11:00 魔力適性検査とトラブル
初心者向けの簡単な依頼が貼られている掲示板へ向かおうとした時、ホールの片隅に置かれたひとつの設備が目に留まった。
大理石のような白い石柱の上に、バスケットボールほどの大きさがある透明な水晶玉が静かに鎮座している。その横には『魔力適性検査機・ギルド登録者は無料開放中』と書かれた、少し古びた木製の立て札が立てかけられていた。
(触れると魔力の適性属性が光の色で分かるのか)
立て札の説明によれば、赤なら『火』、青なら『水』、緑なら『風』、茶なら『土』などなど日本人が見ればピンときそうな色分けと適正だ。そしてごく稀に、特殊な魔法適性を持つ者の場合は『金色』に輝くのだという。
異世界の魔法の仕組みなんて俺にはさっぱり分からないが、自分の持つ『薬効顕現』が一般的な属性魔法でないことくらいは分かる。下手に自分が触って金色などの珍しい色を出してしまい、登録初日から余計な注目を集めるのは避けたかった。
「ミア、せっかくだしミアからやってみないか?」
俺は笑顔を作り、隣で物珍しそうに水晶玉を眺めていたミアの背中をそっと促した。
「えっ、わたしがですか? でも、魔法なんて使ったこともないですし、適性なんてあるかどうかも……」
「無料だし、自分の得意なことや適性を知っておくのは冒険者として損じゃないよ。ほら、あの水晶に両手を添えるだけでいいみたいだ」
「は、はい……! やってみます!」
ミアは緊張した面持ちでこくりと頷くと、銀色の獣耳をぴくぴくと揺らしながら水晶玉の前へと進み出た。深呼吸をひとつして、おずおずと小さな両手を伸ばし、その冷たい表面にそっと触れた。
直後だった。
――カァァァァァンッ!!
水晶玉の中心から、突如として爆発的な光が弾け飛んだ。
だが、それは立て札に書かれていた赤や青、あるいは特殊適性の『金色』ですらなかった。薄暗いギルドホール全体を真昼のように照らし出したのは、どこまでも澄み切った、神秘的で純粋な『銀色』の強烈な輝きだった。
「わぁ……! すごいです、トオル様! すごく綺麗……!」
予想外の眩しい光に目を細めながらも、ミアは自分自身が放ったまばゆい銀色の光に包まれ、花がほころぶような無邪気な笑みを浮かべて喜んでいる。
(おいおい待て待て! 説明書きに銀色なんて一言も書いてなかったぞ!? 金色より遥かに珍しそうな色を出してどうするんだ!)
目立たないようにミアを先に行かせたはずが、完全に裏目に出てしまった。
突如としてホールの片隅から放たれた未知の閃光に、酒を飲んでいた周囲の冒険者たちが一斉にジョッキを置いてざわつき始める。
「おい、なんだ今の光……!」
「銀色!属性検査でそんな色、見たことねえ……!」
「ていうか、あの光に照らされてる獣人の子……めちゃくちゃ美人じゃねえか?」
好奇と驚き、そして品定めするような視線が一気にこちらへと集まり、俺は内心で冷や汗をかいた。
「トオル様! 何かわからないですけど、すごくピカピカ光りましたよ!」
自分の出した光がどれほど異様なのか気付いていないミアが、嬉しそうに振り返る。
「あ、ああ、そうだな……すごく綺麗だったよ。……よし、それじゃあ掲示板へ行こうか」
これ以上の騒ぎになる前に、そそくさとその場を離れようとミアの手を引こうとした、その時だった。
「おいおいおい、待てよ。なんだこの上玉はよぉ」
不躾なダミ声と共に、鼻をつく強い酒臭さを漂わせた大柄な男がドカドカと立ち塞がった。昼間からギルドの酒場で飲んだくれていた冒険者だろう。薄汚れた毛皮のベストを着込み、腰には刃こぼれだらけの大斧をぶら下げている。水晶の放った銀色の光と、それに照らし出されたミアの美貌に引き寄せられてやってきたのだ。
男の濁った視線が、俺の後ろに隠れるミアをねっとりと舐め回す。
「すげえ美人じゃねえか。おい、そこのひ弱な兄ちゃん。お前には過ぎたオモチャだ、その獣人、俺によこせ。たっぷりと可愛がってやるからよぉ」
下卑た笑いを浮かべる男に、ミアは怯えて身をすくめ、俺の背中に隠れて真新しいワンピースの裾をぎゅっと強く掴んできた。
アレルギー症状が綺麗に引いたことで、彼女本来の透き通るような白肌と、艶やかな銀髪の美しさは隠しようもない。こんな手合いに目をつけられるのも無理はなかったが、俺の大切な相棒に手を出させるわけにはいかなかった。
男が強引にミアの腕を引こうと、太く汚れた手を伸ばしてくる。
俺はミアを背中に庇うように素早く一歩前へ出ると、伸びてきた男の手首をさりげなく、だがしっかりと掴んだ。
――直接の皮膚接触。これで発動条件はクリアだ。
「悪いが、彼女は俺の大切な相棒だ。他を当たってくれ」
「あぁん!? ガキが生意気言ってんじゃねえぞコラッ! ぶっ殺されたいのか――ッ!?」
男が腕を振り払おうとし、怒声と共に俺を威嚇してくる。
(パワータイプの相手に腕力で敵うはずもない。だが、睡眠薬で気絶させるだけじゃ、目を覚ました後に逆恨みされるだけだ。……二度と俺らに絡む気が起きないよう、自業自得の痛い目を見せて懲らしめてやるか)
俺の頭の中で、薬学データベースが高速で検索される。
相手の呼気からは強烈なエタノール臭。すでに大量の酒を胃に流し込んでいる状態だ。魔獣には絶対に効かないが、今のこいつにだけは劇的に効く、とっておきの薬がある。
(アルコールは体内に入ると、まず肝臓のアルコール脱水素酵素(ADH)によって猛毒の『アセトアルデヒド』に分解される。これが激しい頭痛や嘔吐を引き起こす二日酔いの主原因物質だ。通常はその後、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)の働きによって無害な酢酸へと無毒化される。……なら、その『無毒化』の酵素の働きだけを、強制的にストップさせればどうなるか!)
「――『薬効顕現』! 処方、シアナマイド。指定【主作用:アルデヒド脱水素酵素の強力な阻害】!」
『シアナマイドの投与を確認。当該薬品の半減期:約2時間。向こう2時間、トオルはシアナマイドを使用できません』
俺は掴んだ腕から魔力を流し込み、明確な薬理作用を指定した。
シアナマイド――アルコール依存症の治療などに用いられる抗酒薬だ。体内の猛毒を分解するALDHの働きを完全にブロックし、血中に『アセトアルデヒド』を急激かつ爆発的に蓄積させる魔法。
「がっ……!? あ、あつ……ッ!? な、なんだこれ……!?」
ほんの数秒のことだった。
男の顔面が一瞬で茹でダコのように真っ赤に染まり、全身の毛穴から滝のような脂汗が噴き出し始めた。心臓を早鐘のように乱打する激しい動悸と、側頭部をハンマーで乱打されているような激痛の拍動性頭痛が男を襲う。
「ヒッ……!? 心臓が……破裂するっ……! 頭が、割れるぅぅっ……息が……っ、ウプッ、オエェッ!!」
人工的かつ一瞬で引き起こされた、超劇症の二日酔い(アセトアルデヒド症候群)。
強烈な吐き気と激しい眩暈に襲われた男は、もはや他人に絡む余裕など微塵もなく、その場に崩れ落ちて胃の中身をぶちまけそうになりながら悶絶した。
「お、おいゴンズ! どうしたんだ急に!?」
「飲みすぎか!? おい、しっかりしろ!」
慌てて駆け寄ってきた取り巻きの男二人に両脇を抱えられ、ゴンズと呼ばれた男は、涙と鼻水を垂らしながら情けない悲鳴を上げて便所の方へと担ぎ込まれていった。
「トオル様……いまの、もしかしてトオル様の魔法ですか……?」
静けさを取り戻した場所で、ミアが目を丸くして尋ねてくる。
「ああ。少し体内のバランスを狂わせただけだよ。……大丈夫、ミア?」
「はい。……ありがとうございます、助けてくださって。わたし、トオル様の後ろに隠れてるだけで……」
申し訳なさそうにホッと胸を撫で下ろすミアの頭を、俺は優しく撫でた。
「いいんだよ。ミアが無事ならそれで十分だ」
ふと視線を感じてホールの奥を見ると、テーブル席に座っていたドノバンと目が合った。大剣の柄から手を離した彼が、俺に向かってニヤリと豪快に笑い、無言で頷いてみせる。助け舟を出そうと見守ってくれていたらしい。
腕力はなくても、人体の仕組みと薬の知識があれば戦える。少しだけ冒険者としての自信を得た俺は、ミアの手を引いて依頼掲示板へと歩き出した。




