洋館
藤田の頭にいつも小骨のように引っ掛かっていたある事柄が頭の中に噴出していた。
「はい、下田です」
携帯が通じた。
藤田は慌てて下田に告げた。
「ジョーカーを捜せ」
「はあ?もちろん分かってますよ。ちゃんと捜査してます」
「違う!最初に新聞に犯人をジョーカーと載せた新聞社を捜すんだ」
「あの、よく分からないんですが」
「いいか、ジョーカーと名付けた記者を捜すんだ」
「どういう事ですか」
「よく考えてみろ。
殺人現場にカードのジョーカーがあるという事を知り得た人間は俺達、捜査員
だけだ。
しかも、カードの事を詳細にブンヤに発表したのは、ずいぶん後のことだ。
その前に、新聞にジョーカーと犯人を名指しした奴がいるんだ」
「多分情報が漏れたんでしょう」
「漏れるわけがない。当時、あのカードの存在を知っていたのは捜査主任と俺とお前だけだ」
「それとも、お前が洩らしたのか?」
「とんでもないですよ」
「とにかく、ジョーカーと名付けた新聞記者を捜せ。事件のカギはその男が握っているはずだ」
「分かりました」
藤田は携帯を握りしめながら呟いた。
「殺人鬼め、ヒーロー気取りでいられるのも今のうちだ」
数時間前から降り出した雨は雪へと変わった。
路面は滑りやすくなり、道路を走る車はスピードを落としはじめた。
タクシーが市街の雪道をユックリ走っていく。
「そこを左に曲がった所で止めて」男は運転手に告げた。
タクシーは止まった。
「あいにくの雪ですね。外は零下二度です。足元に気を付けて」
運転手は後部座席のドアを開けた。
「お釣りはいいよ」
男はそう言いながら、一万円札を運転手に渡した。
「あ、どうもすみません」
「運ちゃん、もしよかったらちょっとここで待っててくれないか。
あの家の用事が終わったらすぐ戻るから」
運転手は、男が指差した方に目を向けた。
そこには洋館のような豪邸が聳え立っている。
が、明かりが灯っていない。人が住んでいる気配がしない。
運転手はその洋館を眺めながら言った。
「いいですよ、この雪じゃあお客さんも帰りが大変でしょう。ここで待っていますよ」
「ありがとう」
男は、コートの襟を立て足早にその洋館に向かった。
鉄扉の門が自動的に開き始めた。
まるで、男が来るのを待ちかねたようにその扉は開いたのだった。
運転手は洋館の暗い窓に目を移した。
窓から誰かがこちらを窺がっている気配を感じたのだ。
運転手は身震いした。
「薄気味悪い館だ」
玄関の重厚なドアが自動的に開いた。
男は一歩足を踏み入れた。
館の中は土足で入れる洋式の造りだ。
中は冷たくそして暗い。
小さな足元を照らす照明が壁際に数個点いているだけだ。
ぼんやりと目の前に階段が見える。
開け放たれたドアが自動的に閉まった。
ドアが閉まるけたたましい音に怯むことなく、男は目の前の階段を上がった。
階段を上がりきると、広い廊下がまっすぐ続いている。
ここも薄暗く、床近くの壁に小さな明かりがところどころ灯っているだけだ。
両側には部屋がいくつも連なっている。
男はまっすぐその廊下を突き進んだ。
一際大きい観音開きのドアが男の目の前に現れた。
ドアノブに手を触れようとした時、またも突然そのドアが開き始めた。
広い部屋の中央に男が椅子に座っていた。
背の低いテーブルの上に一本の蝋燭が炎を揺らしている。
蝋燭の明かりに浮かぶ男の顔は不気味だった。
蝋燭の光が、男の顔に影を作り、その影は波を打つように揺れている。
男の目鼻はハッキリしていた。目は二重で大きな瞳が輝いている。
ただ、その瞳は片方がゴールド、もう片方はブルーだ。
しかも、顔は白粉を塗ったような白さ。
「少し約束の時間より遅れたね、坂口君」
「すみません。途中雪が降り遅れました」
坂口と呼ばれた男は畏まった顔で答えた。
「そうだね。今日は寒いらしい。僕には感じないが」
「はい…いや、今日は冷えます」
椅子に座った男は口元を歪め笑みを浮かべた。
「ところで、僕が頼んだもの持って来てくれましたか」
「はい」
坂口はコートのポケットから小さなスティックを取り出しテーブルの上に置いた。
「そのUSBメモリーに全て入れてあります」
「ああ、ありがとう。直ぐに拝見するよ」
「これで、ついに目的を果たすわけですね」
「目的?坂口君、何のことだい」
「つまり、この国の…」
椅子の男は坂口の言葉を遮るように尋ねた。
「坂口君、警察はどこまで調べ上げているだろうね。僕たちの事を」
「大丈夫です。きっと迷宮入りで終わるでしょう。あの無能な
警察共に分かるわけがないです」
「もし、君が重要参考人として警察に捕らえられたら、坂口君、君のすることは分かっているね」
「もちろんです。十分わかってます。約束ですから」
「そうだね、約束は守ってもらわないとね」




