博史の不思議なパワー
俺と順子は大学内では挨拶程度の付き合いで終始した。
その頃では、俺の噂、俺の順子への片思いの噂はもうすでに過去の遺物になっていた。
いや俺の噂より、鈴木と順子が別れたと言う噂話が大学内で静かに広まっていた。
その噂が広まるにつれ、俺がまた電話で順子にちょっかいをかけるんじゃないかと
あらぬ噂も立ちあがった。
俺はもううんざりだった。
弟、博史の体調は日を追うごとに弱まっていく。
命の光は思ったより早く消えかかろうとしているのかもしれない。
順子は週二回のペースで見舞いに来てくれた。
いつも病室には、新鮮な花が添えられていた。
「いつも、花をありがとう」
「これしかできないから」
「とんでもない。博史はきっと喜んでいるよ」
いや、喜んでいるどころじゃない。
博史は俺にいつも、こう言っている。
「食事に彼女を誘えよ。せっかく見舞いに来てくれたのにそのまま帰らしちゃあ申し訳ないよ」
博史は時折、いや、ほとんど毎日かもしれないが、突然、俺の頭の中に入り込んでくる。
俺の頭の中に入り込んで、俺と会話する。
信じられないかもしれないが、俺達兄弟ではごく普通の事だ。
その時、博史が言うには幽体離脱が起きている、と。
この状態のとき、博史にとって体の苦痛は消えているようだ。
ある日のこと。
いつものように見舞いを終えた順子が部屋を去ったあと、急に博史が激しく痙攣を起こした。
俺はあわてて弟を注視した。
「どうした、博史」
博史は、一段と大きく目を剥き俺を見つめ、俺の心に入り込んだ。
「順子を…守れ」
順子を守れ?
何を言っている
いったい誰から守るのだ。
「外を見ろ!」
博史は俺の頭の中で怒鳴った。
俺は病室の窓から外を見た。
病院の玄関から出て行く順子を発見した。
順子の側に車が寄ってきた。
友達の車か?
と思いしばらく眺めていると
順子が首を振りながらその車をやり過ごそうとしている。
ナンパされているのか…
車は順子の歩調に合わせ付きまとっている。
なんてしつこい奴だ。
俺は腹が立った。
その車を良く見ると外車だ。
ボンネットの先端に見慣れたマークが付いている。
青いBMW
それにしてもしっつこい。
運転席側の窓から首を出し順子を執拗に誘っている。
茶色に髪を染めた男だった。
嫌がっている順子に執拗に声をかけている。
車内は一人ではないようだ。
三、四人の男たちが垣間見えた。
単なる行きずりのナンパ連中なら見過ごすところだが、どうも
おかしい。
あまりにもしっつこいし、よく見れば嫌がらせにも見える。
しかも、連中は順子を知っているようだ。
順子の名前で声を掛けているのが微かに聞こえた。
つまり、初めてのナンパじゃない。
俺は博史の「順子を守れ」の声に従うことにした。




