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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
27/102

地下警察

 聞いた風なセリフを吐くオールバックの男に坂口はイラついた。


 「お前達は何者だ」


 坂口はそう言い、右の壁に張り付いている金属製の扉を見つめた。

 ようやく何の扉か思い出した。

 昔、子供の頃に見たものと同じだ。

 二度と目を覚ますことのない祖父が入ったあの扉と同じもの。

扉から出た祖父は、熱を帯びた白い骨と灰に変わっていた。


 火葬場の釜の扉だ。何でここにこんな物が置いてあるんだ。


 「坂口さん。聞いているのは私の方だよ。質問に答えてくれないかね」


 「知らないものは答えようがない」


 サングラスの男は、坂口の右横に立っている黒いスーツの男に目配せした。

 スーツの男は何やら銀色の金属ケースを机に置いた。


 「坂口さん。あんたが喋らなければこれを使わなきゃならない」

 男は銀色のケースの蓋を開けた。中には注射器と、薬液の入ったカートリッジが数本納まっていた。


 「これは自白剤だ。これを使って自白しなかった者はいない。

ただ、使った者は副作用が残る…脳が破壊されていき痴呆症になっていく」


 そう言って、サングラスの男は坂口の反応を見た。


 坂口は自分の命はこの男達に握られていると感じていた。

 ここから、無事に生きて出ることはないだろう。であるなら、最後の最後までこの男達と楽しんでやろうと坂口は考えた。


 坂口の頭にある言葉が蘇った。

 『地下警察』

 坂口は、目の前のサングラスの男に話してみることにした。

 その地下警察の話を。


 「朝中日報の社会部に入りたての頃、ある人から面白い話を聞かされた」


 サングラスの男は坂口が世間話を切り出した事に苦笑し、ため息を吐いた。

 男は尋問のイロハから話をはじめるかと考え、胸ポケットから少し大きめの銀色のシガレットケースを取り出した。

 ケースの中には少し短めで細めの葉巻が五本並んでいる。


 一本を口に咥え、そして坂口にそのケースを差し出した。


 「一本どう?」


 「遠慮なくもらうよ」坂口は左手でその葉巻を摘み、葉巻の先端を歯で噛み切り、口に含んだその葉を机の上に勢いよく吹き飛ばした。


 サングラスの男は机の上にある坂口の唾の混じった葉巻の葉をティッシュで丁寧に拭きとり、目の前のクリスタルの灰皿に捨てた。


 それを見た坂口は言った。

 「意外に几帳面できれい好きな性格か」


 「性分でね。ところで、左利きなのかい?右手を動かさないようだが」


 「右手は…義手なんだ」


 「義手?そんな風には見えないが」男は葉巻にライターの火を付け、そして坂口にもライターの火をかざした。


 坂口は思いっ切り葉巻の煙を肺に送り、ゆっくり鼻と口から紫煙を吐き出した。


 「うまい。上等の葉巻だね」

 

 「ああ、一本数千円する葉巻だよ。キューバ産で無農薬、自然農法で栽培された上物さ。値が値だからね一日五本までにしている。もちろん健康のためでもあるが」


 「一本数千円ね。俺はせいぜい一本数十円の紙巻きたばこがいいとこさ」


 「これが唯一の私の楽しみでね。ところで、坂口さん、さっき言った面白い話ってなんだい?」男は坂口の顔を眺めながら葉巻を挟んだ手で口を覆い煙を燻らせた。


 「ああ、その話ね。この日本にはいまだに秘密警察と言うおぞましい過去の遺物が存在しているというのを聞いたのさ」


 サングラスの男は表情を変えず葉巻を吸い続けている。


 「話の発端は終戦直後、日本におびただしい量の麻薬が蔓延したことから始まる。戦争当時、軍が末端の戦闘員たちに死の恐怖を無くすために使用した薬だ。

終戦になってその大量の薬物が地下の闇組織に流れ、日本中に薬物汚染が始まった。

まだ、日本に合法的な警察組織ができていない時代の事だ。

そこで、GHQつまり連合国最高司令部が非公式の警察組織を作った。そこで集められたのは特別高等警察や、陸軍中野学校出身などの元諜報員達だ。

 彼らの働きは完璧だった。一年も経たずに地下組織に流れていた薬物は全て回収され、薬物を扱っていた不穏分子どもも一網打尽にした。

 その働きぶりにGHQは舌を巻いたぐらいだ。その非公式の警察組織は麻薬撲滅の為だけの任務だった。

 だから、すぐ組織は解体されるはずだった。

 ところがGHQの中の一部の人間が、その非公式の警察組織を私利私欲の為に使おうと考えた。ウソかホントか分らない宝探しの為にね。

 その一部のGHQの者は日本陸軍が国内外から搾取し隠したと言われる財宝を見つけるために、彼らを使ったんだ。

 ところが数か月経った後、突然その警察組織が消え去った。

 その前後にその財宝探しを指図したとされるGHQの軍人が首を吊って自殺。財宝が発見されたか、どうかは謎のままだ。

 GHQはこの事を表ざたにしなかった。秘密裡に行った部下の不祥事だからね。

 この事件が世間に知り渡れば上層部の責任問題に発展するのは目に見えている。この事件は地下に潜り込んだ警察と共に闇の中に消えていった。

…と、言うような話をある先輩記者から聞いたのさ。

 今となっては我々記者の間だけの都市伝説になっているがね」



 「面白い話だ。都市伝説としてはよくできた話だ」


 「まだ、この伝説は終わっちゃいない。まだ続いているんだ。

 こんな話もある。

 この日本を支配しているのは政治家でもなければ、官僚でもない。地下に潜り込んだこの警察もどきの亡霊たちが動かしているってね。

今も地下に息づき、時折忘れたころにさまよい現れ、自分たちの都合の悪い人間を抹殺していく」


 サングラスの男は興味なさそうな表情で頷きながら言った。

 「なるほど、まったく面白いおとぎ話だ」男は笑みを浮かべながら二本目の葉巻を口に咥えた。


 「政治家の不慮の事故や理由のない自殺。官僚の失踪、大手企業、財界人の謎の死…全てが亡霊もどきの警察の仕業だとしたら恐ろしい話じゃないか。地下警察諸君」


 坂口の最後の言葉で、男の葉巻の煙が一瞬止まった。が、気を直したように笑みを浮かべ言った。


 「坂口さん、おとぎ話はそこまでだ。そろそろ私の質問に答えてくれないか」


 坂口は口を瞑り目を閉じた。


 どうせ答えた後はあの焼き釜に焼かれるのは目に見えている。

 坂口はそう思った。答えなくてもいずれ焼かれる運命なのだ。だったら、こいつらに俺の疑問をぶつけてみよう。


 「答えてもいいが、その前に一つ教えてくれないか」


 「なんだい?」


 「なぜ、俺だと考えた?」


 黒メガネの男は意味深な笑みを浮かべた。

 「電話があったのさ。私の携帯にね。我々の仲間内しか知らない私の携帯に連絡が入ったのさ。坂口さん、あんたが公安室の情報局に忍び込み情報を盗んだという事をネ」


 坂口は右手の中指を触り始めた。

 

 サングラスの男は身を乗り出し坂口に詰め寄った。

 「我々が知りたいのは何故私の携帯番号を知っていたのかって事さ。

我々の仲間内にしか知らない私の携帯番号を知っているという事は我々組織の中にジョーカーの仲間が入り込んでいるという事だ」


 「ジョーカーの仲間?…なぜジョーカーの仲間がお前たちの組織の中に入り込んだと言えるのだ」


 「連絡してきたのはジョーカーだからさ」


 坂口の体は硬直した。

 ジョーカーが密告者?


 「坂口さん、そのジョーカーがあんたの住んでいる場所、帰宅時間など詳細に教えてくれたんだ。あんたをチクったのはジョーカーだ。ご丁寧に電話の向こうであんたの素性を教えてくれたんだよ」


 坂口はジッと自分の右手を見つめた。


 ふと、ジョーカーの言葉が蘇った。


 『約束は守ってくれないとね』


 坂口はフト我に返った。

 そういう事か…最後のミッションが下されたのだ。…、坂口は急に笑い始めた。

 気が狂ったように笑う坂口を見てサングラスの男は呆然とした。


 「大丈夫か?気でもふれたか」


 「いいや、至ってまともさ。こんなに笑える話はないよ。さあ、教えてやるよ。何が知りたいのだったかな」


 「何のために情報を盗んだ」


 サングラスの男は改めて坂口に尋ねた。


 「戦中、戦後の全ての犯罪、つまり国家や社会、個人に関するすべての法益に対する罪を網羅した情報が欲しかったのだ。特に世間に出なかった物をネ。そこには地下警察の表に出ない事件も記録されているという事だが、…ホントかね」坂口は逆に目の前の男に尋ねた。


「おとぎ話の情報が目的か?」


「さあ、知らんね。俺は頼まれただけでね」


 「誰にその情報を渡したのだ」


 「ジョーカーだ」


 「ジョーカーというのは何者だ」


 「ジョーカーは、俺にとっては救世主、イエスキリストの生まれ変わりさ」


 「イエスキリスト?なるほど、お前達はオカルト教団の類か」


 「なんとでも言えばいいさ。お前たち地下警察の殺人集団よりもまともだぜ」


 「あんたの尊敬するそのイエスが密告の張本人さ。あんたは裏切られたんだよ。さあ、もうそいつをかばう必要はない。そのイエスの居場所を教えてくれないか」


 男は坂口を説得した。


 坂口は、右手の中指をユックリ回し始めながら言った。

 少しづつ坂口の眼が金色に変化していく。


 「ジョーカーと言う男の体は真っ白でね。髪の毛も白い。なぜなら先天的に色素がないのだ。アルビノと呼ばれる遺伝子疾患の男だ。紫外線に弱い。出歩くのは太陽が沈んでから。しかもジョーカーの体には感覚がない。痛みや、暑さ、寒さを感じない体なのだ。

 それが彼を不死身にしている。その特徴的な体には不思議な力が宿っている。金色の眼と青色の眼。彼の金色の眼は人の心を動かし、惑わす。そして、透き通るような青い眼は恐ろしい破壊力を持っているという。俺は見たことはないがね。ジョーカーはこの世を変える真の実行者だ」


 坂口は右手の中指を外した。


 「何をやってるんだ?」坂口が外した右手の中指を見てサングラスの男は言った。


 「今外したこの指は時限装置をオンにするスィッチなんだ」


 「何を言ってる?」


 「この義手は極めて破壊性の強い爆弾なんだ。あと十五秒でここら辺一帯は跡形もなく吹っ飛ぶ。はたして、皆、逃げられるかな」


 サングラスの男達はそれを聞くや否や、ドアに飛びついた。


 「あと、十秒だ。九、八、七…」


 各部屋から廊下に飛び出た男達は数十人に昇った。地上に出ようとエレベータに向かった。


 「三、二…」坂口が最後に見たのは眩いほどの、一瞬の閃光だった。


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