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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
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赤い月

 ミスターXは手に持っていたカードを円卓の中央に投げつけた。

 色褪せ、古びたトランプの絵札が黒服の男達の前に現れた。

 全員がそのカードの絵柄を見た。

 カードはジョーカー。

描かれているピエロの赤い口紅は大きく笑みを浮かべているが、口元は真一文字。

そして目元は異様に吊り上り、上目遣いの視線。

明らかに怒りの表情だ。

その怒りは円卓の黒服の男達一人一人に向けられている。

「諸君、我々に立ちはだかる者は全て排除するのだ。一人残らず」

ミスターxは息を切らし叫んだ。


12月の半ばを過ぎたある日の夕暮れ。

薄暗い夜空に赤い三日月が笑い始めていた。


病室の弟、博史は相変わらずベッドに横たわっていた。


弟の体は日に日に衰弱していく。

最近では命を絶やさない事だけに体力を消耗しているようにも見える。

栄養剤と薬が混ざった黄色い液を体に注入され、体の中を廻ったその液は赤茶けた色に変わり尿道の管から、

垂れ落ちてくる。

人工呼吸器が単調な機械音を繰り返しながら弟の肺に酸素を送り込んでいく。

俺はそんな弟の側を一時も離れず見守っていた。

ちょうど、大学は冬休みに入った。

簡易ベッドが用意され、俺は弟と一緒に寝泊まりするようにした。

いつ最後の時が来てもおかしくない容態であると医者から言われ、俺も覚悟を決めたのだ。


そんな時に博史は俺の心に話しかけてきた。

『兄さん、四六時中僕のそばにいる必要はないよ』

「博史、苦しくないか?」

もし博史に痛みとか苦痛があればモルヒネを処方してもらおうと考えていた。

『大丈夫さ、こうして兄さんの体に入っている時は実に爽快さ。ただ、…』

「ただ、何だい?」

『そろそろ、僕の命が尽きるようだ。

その時は僕もあの体の中に入り燃え尽きるよ』

弟は俺の眼を通してベッドに横たわる自分を見ていた。


『見てみなよ。

僕の体は必死に命の灯を消さないように涙ぐましいぐらい、死と戦っている。

いとおしいぐらいだ。

僕はあの体を見捨てるわけにはいかない。

今の様に人の体を借りて永遠に魂だけが生きながらえるなんて僕には耐えられない』


俺は、そんな弟に何も言うことができなかった。

『兄さん、お願いがあるんだ』


「なんだい?」

『順子さんの事なんだけど』

「分っている。彼女とはいずれキッパリ言う。

俺達は、あまりにも長く彼女を引き留めてしまった。

これ以上彼女の貴重な時間を俺達の為に浪費させるわけにはいかない」

『兄さん、彼女と付き合ってくれ』

弟のその突然の言葉に俺の思考回路が停止した。

『彼女は兄さんに思いを寄せている』

「何を言っている」

『兄さんも、同じ思いだろう。自分を偽らないでくれ。

僕達兄弟は一卵性双生児だ。兄さんが順子さんを好きになるのは自然の成り行きだよ。

何も隠す必要はない』

「隠すも何も、こんな時に何を言ってるんだ」

『こんな時だから言うのさ。

彼女を幸せにしてくれ。彼女を幸せにできるのは

兄さんしかいない』

もう、俺は答えようがない。

『僕に遠慮することはない。最後の願いを聞いてくれ。

順子さんと兄さんが一緒になれば僕は思い残すことはない』


コツコツ

その時誰かがドアをノックした。

看護士なら声を掛けて直ぐ中に入るはずだ。

順子は実家の家に帰っていて、来れるはずはない。

誰が来たのだろうか。

『ベルマンだよ』

弟が俺に教えた。

「ベルマン?何のようだろうか」

『兄さん、少し用心したほうがいい。いつものベルマンと様子が違う』

「…」



赤い月は闇の空で笑い続けている。

午後8時。

都心の繁華街はクリスマスソングが流れ、街をゆく人々の足も浮かれ始めていた。

奥村隆は自宅に向かってタクシーを走らせていた。

「お客さん、クリスマスは何か予定があるんですか」

タクシーの運転手は奥村に尋ねた。

「クリスマス?」

急に話しかけられ奥村は不愉快な表情を浮かべた。

ただの運転手の分際で馴れ馴れしく話しかけられたことに少し腹がたったのだ。

「予定などないね。君達と違って仕事が忙しくてね」

「そうですか、官僚のお仕事というのは大変みたいですね。

特に、公安警察の官僚ともなると寝る間も惜しんで情報収集に奔走ですか?」

奥村は驚いた。

身も知らずのタクシーの運転手が自分の身分を言い当てたのだ。

奥村は助手席のダッシュボードに目を向けた。

ない、

普通なら運転手の身分証がダッシュボードの上の見やすい位置に付けてあるはずなのに。

この男は何者だ。

奥村はいやな予感に襲われた。。

「運転手君、ここでいいよ。降ろしてくれないか」

運転手は、奥村の言葉を無視し走り続けた。

「もういいと言ってるんだ。車を止めてくれ」

奥村は声を荒げながら言った。

突然、目の前に透明な遮蔽版が出てきて前の席と隔離された。

同時にドアをロックするような音が聞こえた。

奥村はその遮蔽版を思いっきり叩いた。

強化プラスチックのようだ。

「どういうつもりだ」

「いやね。ある人が奥村さんをちょっと早めのクリスマスパーティにご招待したいらしくてね

、お迎えにあがったんですよ。後もう少しです。それまでユックリ眠っててください」

遮断された奥村の座席の下からシューっというガスが漏れるような音がし始めた。


赤い三日月は夜空の真上に上がっていた。

午後10時半。

疋田正二は街外れのシャッター通りを歩いていた。自宅のマンションまであと、一キロの距離だ。

数メートル先に明るく光るボックスが見えてきた。

タバコ屋の前の自販機だ。

疋田は仕事帰りにそこでいつものマイルドセブンを二箱買うことにしている。

ポケットからカードを取り出し自販機の中に入れた。

最近は、タバコ専用のカードでないと自販機でタバコを買うことができない。

しかも、自販機にはカメラが内蔵されていて瞬時に客の顔を写し年齢を判別する仕組みになっている。

タバコを取り出した疋田は、封を開け一本を口にくわえた。

コートのポケットからライターを取り出そうとした時、急に目の前に火が灯った。

疋田は思わず体をのけぞらせ、そのライターの火を灯す人物の正体を見極めた。

フードで顔を隠したパーカーの男。

しかも、この薄暗い通りで黒のサングラスをしている。

「君は…」

疋田がその男に、誰かと尋ねようとした時、相手はサングラスをはずし始めた。

相手の眼が顕になった。

その顔を見て疋田の顔が引きつった。

瞳の色が尋常ではない。

片方が金色、もう一方が青色に輝いている。

「だ、誰なんだ?」

疋田のその言葉に反応するように金色の瞳が一層輝き始めた。

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