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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
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メモリースティック

「坂口君、ご苦労さん。もう帰っていいよ」

椅子の男は口元に笑みを浮かべながら言った。

「はい」

坂口は踵を返したが、ドアの前で急に立ち止まり振り返った。

「どうしました?」

椅子の男は怪訝な顔で坂口を見つめた。

「あの、質問してもいいですか」

「質問?なんですか」

椅子に座った男の眼が心なしか急に輝きを増し始めた。特に強く輝いたのは左の金色の瞳だ。

「私のような人間は一体どのくらいいるのでしょうか…つまり、あなたを信望する人間は」

坂口は恐縮そうな顔で尋ねた。

「坂口君、申し訳ないが数えたことはない。だから数は分からない。

ただ確実に同士が増えているのは確かだよ。

でもね、数多くいる仲間達の中で君の働きは群を抜いている。君には本当に感謝しているよ」

「いいえ、あなたの下で仕事ができて光栄に思っています」

そう言いながら坂口の眼は椅子の男のように金色に輝き始めた。

「坂口君、もう遅い。早く帰りたまえ」

その言葉で坂口は我に返ったように一礼してドアを出た。

早足で歩く坂口の顔は高揚したように満足げな表情になっていた。

ただ、金色に輝いていた瞳は元の暗い黒褐色に戻っていた。



屋敷を出た坂口は待たせてあったタクシーに飛び乗った。

降り積もった雪道をユックリとタイヤで押し固めながらタクシーは発進した。

二階の窓際に立つ男はその様子を見守りながら、呟いた。

「さようなら、坂口君」


黒いウルトラブックがテーブルの隅に置いてある。

男は赤いジャケットの内ポケットからサングラスを取り出し、ゆっくりと

慎重に掛けた。

蝋燭の頼りない灯りだが、その光でも男の手は不気味なほど透き通るように白く見えるのが分かる。

それに髪の毛も脱色したような白さだ。

黒いサングラスをかけた男は、蝋燭の火を吹き消し、パソコンの電源を入れた。モニターの明かりが男の上半身をクッキリと照らした。

赤いジャケットの下は薄手の黒のシャツ一枚だ。

どう見ても夏の装いにしかみえない。

男の吐く息は白い。

暖房のない広い部屋の気温は雪が舞い落ちる窓の外とたいして違いないはずだ。

なのに、この男は身震いもせず平然とした表情でモニターを眺め、坂口から受け取ったメモリースティックをパソコンに嵌めた。

モニターに映ったのは一人、一人の顔写真と名前、生年月日、そして過去の犯罪、そして被害の状況が事細かに記された情報だった。

それが次から次へとモニターの中でスクロールし始めた。

目まぐるしく流れるその情報を一つ、一つ男は確認しているようだ。

突然、ある場所でその流れを止めた。

画面に並んだ顔写真。

その中央辺りに女性の顔写真がある。

名前、生年月日そしてある事件の被害届が書かれてある。事件発生の日時、場所。そして事件の種類。 

『強姦』。

その詳細な経緯が記されていた。

被害者の証言の言葉が事細かに時間経過毎に書かれてある。強姦された様子が目に見えるようだ。

それを読んでいる男の吐く白い息が震えるように揺れ始めた。

男は食い入る様にさらにそれをつぶさに眺めていく。

被疑者の名前と年齢、住所、経歴が出てきた。そして親の名前、学歴、職業等。

驚いたことに被疑者の数は数十人に及んでいる。

輪姦されたのだ

男の白い息が一瞬止った。

モニターには立件不成立という文字が出てきた。

男は疲れたように椅子の背もたれに体を預け、光の届かない暗い天井を見つめた。



坂口が自分のアパートに着いたのは翌朝の一時過ぎだった。

タクシーの中で、コートに忍ばせているウィスキーの携帯ボトル全て飲み干しホロ酔い気分だった。

自分の部屋のカギを差し込もうとした時、背後から肩を叩かれた。

「坂口さんでいらっしゃいますか。朝中日報の坂口正太さん…ですよね」

そう声を掛けたのは二人の背の高い男達だった。

二人とも、カシミヤの黒いコートを着こんでいて、身形もしっかりしている。

名前を聞くような素振りで、半ば断定して話しかけるのは

官憲たちのいつもの決まり文句だ。

坂口は二人の鋭い眼つきですぐ分かった。

日本の警察も捨てたもんじゃねえって言う事か…そう思いながら坂口は答えた。

「だとしたら、わたしをどうするんですか?」

酔いが坂口の気を大きくした。

「坂口さん、悪いがこうするのさ」

二人の男達は突然坂口を襲った。


藤田達、捜査班はついにジョーカーと名付けた事件記者を割り出した。

朝中日報の坂口正太という三十前後の事件記者。

ところが、その坂口は数日前から突然姿を消したという情報が入ったのだった。


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