連続殺人
目覚まし時計を見れば、まだ五時だった。
窓の外は暗い。
疋田はベッドから起き、リモコンのボタンを押しテレビをつけた。
朝のニュースが始まっていた。
疋田はいつものように洗面所に行き歯を磨き、顔を洗った。
冷たい水が体の芯を引き締めた。
顔を拭いた後、疋田は洗面台の横に置いてあるプラスチックケースの蓋を開けた。
そこには白い液に浸した半円形の物体が浮いていた。
それを指で摘み、取り出した。
中学時代の暴行事件で疋田は一週間、意識不明の重体になり、生死の淵をさまよった。
助かった時は医者から奇跡だと言われた。
ただし、
五体満足で助かったわけではなかった。
左目の眼球が破裂し、感染を起こしていた。
破傷風菌が入り込み、結局眼球を摘出することになった。
疋田は濡れた義眼を左の眼窩に嵌めた。
鏡に映った自分の顔を疋田は見た。
陰影で暗く奥まった左目は、右に比べ明らかに不自然だ。
疋田はそれをごまかすため度の入ってないメガネをかけた。
疋田は自分の顔を見つめながら呟いた。
「俺の夢は…、とりあえず、そこら辺のワルを叩き潰す事だ」
そう言いながら右手を握りしめ拳を作った。
疋田の両手にはチタンが埋め込まれている。
これも、暴行を受けた時、病院で受けた処置の一つだった。ただし、これが疋田にとって身を守る
最大の武器になった。
二か月の入院を終え、無事退院した後、疋田は近くの空手道場に通った。
二度といじめに遭わないために強くなりたかった。その一心で一日も休まず
道場に通い詰めた。
苛めた奴等は少年院送りにされたが、いずれは戻ってくる。
今度俺の前に現れた時は叩き潰してやる、という思いが、疋田の心と体をを
鍛え上げた。
疋田が高校二年になった頃、思い描いていたその時がやって来た。
既にその時、疋田は黒帯を巻く空手家になっていた。
夏休みの夕暮れ時、疋田の家の周りを二人の男がたむろしていた。
疋田にはすぐ分かった。中学の頃、俺を苛めぬいた四人の内の二人、長谷川と吉田だ。
疋田は気が付かない素振りで二人の前を通り過ぎた。
と、同時に疋田は二人を目踏みした。
長谷川と吉田の上背は一メートル八十ぐらいだ。長谷川の方は多少肉付きがよくなったようだが筋肉質ではなく
ただの贅肉だ。吉田は相変わらずの細身で、多少体を鍛えているらしいが俺の比じゃないと疋田は読んだ。
「おい、疋田」
案の定、長谷川が疋田を呼び止めた。
疋田は振り返り、わざとらしく驚いた素振りを見せ立ち止まった。
「久しぶりだな」
長谷川と吉田は疋田に近づいた。
疋田の上背はすでに一メーター九十を超えていた。
それを見上げる風に吉田はドスを効かせた声で疋田に言った。
「ちょっと、付き合えよ」
吉田と長谷川はあの公園の砂場に疋田を誘った。
二人は疋田にあの時の恐怖を思い起こさせようとしているらしい。
吉田は疋田の正面に立ち、斜に構え疋田の顔を見上げるようにして言った。
「疋田、俺達遊ぶ金が…」吉田が言い終えぬうちに疋田の鉄拳が突然、吉田のみぞおちを貫いた。
その一撃で吉田の体はくの字になって宙に浮き、前のめりで倒れる矢先に疋田の右足が横に伸びた。
疋田の踵が吉田の右顎にきれいに入った。
長谷川はその光景を呆然と立ち尽くし見ているだけだった。
疋田は長谷川に向かって言った。
「長谷川、喫茶店でも入ろうじゃないか。ここは暑くていけねえ。これからの事も
お互いにユックリと話し合わないとな」
長谷川は失禁し、ズボンはおびただしく濡れていた。
疋田はそんな無様な長谷川を見て思った。
俺は、こんな奴に怯えていたのか。
それ以後、二度と長谷川達は疋田の前に現れる事はなかった。
『ただいま入ったニュースです』
テレビのアナウンサーが慌てた様子で、原稿用紙を読み始めた。
『今日未明、大阪市…太平町の出雲福祉会館の従業員の一人が何者かにより射殺されたという情報が入りました。
…もう一件、同じく同日未明に愛知県名古屋市千種区…堀田順二さん二十八歳が銃で射殺されたとの事です。
また、同時刻、東京都港区富士川のマンションで二十歳代の男性が襲われ死亡…また、これも本日未明
神奈川県…』
次々に殺人事件のニュースを読み上げるアナウンサーの慌しい声を聞いた疋田は、ひげを剃る手を止めた。
疋田はテレビの画面を食い入るように見た。
アナウンサーは次から次に入ってくる全国で起きた殺人事件を引っ切り無しに読み上げていた。
「一体何が起きてるんだ」
疋田はアナウンサーが読み上げる殺人事件の多さに呆然とした。




