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最後のピエロ  作者: ハロル・ロイド
22/102

パーカーの男

藤田は、舗道に横たわる四体の死体を眺めながら思った。


あの殺人鬼はいったいいつまで殺戮を繰り返すのだろうか。


全ての遺体は頭蓋骨が砕け、大量の血が地面に流れ出て、おびただしい血餅が舗道を覆い尽くしていた。

1人の遺体の顔はよほどの恐怖を味わったのだろうか、眼は半分飛び出し、ガムテープで塞がれていたと思われる口はそのテープを裂けるぐらいの力で開けられていた。

大声で助けを求めたのだろうか、それとも死の恐怖を紛らわすために声にならない声で叫んだのか。

殺人鬼はそれを無視し落ちていく被害者を笑いながら眺めていたのか。

悲惨な情景が藤田の脳裏に現れては消えていく。

藤田はやりきれない顔でため息を吐いた。


下田が藤田に告げた。

「仏さん達はあの屋上から落とされたようです。犯人は被害者の足首にロープを巻き逆さに吊るした後、ロープを燃やして焼き切って落としたようです。

犯人はジョーカー、いや、連続殺人鬼の犯行と思われます」


下田は白い手袋に持ったジョーカーのトランプを見せた。


「うん、この状況を見ればわかるさ」


「しかし、今までの犯行とは少し手口が違いますね」



「そうだな、爆弾を使っていない」


「そうです、ヒョッとすると模倣犯じゃないかと思うんですが。このトランプだけを真似た」


「なるほどな。そのトランプを見せてみろ」

藤田はトランプを見て確信した。

「こいつは連続殺人鬼の犯行だ」


下田は首を傾げ何故かと尋ねた。


「このトランプのデザインは戦前のマツダカルタと言う会社の製造のものだ。

今まで殺人鬼の残したトランプは全てマツダ製だ」


「初めて聞きます。その情報」


「うん、昨日俺も初めて上司から聞いた。明日の捜査会議に発表するはずだ」


「特徴は、このデザインだ。この道化師、ジェスターの表情だ。無表情だろう。

むしろ、何かに怒ってるようにも見える」


「そうですね。確かに笑っているようで笑っていない」

下田は何度も頷きながら答えた。


「そのマツダカルタと言う会社を調べたのですか?」


「マツダカルタは戦後すぐに倒産した」


「そうですか…」



「ところで、トランプのジョーカーはほとんど道化師が描かれているだろう」


「そうですね」

下田は怪訝な表情で藤田を見つめた。

トランプのジョーカーの薀蓄を語るつもりなのか、と下田は思った。


「宮廷道化師は王様に仕えていた。

王や、周りの者を笑わせる役目を担っているが、もう一つ君主に向かって

無礼なことが言える特権を持つ唯一の人間だった」


「へえ、そうですか」

下田は、藤田の話に余り興味なさそうな表情でカードを眺めた。


「うん、ちょっと調べたんだ。それともう一つ、宮廷道化師は身体的障害を持つ

者が多かったそうだ」


「身体的障害?」


「ああ、例えば小人症とかな」


「なるほど、ところで、そのマツダカルタと言う倒産した会社をもっと詳しく調べたらどうですか」

下田は話題を捜査に戻そうとした。


「一応調べたよ。会社の創始者は松田寅蔵。大正元年生まれの元軍閥官僚の男さ。

兵隊さん達の娯楽の為に自ら会社を設立してトランプや花札を製造した人間だ。

それがなぜか、終戦直後に自殺をした。と、いう事になっている」


「いう事になっている?」


「はっきりした事は分らないんだ。

この松田という男は、終戦後、B戦犯になった男だが自殺する原因が見当たらない」


「戦犯なら、将来を悲観して自殺したんでしょう」


「そうでもないんだ。この松田は戦時中は反戦論者で軍閥から目の敵にされていた。

軍の官僚組織にいたこの男は、戦線に送られ現地での食料調達の任務を任された。まあ、要するに左遷させられたんだ。ただ、この男の評判はすこぶるよくてね、部下達や占領地の住民達に慕われてた。

終戦後松田がGHQに収監されたとき、この男に刑の軽減を嘆願した者達がいたんだ。誰だと思う?」


「部下達ですか?」


「部下達はそれどころじゃないさ。自分のことだけで精一杯さ。嘆願したのは、かつて占領し支配されていた住民達さ」


「よほど人望の厚い人物だったんですね」


「そのおかげでA級からB級戦犯になり、数年の服役ですんだのだ。出所後、松田は自分が戦時中に創立し、休業していた会社を再建しようとした、驚くべき事は将来テレビゲームやゲームセンターの構想も持っていたというんだ。そんな意気揚々とした男がなぜ自殺したのだろうか、周りの人間は当時不思議に思ったらしい」


「ということは、他殺ですか?」


「わからん、今となっては謎だ」


「…で、何故この連続殺人犯はこのマツダカルタのカードを持っているんですか」


「そこを調べるのが俺達の仕事だろう」


「ああ、そうでした」



金曜日の夜十一時。

いつもの男がコンビニのドアを開き入ってきた。


黒いパーカーを着、フードを目深にかぶり顔を見せないようにしている。

この男のいつもの出で立ちだ。


若い女性店員はひそひそ話をした。

店員の一人アキ子はフードの男に目を留めた。

男は棚の商品を見ながら一周し弁当コーナーで立ち止まった。

「レジ早くしてよ」

客がアキ子に催促した。

「ああ、はい。すみません」

アキ子は自分のレジに数人の客が並んでいることに初めて気づいた。

繁華街にあるこのコンビニのレジは三つある。

午後十一時になろうとしているが、店の前は人通りが耐えない。


このコンビニの従業員は常時四人,女性ばかりだ。

特に今日のように週末の金曜日は、午前零時を過ぎても人手が足りない。


従業員はシフトで働くバイト達で総勢十人。。

女性が集まれば話の種は尽きない。

恋バナに夢中になる年頃なのか、今時の男性の話が中心だ。

テレビに出るタレントや俳優、歌手、芸人、そして彼氏。

そして、この従業員達の間で今一番の話題になっているのは、

今、店に入ってきたパーカーを着た男だった。


年の頃は二十代後半かと思われる。


この若者が店に最初に現れた時は、少し怪しい人物かと店の従業員は疑った。

パーカーのフードを目深にかぶり顔を見せないように現れたからだ。

従業員達は、その男を注意深く観察した。


十五分程度店の中をユックリと歩きながら陳列棚を見まわし、そして買ったのは

牛乳パック一つと、卵と野菜のサンドイッチ。

その時レジで対応したのはアキ子だった。

「四百八十円です」

パーカーの若者は、五百円玉を出した。

若者は白い手袋をしていた。

薄手の布の白い手袋だ。

おかしい、手袋をするような寒い季節でもない。

アキ子は、恐る恐るお釣りをレシートと共に手渡した。

パーカーの男がどう豹変するか気が気でなかった。

しかし、男は釣銭をポケットに入れレジから離れ外に出た。

アキ子達は拍子抜けした。

でもまだ油断はならない。ヒョットすると下見に今日は現れたのかもしれない。

決行するのは次の日だろう。

従業員達はそう話し合った。

次の日、ちょうど一週間後の金曜日、同じ時間パーカーの男は現れた。

同じように店の中を一周し、そして最後に買ったのは牛乳パックと卵と野菜のサンドイッチ。

そしてレジに立った。

店の中は、ちょうど珍しく客足が途絶えた時だった。

決行するには最善の日だ。

従業員達は、緊張した。

男はユックリとズボンのポケットの中に手を入れた。

隠し持った凶器を出すのだろうか?従業員達は身構えた。

男が出したのは、ワンコイン、いつもの五百円玉だった。

金を払い、何事もなく店を出ていった。

毎週金曜日の夜に現れあきもせず同じ食品を買っていくパーカーの男。

結局、従業員達の間では、一風変わった客という事で話は落ち着いた。

それ以後、従業員はそのパーカーの男に関心を持ち始めた。

よく観察してみれば背は高いし、フードで見え隠れする顔から推察しても決して三の線ではないことがよく分る。

 サングラスで目を隠しているもののそれがかえって彼女達に理想的な風貌を妄想させることになった。

 アキ子は特にその男性に興味を持った。


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