第11話 効率主義の目眩
平成十七年、六月。山から吹き下ろす風が緑の匂いを運んでくる街は、すでに初夏の柔らかな日差しに包まれていた。二階の角部屋で、二十歳になった皆人は、窓辺に並べた観葉植物の鉢植えに向かい合っていた。手のひらほどもあるパキラの葉を丁寧に手入れして心を落ち着かせる。階段の下からは、朝の家事をあらかた終えた母・由紀子がキッチンで茶碗を洗うかすかな水音が聞こえてくる。地元の有力地方銀行で三十年近く几帳面に勤め上げている母の立ち振る舞いには、いつだって無駄がなく、整然とした生活のリズムがあった。そして庭の離れからは、父・泰司が小さな木枠の傷を撫でる気配や、微細なサンドペーパーを走らせるシュッ、シュッという摩擦音が、風に乗って掠れるように漂ってくる。この杉本家には、いつでも外界のノイズを優しく遮断する厚い静寂が満ちていた。近隣の幹線道路をゆく大型トラックの排気音も、駅前の商業ビルが放つ喧騒も、この家の広い庭に植えられた木々と重厚な木造の壁によって柔らかく濾過され、何にも脅かされることのない安全な日常を享受していた。
観葉植物の手入れを終えた皆人は、布をゆすぎに一階へ下り、廊下の突き当たりにあるガラス戸越しに庭の離れを眺めた。四十代を迎えて白髪の交じり始めた父の泰司が、日当たりの良い作業机に向かい、古い引き出しの木枠をじっと見つめている。泰司の手元には、使い込まれたニスや数種類のサンドペーパー、小さなオイル缶が整然と並んでいた。泰司は地元で小規模なデザインの請負仕事をこなしつつ、実家の店や家の中にある古びた道具の傷を見つけては、こうして静かに修繕を重ねるのを日課にしていた。幼い頃から、皆人はこの父の背中を見て育った。泰司は一度たりとも、皆人に対して「物を大切にしなさい」などと説教めいた言葉を口にしたことはなかった。ただ黙々と、古くなって角の欠けた木箱や、表面のアクリル板に刻まれた引っかき傷を指先で愛おしそうに撫で、修繕の途中で木肌と対話し、少しずつ道具に命を吹き込んでいくその無言のプロセス。そこに宿る圧倒的な誠実さと慈しみ。皆人はそれを眺めている時間が好きだった。
自分の部屋に戻った皆人は、机の上に置かれた革製のペンケースを取り出した。高校時代から使い続けているそのペンケースは、角の塗料が剥げ、指が触れる中央部分が深みのある飴色に変化している。皆人は引き出しから小さな専用クリームを取り出すと、柔らかいクロスに少量取り、円を描くように優しく革の表面へ広げていった。新しく綺麗なお店で既製品を買うことよりも、こうして一度自分の手元に来た身の回りの小物を修理し、長く大切に使うことに、皆人は何物にも代えがたい充当感を覚えていた。今年、皆人は地元の大学の経済学部で二年生になった。「なぜ経済学部を選んだのか」と聞かれれば、皆人は少し言葉を濁すしかなかった。高校時代の進路指導でも、特別にやりたいことも主張したい夢も無かった。「一番無難だろう」という消極的な理由で選んだに過ぎないからだ。しかし、大学の大講義室で繰り広げられる講義は、皆人の皮膚感覚にどこか冷たい摩擦をもたらしていた。黒板やスライドに踊る「市場競合」「収益性の最大化」「コスト削減と効率」「競合他社に対する勝利」。教授たちが誇らしげに語るそれらの言葉は、すべて人間や営みを「数字」と「勝敗」に還元していく記号のように思えた。効率よく他者を凌駕し、より多くのパイを奪い取ることが正しいと教え込まれる空間で、皆人はいつもかすかな目眩を感じていた。 「戦って、勝つことに何の意味があるんだろう」 幼い頃、父がポツリと漏らした東京での苦い思い出が、皆人の頭の隅に不吉な影を落としていた。外の世界へ出れば、誰もが他人を足蹴にしてでも前へ出ようとする。その激しい競争の波に呑み込まれれば、自分もまた誰かを傷つけ、あるいは父のように潰されてしまうのではないかという無意識の恐怖が、彼を足踏みさせていた。
結局、皆人の感覚に合っていたのは、経済学部の専門科目ではなく、教養科目だった。文学、心理学、社会学。受講生の少ない静かな教室で、古い木製の椅子に腰掛け、教授のぽつりぽつりと語る声に耳を傾ける時間が、皆人にとっての息抜きであり救いだった。夏目漱石の小説に見られる登場人物同士の微細な距離感、人間の無意識が織りなす非論理的な感情の揺れ、効率主義の社会からこぼれ落ちていく人々の静かな生活史。そこには、正解や勝敗といった明確なラベルは存在しなかった。ただ、割り切れない人間の不器用さや、言葉にならない痛みがそのままの形で提示され、そっと置かれているだけだった。「勝ち負けなんて、どうでもいいじゃないか」 大講義室を包む熱狂的な就職への煽り文句から身を隠すように、皆人は図書館の窓際の席で本をめくった。外の世界では、誰もが結果を求め、スピードを競い、他者より優位に立とうと必死になっている。だが、実家と、教養科目の静寂が保たれた大学の隙間にある空間においてのみ、皆人は呼吸を整えることができた。自分の手で観葉植物の葉を拭き、革のペンケースを磨き、誰とも競わずに流れていく時間を噛みしめる。結果など出さなくても、ただそこに存在し、過程を慈しむこと。それが自分にとって最も自然で、心地よい生き方なのだと、二十歳の皆人は疑いもなく信じていたのだった。
夕刻、西日がリビングの大きな木製テーブルに長い影を落とす頃、玄関のドアが静かに開く音がした。銀行で定時に仕事を終えて帰宅した母・由紀子は、着替えると、すぐにキッチンに立ち、手際よく夕食の準備を始めた。トントン、と規則正しい包丁の音がまな板を叩く。その音には一切の乱れがなく、長年この家庭の経済と生活を黙々と支えてきた確固たるリズムがあった。「皆人、お父さんに離れの電気をつけるよう言ってきてくれる? 夢中になるとすぐ暗い中で作業するんだから」「うん、わかった」母の言葉に答えながら、皆人は一階の廊下を歩いた。そこへ、高校から帰ってきたばかりの3歳年下の妹・翠がカバンを抱えてすれ違う。翠は昔から物事を論理的かつ客観的に整理するのが得意で、母と二人で会話を始めると、そこにはしばしば正論と数字に基づいた隙のない議論が展開される。だが、皆人はそんな二人の鋭い言葉の応酬に対しても、決して感情的に反発したり論破しようとしたりしなかった。どちらの主張も「なるほどね」と穏やかに受け止め、家庭内の空気が尖りすぎないように丸く収める――まるで衝撃を吸収するクッションのように振る舞うことが、皆人にとって最も自然な役割だった。




