噂
急に肩を叩かれた。
振り返れば鈴木がにやけた顔で俺を見つめている。
「いやあ、桜井」
「ああ」
俺はそいつに合わせるように軽く返事をした。
そいつの左手の薬指には金色の気障な指輪が光っている。
鈴木の後ろには順子がいた。
困ったような顔している。
鈴木と原田順子、二人はいい仲だということは周知の事実。
婚約したと言う噂もある。
そのお揃いの指輪を見れば一目瞭然だ。
「で、何か」
俺は鈴木に尋ねた。
「いや、別に」
鈴木は蔑むような笑みを一瞬浮かべながら
順子と連れ立って講義室に入った。
「何だあいつ等、…」
俺は少し不愉快な気持ちになった。
普段は話も交わさない奴なのに今日に限っては馴れ馴れしく
俺に話しかけてきた、しかもバカにしたような笑みを浮かべて。
その日を境に、俺は学生達の興味本位の視線の餌食になった。
しかも日毎に、コソコソ面白おかしく俺のことが噂になっていった。
全くなんなんだ。
「いかげんにしろよ!」
と、腹が立った。
数日後、その原因は分かった。
しかし、順子の奴なぜ話したんだ。
まったく、バカにするのも程がある。
つまらん噂は気にはしていない。
二人が俺をどう思うと関係ない。
だが、男の一途な思いを踏みにじったことに腹が立った。
どう考えても許すことはできない。
いや、はっきりさせなければいけない。
そう思い、…俺は決心した。
ある日、大学の門を出た順子に声を掛けた。
「話があるんだが、いいかな」
順子は以外にも素直に俺の誘いに応じた。
大学の近くの喫茶店に入った。
BGMには懐メロのラストクリスマスが流れている。
窓際の席に座った。
順子の顔をこんなにまじかに見るのは初めてだ。
目は二重の、まさしく円らな瞳だ。
髪は染めているのだろうか、ごく自然な淡い栗色。
緊張しているのか、形の良い唇はキリッと締まっている。
右の頬にクッキリとエクボが浮かんだ。
ウェイトレスが水を持ってきた。
「何に…する?」
俺は、ウェイトレスの手間を省くように、順子に尋ねた。
「コーヒーを」
順子はウェイトレスに頼んだ。
「じゃあ、俺も」
同じものを頼んだ。
順子の左手の薬指にいつもの指輪がない。
鈴木とお揃いの金の指輪。
気を利かして外したのか?
それはないな。
まあどうでもいいことだが。
しばらく寡黙だった。
俺は窓の外を見た。
空は厚い雲に覆われている。
今にも泣き出しそうだ。
傘を持ってきただろうか?と、順子のショルダーバッグに目を向けた。
「あの、お話って?」
順子は俺に訊いた。
そうだ肝心の話をしなければ。
なぜか、もうどうでも良くなっていたのだが。
「僕の噂を知ってる?」
順子の顔色が変わった。
申し訳なそうに頷いた。
順子の視線は俺の胸元に沈んだ。
「別に怒っちゃいない。
噂なんて75日だ、いや今はもっと早いかな。
気にしちゃいない。
ただ、何故なんだ。
なぜ、順子さんは俺だと思った?つまり電話の相手、あのときのピエロをね」
「ごめんなさい。まさか、あの人が皆に言いふらすなんて思わなかったの。こんな風になるなんて思ってもみなかった」
「そういう奴さ。
だからそんなことはいいんだ。
聞きたいのは、何故僕だと思ったんだい。
桜井という苗字はクラスに三人いるのに、何故?
もし他の人だったら…て、そう考えなかったのかい?」




