二人のジョーカー
スタンドの光より、窓を覆っている銀色のカーテンに映る太陽光の方が強くなってきた。
しかし、その光は男が腰掛けている場所までは届くことはなかった。
男は被っていた黒いキャップをユックリ外した。
その下から銀色に輝く髪の毛が現れた。
銀髪の男は、耳にあてた携帯の相手に尋ねた。
「その男はお前と同じ能力を持っているのか?」
『いや、能力を持っているのは弟の方だ。その弟は脳腫瘍で生死をさまよっている』
「兄弟、お前はなぜその能力のない男にそれほど執着している」
『彼に能力がないわけじゃない。ただその能力を使い慣れていない。そして彼自身、その能力を過小評価している。
彼が僕達と同じ怒りや憎しみの感情を持てばその能力は増幅し強力な武器になるはずだ』
「なるほど、そいつがお前の後を継げばお前の夢が叶う確率が高くなるわけだ。ところで、一体そいつはどんな奴だ」
『兄さんとよく似た男だよ。』
「俺とよく似ているのか…。一度会ってみたい」
『会えばきっと話が合うさ…』
携帯の向こうの相手が数秒押し黙った。
『兄さん…すまない』
「何がだ?」
『兄さんを巻き込んで申しわけないと思っている。僕の勝手な理想のために』
「今更何を言っている、サイは投げられたんだ。もう後には引けないだろう。それに、俺はうれしいんだ」
『うれしい?どういうこと』
「殺人鬼のこの俺がお前のおかげで曲がりなりにも正義の使者になれたんだ。
今、俺は、お前と同じようにジョーカーとして生きている」
『本当にそう思っているのかい…』
「もちろんだとも。俺の心の内を読んでみろ」
『兄さんの心の中は読めない。まるで鉛で覆われているかのように、僕の力でも見通せない』
「そうだった、俺には既に心はなかったんだ。悪魔に売り渡した。あの時の地獄の日々を忘れるために」
『兄さん』
「冗談だよ、俺にだって心はあるさ。ただ、怒り、と憎しみで覆われて見えないだけだ。多分お前もそうだろう」
男はそう言いながら黒い革ジャンの内ポケットから銀色に光る銃を取り出し、テーブルの上に置いた。
「ところで兄弟。俺達の本来の敵をそろそろ始末しようと思っている。
長年探し求めていたあいつをユックリ、いたぶって止めをさすつもりだ」
『うん、奴は兄さんに任せるよ。奴の最後を兄さんの目を通してユックリ見物させてもらう』
「ああ、楽しみにしてくれ。ところでもう一人の敵、あの人はお前に任せる。お前の好きなようにすればいい」
『わかった。あの人は僕が始末する』
「じゃあ兄弟、今日はここまでだ。それと、これからは、俺に話しかける時は俺の頭に直接話しかけろ。
いちいち携帯をかけるよりお前の能力を使ったらどうだ」
『兄さん、よほどのことがない限り携帯を使うよ。なぜなら、兄さんの声をじかに聞きたいんだ。お互いにいつ会えるかわからないから』
「俺とお前は瓜二つの双生児だ。鏡に映るお前が俺なのだ。会ったとしても代わり映えはしない」
『兄さん、そういう事を言ってるんじゃない』
「そうだな、確かに。いつの日かお前と向かい合いながらユックリ、食事をしたいものだ」
隣の部屋から声が聞こえた。
このマンションの壁は厚く、隣の物音や話し声は極力聞こえないように造られている。それが聞こえるという事は叫びにも似た大声なのだろう。
『兄さん、また始まったみたいだね』
「見えるか?」
『ああ、大の男が小学生の女子を殴りつけている。今、まさに虐待が始まっているんだ。子供を裸にして鞭で叩いている。背中を集中的に
打ち付けている。皮膚は破れ、血が滲み、子供は泣き叫ぶ気力も失せている』
「ここのところ、ほとんど毎日だ」
つい先日、男は女の子に声を掛けられた。
「おじさん、顔にチョークがつているよ」
振り返れば小学生の女の子が男を見つめていた。
「チョーク?」
男は駐車場の車のサイドミラーに自分の顔を映し出した。
確かに右頬に一センチ幅で白い筋のような跡がある。
男は思った。
顔に塗った強力なUVカットクリームが剥げたのだろう。
乳白色の自分の白い肌を隠すため少し色目の濃いクリームを使い露出している皮膚に塗ってある。
多分、フルフェイスのヘルメットを取る時にそこを擦り取ったのかもしれない。
子供は剥げて見える白い肌の一部をチョークを顔につけたのだと勘違いしたのだ。
男は空を見上げた。
幸い、今日は曇り空だ。
この天気なら紫外線の量も知れている、そう思いながら男は子供に目を向けた。
「教えてくれてありがとう」
「おじさんは先生なの?」
チョークイコール教師か。単純な発想だが子供にしては的確な推理だ。
男は子供に話を合わせた。
「ああ、そうだよ。君はどこの小学校の子かな?」
「上山小学校。四年生の奥井レミっていうの」
「レミか、いい名前だな」
そう言えば、隣の三0四号室が奥井という苗字だった。
「おじさんは山田という苗字でしょ」
「ああ、そうだ。何故知っている?」
「私隣に住んでいるの」
「やっぱりそうか」
二人は同じマンションに入り、そしてエレベーターに乗った。
子供は男のズボンのすそを握り締めた。
その手が少し震えているのを男は感じていた。
男は無言で点滅する数字を見つめた。
数字は十四で止まった。
二人はエレベーターを出てそれぞれ自分達の部屋のドアに向かった。
男は子供を見た。
子供はドアの前で小さく震えていた。
男はその様子を思い出し携帯の相手に言った。
「兄弟、世界中でこんな理不尽なことが数え切れないぐらい起きている」




