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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
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司令塔の夢

痩せた赤い三日月が闇の中に浮かんでいる。

見上げれば風もないのに、月光で影を成す黒い雲が千切れ飛んでいる。

ここは木々に囲まれた公園の一角。

今にも切れそうな電灯が一つ、公園の中央で狂ったように点滅していた。

静まり返った公園内でサンドバッグを叩くような鈍い音が聞こえる。

音の出所は電灯の明りが届かない砂場のようだ。

そこに数人の人影がうごめいている。

一人の少年が砂場の中で倒れている。

中学生ぐらいだろうか、同年代の少年達が倒れている一人を数人で囲み蹴りを入れている。

倒れている少年は頭をかばうように手を頭上で組み、体をくの字にし蹴られるまま、必死に耐えていた。

一体どれくらいの時間が経っているのだろうか。

横たわった少年の顔は、異様に腫れ上がり、口元から血が流れ,頭をかばう手は傷だらけだ。


暴力を振るう少年達は、笑っていた。

「俺、もう脚つっちゃいそうだよ」

頭を金髪に染めた少年が、ふざけながら喚いた。


その時、張り裂けるような声が公園内に響き渡った。

「止めろ!お前達何をしている」

一人の男がその現場に躍り出た。

しかし、少年等は聞こえない素振りで、執拗に倒れている少年の体を蹴り上げていた。

「いい加減にやめろ!」

男は怒鳴りながら、金髪の少年の肩を掴んだ。

男の背は二メートル近くあり、肩幅もある、がっしりした体格だ。

なのに、少年の動きをとめることができない。

男は必死に体ごと金髪少年を羽交い絞めにしようとしたが、それでも少年の動きをとめることができない。

「どうなってるんだ」

男は、戸惑った。

暴力を振るっている少年達は男に気づいていないようだ。

無視しているのではなく、そこに男は存在していないかのようだ。

男は呆然とした。

「どういうことだ?」

しかし目の前では暴行が続けられている。

何とかしなければ…。

そう思った男は思わず横たわる少年の上に覆いかぶさった。

少年の体を守ろうと自分が身代わりになろうとした。


取り囲む少年たちの暴力はエスカレートしていく。

少年達の薄汚れたスニーカーが男の体を蹴り続ける。

暴力を振るう少年たちの眼は陶酔したように虚ろに輝きはじめた。


少年と言っても身長は大人ほどあり、力も大人とそう変わらない。

しかし年齢は小学生とほとんど変わらない、だから始末に負えない。

加減や程度というものを知らない。


無抵抗で蹴り続けられる体は次第に痛みの感覚が麻痺していく。と、同時に気力と体力も失せていく。

そして

現実を逃避するかのように男の意識が朦朧となった。

男は思った。

これは夢なのだ。現実じゃない。

大人の俺が、しかも黒帯の空手家であるこの俺が中学生の不良達にヤラレル分けがない。

一つも抵抗できずにやられっ放しなんて理不尽だ。

男の心に怒りが芽生えた。

空手が一つの武器という事で、争いに使えばどんな状況であるにせよ正当防衛は成立しにくい。

裁判沙汰になれば確実に傷害罪でぶち込まれるか、執行猶予で目を付けられる。

だがこの場合は、正義の鉄拳だ。

暴力を辞めさせるには暴力で立ち向かうしかない。

男は目を開き、歯を食いしばって立ち上がった。

痛みを感じることなくスクッと立てた。

以外にもそれほどのダメージは受けていない。

体の激痛は、いつの間にか吹き飛んでいた。


男は周りを見た。

不良達がいない。

暴力を受けていた少年もいつの間にか消えていた。


「一体どうなってるんだ」

男は呆然と立ちすくんだ。


『暴力で立ち向かえば正義は逃げていく』

どこからともなく

声が聞こえた。

男は周りを見渡した。

「誰だ!」

直ぐ近くで聞こえるのに周りには誰もいない。


『声を出して周りに訴えるのだ。大声で叫べ。助けを求め大声を出すのだ。

そうすれば多くの人が君に手を差し伸べる』

再び声が聞こえる。


男は遠くに目を向け、もう一度辺りを見渡した。


点滅する電灯の下に人影が見える。

まさか、あの人物が俺に話しかけているのか?

男は、目を凝らし電灯の下にいる人物を注視した。

白髪でサングラスをかけている、外人だろうか、いやに顔色が白い。

もしあの人物だとしても十メートル以上離れているのに、目の前で話しかけられているように聞こえる。


『声を出して周りの人々、多くの人に話しかけるのだ。そうする事で君の正義は力を帯びる』


「あんたは、誰なんだ?」

男は電灯の下にいる人間に声を張り上げ尋ねた。


『無視されても、笑い者になっても訴え続ければ君の夢は実現できる』


男は瞬きして呟いた。

「俺の夢?俺に夢などない」


電灯の下にいる男がサングラスを外しはじめた。

『いいや、君はまだ気づいていないだけだ』

サングラスを外した片方の目から金色の光が放たれた。


男は思い出した。

「あんたはあの時の…」


『見るがいい、その砂場に倒れている子供を』


「えっ?」

振り返れば消えていたと思っていた少年が再び現れた。

全身が傷だらけで横たわっている。

膨れ上がった顔面を覗いて男は驚いた。

「そんな馬鹿な…」


『黙っているとそうなるのだ。声を出して叫ばなければ誰も振り向かない。黙ってれば正義は眠ったままだ』


思わず布団から上半身を起こした。

「夢か…」

そう呟き、疋田の顔は青ざめていた。

砂場で倒れていた少年の顔は見覚えのある顔だった。

いや、見覚えのある顔どころじゃない。中学生の時の疋田自身だった。

はっきり思い出した。

あれは自分だった。

中学生の時、疋田は同級生の数人からいじめを受けていた。

だんだんエスカレートし、恐喝まがいのこともされた。

あの公園の出来事は事件になった。

あの砂場で疋田は危篤状態になったのだ。発見が遅れていたら死んでいたかもしれない。

俺はあの時、耐えていた。苛められていた事を誰にも話さなかった。親に心配を掛けたくない。

既に壊れていたが壊れたなりのプライドが俺の口を封印した。

もちろん、話せばあいつ等はより酷い仕打ちをするだろう。それも恐かった。

結局、黙っていたのだ。

それをいいことに奴らの虐めはエスカレートした。

「黙っていれば正義は眠ったままか」

疋田はあの男の言葉を呟いた。


「あいつは一体誰だ」


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