デビッド
ジョーカーは俺をジッと見続けていた。
マジックミラーで遮られ、俺の立ち位置は分からないはずなのに
視線は完全に俺を捕らえていた。
「はじめまして、桜井翔太君」
ジョーカーは俺の名前を呼んだ。
「せっかく来てもらったのに、見苦しい茶番劇を見せてしまって申し訳ない」
俺は博史に尋ねた。
ジョーカーは俺が分かるのか?
『はっきり見えている。兄さんも、僕も』
お前も見えている?どういうことだ。
『彼はすべてを見通せる』
ジョーカーは、額に掛かった銀色に光る白髪をかきあげた。
ジョーカーの顔はあまりにも白いため光が作る陰によってのみしか顔の輪郭や表情を読み取れない。
「ところで、桜井君の後ろにもう一人君と瓜二つの人物が見えるが彼が博史君と言う
双子の弟だね」
ジョーカーは微かに笑みを浮かべた。
いや、それは笑みと言うよりも唇の僅かな歪みだったかもしれない。
博史の言うようにジョーカーは完璧に俺達が見えているようだ。
「君たちの事は全て知っている。ズッと前から君たちの存在を感じていた。
そしていつか君達と会えると思っていた。それが今ようやくその念願がかなった」
一体、この男は何が目的なのだ?
俺は心の中で自問した。
「目的は僕達の未来のことだ。いや、僕達だけじゃない。日本、世界の未来の為に
僕に手を貸してほしいのだ」
偶然だろうか。
ジョーカーは心に思った俺の疑問に即答した。
『兄さん、彼は僕以上の能力を持っている。人の心が読めるし、その心に語りかけることができる』
なるほど。じゃあ、話が早い。
俺はジョーカーへ俺の思いを投げつけた。
もちろん、心の中で。
「悪いが、あんたの未来に何の興味もない。もちろん日本や世界の未来にも。関心があるのは自分の未来だけだ」
「君をここに呼び出しこんな勝手な事を頼むなんて迷惑な話だという事は十分に承知している。
でも、それを承知で頼んでいる。
まず僕の話を聞いてほしい」
突然、俺の心に重苦しい、やりきれないような気だるさがのしかかってきた。
そして、追い打ちを掛けるように胸が裂けるような悲しみが全身を襲った。
『兄さん、今ジョーカーの秘密を知ったよ』
博史はジョーカーの心の中を読み取った様だ。
読み取った博史の心の変化が俺に伝播したらしい。
博史、一体奴の正体は何なのだ?
博史は答えなかった。
ジョーカーは身動き一つせず直立不動のまま、ユックリと俺に語りかけた。
「ほとんどの子供は祝福されてこの世に出てくる。でも、中にはそうでない子供もいる。
僕は生まれて直ぐ孤児院の前に捨てられていた。
つまり祝福されなかった内の一人だ。
僕の全身は見てのとおり真っ白だ。アルビノというメラニン色素のない遺伝性疾患を持っている
だから太陽の前に出ることはできない。
太陽に当たれば大やけどだ」
ジョーカーは淡々と自分の事を話していく。
「僕の体にはもう一つ厄介な問題がある。
皮膚に感覚がないという事だ。
だから暑さ寒さを感じることができない。
大怪我をしても痛みを感じない。
つまり、僕には生きるための基本的な防御機構が備わっていない。
そんな人間が何故この世に生まれたのだ?
何のために生きなければならない?
そう思わないか…桜井君。
僕は何のために生まれてきたのか?
無性に答えが知りたかった」
ジョーカーはユックリと踵を返し部屋の中央にある長椅子の方に向かった。
そしてユックリ、体を我々の方に向け腰を下ろした。
「なぜこの世に生まれてきたのか知りたかった。
生まれ出るのも、死んでいくのも目に見えないある力が働いていると僕は思っている。
その力に逆らう事はできない。その力を神に置き換えたとして
神は僕に何をさせようとしているのか。
こう見えても僕はクリスチャンでね。
孤児で拾ってくれた施設がカソリック系、
クリスチャンネームがデェイビッド、デビッドとは、イスラエルの王ダビデの事だ。
すまない、どうでもいいことだった。
要するに
神は僕に何をさせようとしているのか、僕は何をしなければいけないのかを考えた。
その前に
まず僕は一体誰かを知りたかった。
僕自身のルーツをあらゆる手を尽くして調べた。
随分、自分探しに金を使ったよ。
幸い僕の養父はこの日本では五本の指に入る投資家だった、受け継いだ遺産は
とてつもない額だった。
眼の飛び出るような相続税を払ったけどね」
ジョーカーは、真っ白な両手を合わせ何度も擦た後、その手のひらを覗きこんだ。
「ほら、手のひらが微かに赤みを帯びてきた」
ジョーカーは俺のほうに手の平を見せた。
遠目から見れば手の平は白いままだ。
「この時だけ自分にも赤い血が流れているんだと確信できる。子供の頃
自分の体があまりにも白いので確かめてみたんだ。
自分の体に赤い血が流れているのだろかとね。ナイフで手のひらを切った。痛みを感じないから
加減と言うものが分からない。深い傷跡が残った。
もちろん、真っ赤な血が止めどもなく流れ出たよ。流れ出る血を見て僕は小躍りした」
ジョーカーはうつむいたまま暫く自分の手の平を見て黙った。
「調べに調べてようやく僕の出生の秘密が分かった」
ジョーカーはそう言いながらユックリと顔を上げた。
俺の体に、突然、背中が凍りつくような恐怖が襲いかかった。




