、兄さんには僕の分まで生き延びて、僕の思いを遂げる義務があるんだ』


 「俺の義務?」


 『言い方を帰れば僕の願いさ。希望だよ』


 「先の事など分らない。だから博史、お前の希望を叶えられるかどうかは約束できない」


 『僕が心配しているのはたった一つだ。ジョーカーのことだ。

 兄さん、ジョーカーとはもう関わらないでほしい。二度と会わないでくれ。

 ジョーカーの悲惨な生い立ちは仕方のない事だ。僕の病魔と同じように変えることができない宿命だったんだ。どうすることもできない。この世の中が闇の組織に牛耳られていると言っていたが、僕達にはその闇は見えていない。

 見えないものを無理して見る必要はない。彼は世直しのつもりらしいが僕に言わせれば、単に復讐の延長に過ぎない。

 自分の不幸な過去の恨み辛みを晴らそうとしているだけだ。

 ジョーカーは僕以上の超能力を持っている。彼ならその世直しができるだろう。

 ただし、地獄のような殺し合いがはじまる。兄さんはその中に巻き込まれてはだめだ』


 「博史、心配をするな。俺は二度とジョーカーとは会わない。安心しろ」


 『だといいけど。これこそ、先の事など分らない。兄さん、もし万が一兄さんがジョーカーの言葉に従う事になったら順子さんを巻き込まないでくれ』


 「分かっている」


 『心残りだ。兄さんは変なところで正義感を発揮するからな」


 「そんなに心配なら俺の心の中に居座って見守ってくれ」



 『いいや、それだけは断る』


 突然、心電図の機器に異常音が鳴り始めた。

 横たわる博史の体に何か変化が起きたのだ。

 心電図のモニターの数値に赤い点滅が現れている。

 血圧が急に下がり始めたのだ。


 俺は慌ててナースコールのボタンを押した。



 『兄さんそろそろ僕の体は限界に来ているようだ。僕は戻るよ。』


「…ほんとにいくのか」


『ああ、じゃあ、幸せにネ』


それが俺が博史と交わした最後の言葉だった。

博史は横たわる自分自身の体に入り込んだ。今まで閉じていた目が急に開いて俺の方に視線を送った。

その目は全てを受け入れたかのように優しく笑っていた。

その日の夜、博史は望みどおり普通の人間としてこの世を去った。


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