告白
夜十一時寝付かれなく、若者は悶々としていた。
十一月半ばになると朝晩はめっきり冷える日々が続くようになった。
天気予報では暖冬と言っていたが、例年に比べての話でやはり、寒い日はやってくる。
ただ、今日は珍しく寒くもなく、もちろん暑くもないそんな夜だった。
若者は迷っていた。
床に就き、目を閉じたが眠れない。
心の迷いがますます頭を覚醒させていく。
ベッドから上半身を起こし、大きくため息を吐いた。
ベッドのポールに掛けてある携帯に手をかけた。
若者は番号を押した。
画面に出る番号を何度も確認しながら慎重に押し続けた。
若者の頭の中は番号を押し続ける行為だけに集中していた。
ある女性の家に掛けた。
呼び出し音が聞こえる。
一回、そのとき若者は我に返った。
二回、何で電話したんだ?と、自問した。
三回、切ろうと思った矢先、声が聞こえた。
原田ですが
やさしい声だ。
透き通るような。
「あの、桜井といいます。原田順子さんはご在宅でしょうか」
と、若者は自分の苗字だけをいい丁重に尋ねた。
「私ですけど…」
電話の向こうの相手は首を傾げてる、そんな様子が見えるようだ。
何を言ったらいいのか、若者の頭の中はパニクっている。
何も考えずに電話を掛けてしまった。
ただ一つの思いだけで電話した。
次に言った言葉。
信じられないことを言ってしまった。
何でそんなことを?言ったのか
後で考えれば軽率な行動だった。
「あの、ずっと前から順子さんのことが好きだった」
言った後で若者はいたたまれなくなった。
電話を切ろうと思った。
すでに自分で自分が分からなくなっている。
順子は詰まったような声で言った。
「あの、…よく分からないのですが」
当然だ。
言ってる本人もパニクって支離滅裂なんだから。
若者は必死に
次の言葉を考えた。
なかなか言葉が見つからない。
順子は尋ねた。
「お名前は」
俺は答えた。
「桜井です」
苗字だけを、もうほとんど投げやりな言葉遣いで言ってしまった。
とにかく早くこの場から逃げ出したいという思いになっていた。
電話を早く切りたい。
順子は強い口調で尋ねた。
「名前は!」
たぶんいたずら電話だと思ったのだろう。
怒ったような雰囲気だった。
若者は考えた。
そのとき初めて冷静になって頭をめぐらした。
名前を言うべきか。
言わざるべきか。
「名前は…ピエロ…」
なぜか知らないがそんな単語が出てしまった。
「いたずらは止めてください。切ります」
順子の口調は一段と強くなった。
怒った顔が目に浮かぶ。
「待って、切らないで…」
そう言いながら若者は次の言葉を捜した。
頭に引っかかている過去の記憶。
その記憶を言葉にした。
「順子さん。間違ってたらごめん。
順子さんには、二つ上のお姉さんがいる。
小学校の頃、確か順子さんが五年生の頃だと思うけど君はいつもお姉さんと一緒に毎日塾に通っていた。
赤い自転車に乗ってね。
…間違ってる?だろうか」
順子は寡黙になった。
時間にして三十秒ぐらいだろうか。
若者にとっては長い沈黙だった。
「どうやって調べたの。誰から聞いたの。あなた一体誰なの!」
順子の口調には恐怖が見え隠れしている。
「違う。誰からも聞いてない。調べたりもしてない」
「つまり、いたんだ。僕もその塾にいたんだ」
また沈黙が始まった。
初恋の相手なんだよ、君が。
とは言えなかった。
「その塾に一年いた。父親の転勤で、一年しか通えなかった」
言葉はないが彼女の息遣いがかすかに聞こえる。
「たぶんは君は僕を知らないだろう。でも、僕は知っている。…まさかと思った。
また会えるなんて」
「名前は?」
順子は、再び名前を尋ねた。
「迷惑なのは分かってる。自分でもなぜ電話したのか分からない」
「名前は?」
若者は畳み掛ける順子の問いを無視した。
「たぶん声が訊きたかったんだ。君の声を直に」
「誰なの?」
「ピエロ。
順子さん、ごめん。君の心に土足で踏み込んでしまって。
もう電話はしない…」
「さようなら」




