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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
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樋口の最後

倉庫が連立する埠頭の路地を黒いベンツが走り抜けて行く。

港から離れた少し広い空き地に車は止まった。周りには古びた木造の倉庫が立ち並んでいる。

地面のコンクリートはひび割れ、その隙間から雑草が野放図に枯れたまま茂っている。

車から降りた男が空を見上げコートの襟を立てた。

冬の空は夕焼けに染まり辺りの景色は赤くにじんでいた。

近辺に人影は見当たらない。

男はコートの中から銃を取り出し安全装置を外し、再びコートの下に忍ばせた。

男が向かったのは今にも朽ちそうな古ぼけた倉庫だ。


 男はユックリと倉庫の引き戸を開けた。

 倉庫の中はガランとしていた。かび臭い空間が薄暗く広がっている。

 その中央に椅子が一つ。天井の梁から真っ直ぐに一本のロープが吊るされていた。

 先はループになって揺れている。

 男は覚悟を決め、コートの中に隠し入れたハンドガンを確かめるように右手で掴んだ。


「いやあ、樋口君。ご足労かけた」大声で語りかけたのは、白いコートを羽織った金縁のメガネの男だった。


「感心なことに部下を連れずに独りで来てくれたか。君の我々の組織に対する忠誠さには全く頭が下がるよ、樋口君」


「水木さん、今日は何のようですか。こんな廃墟のような場所に呼び出し、しかも目の前に椅子。ご丁寧に首吊りのロープまで垂れている。

一体、誰を吊るすんですか?」

樋口は右手に隠し持ったハンドガンを握り締めた。


「樋口君、君の部下の一人がへまをした。組の車を使って仕事したらしい。その車で足がつきお前さんの名前が捜査上に浮かび上がった。

いずれ君は警察に連れていかれ尋問されるだろう」

水木と呼ばれた黒コートの男は薄い唇を引きつるようにして樋口を睨んだ。


「要するに、俺が首を吊った事にして全て闇に葬るつもりか?」


「樋口、少しは頭が回るようになったな。我々と付き合うようになって大分賢くなったじゃないか。だがな樋口、お前の推測は少し違う。

我々は何も手を下さない。お前が進んであのロープに首を括るんだ」


樋口はハンドガンを取り出し黒コートの水木にその銃口を向けた。


「樋口!協定違反だぞ。我々と会うときは武器の持参は厳禁だという約束を忘れたのか?」


「やかましい!俺達を、犬のようにこき使いボロキレのように使い捨てていく。何なんだお前達は!黙ってりゃいい気になりゃがって

気に食わなければ虫けらのように殺しつくす。冗談じゃない!もうこれ以上お前達のいいようにはならない。

この俺が首を括って自殺だと。冗談じゃない。死ぬのはお前だ!」


「虫けらのように殺す?樋口、我々は、お前達やくざを虫けらだと思った事は一度もない。おまえ達は虫けら以下だ」

水木の唇は歪んだように引き攣った。


「ほざけ!地獄に送ってやる」

樋口は引き金に指をかけた。


「樋口、私を殺したらお前の愛する人間達が全てこの世から消えていくぞ。お前の母親、お前の長男、お前の孫、お前の愛人

全てこの世から消えていく」


「水木、いつものお前のやり口は承知のうえだ。ただ、今回は俺の部下が俺の愛するものたちをガードしている。

残念だな」


「樋口。我々の組織の恐ろしさを知らないようだな。今すぐそのガードしている男達に連絡するといい。連絡が取れればそのガードマン達は

まだ生きているわけだ」


樋口は慌てて携帯を取り出し母親をガードしている部下に電話した。

呼び出し音が鳴り響くが相手は出ない。

何度も呼び出すが出る気配はない。

他の者をガードしている部下にも連絡したが同じように返事はない。

樋口の携帯を持つ手が震えた。


樋口の青ざめた顔を見て水木は始めて笑みを浮かべた。

「結局誰も応答なしか。我々の組織が全て始末したようだ」


樋口は気を取り直し、改めて銃口を水木の方に向けた。

「命が惜しければ直ぐ、直ぐに手を引くんだ。俺の家族から手を引け!」


「もちろん手を引くさ。樋口、お前がそのロープで首を括ればもう二度とお前の家族を狙うことはない。

ところで、今お前の家族はどうなっているか教えてやろう。

例えば、お前の母親は手を後ろに縛られ口はテープで塞がれ頭には二十二口径の銃が突きつけられている」

水木は左手首に巻いた腕時計を覗いた。

「五時ジャストに銃口から弾丸が発射される。あと十五分。お前の愛する全ての家族はあと十五分の命だ。

ただし、お前が私の命令を聞けば私が携帯電話で直ちに殺害を中止させる。どうする…孫の無残な死に顔を見たくないだろう」


「直ぐ、中止させろ!でないとお前を殺す」


「樋口、撃てるものなら撃てばいい」


樋口のトリガーに掛かる人差し指が小刻みに震え始めた。

「頼むから、もう止めてくれ…お願いだ」

樋口の握る銃は震えていた。


「あと、十分だ。樋口!早く自分の始末をしろ。でなければ手遅れになるぞ」


「俺が首を括ったら必ず家族から手を引くか」


「ああ、約束は必ず守る」


樋口は銃を床に落とした。首を垂れ夢遊病者のように椅子に向かった。


「そうだ樋口。その椅子の上に乗り、ロープの輪に首をいれろ」


樋口は下唇をかみ締め天井を仰ぎロープの輪に首を掛けた。


「よくやった。後はその椅子を自分で外すんだ。それで全ては終わる。早くしろ、時間が過ぎていくぞ」


樋口は椅子を倒した。ロープは同時に樋口の体重でピンと張った。


「樋口!よくやった。しかし残念だ。私の時計は十分遅れていた。もう既にお前の家族は天国に行っている。…、だが、安心しろ。お前も、あと、もう少しで、…会えるさ」


樋口は体を激しく揺らし、必死に首に巻きついたロープを解こうとロープの間に指を入れようとした。


「樋口、悪あがきはよせ。あきらめるんだ」


水木は上目遣いで目を細め、樋口の足が徐々に痙攣するのを眺め呟いた。

「樋口、よく考えればお前は地獄行きだ。天国にいる家族には会う事はないわけだ。もちろんあの世に天国と地獄があればの話だが…」


水木は樋口の体が静かになったのを確認しその場を後にした。


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