第十六話「冒険の夜明け」
私の名はナオミブラスト。
鞍付きの黒馬から滑り降りた。
雨が、高い此処ら辺の気温を和らげる。
顔についた泥を拭い、前方へ躍り出ていく。
力ある者だけが生き残る世界なのだ。
喩えこの手を血に染めようと、進まなきゃいけない理由がある。
生か死かーーその狭間で生きてきた気もする。
ただ一つ言えるのは「あの娘」を見つけるまで簡単には死ねないという事。
勝ち続けなければならない。
私はーーナオミブラストだから。
剣を抜いた。
二本あるうちの一本「凱鬼」は南西の山で手に入れた名剣である。
この世界の四方にはそれぞれ山があり、私はそれぞれの場所で祈りを捧げてきた。
いつからか胸の木片の御守りは力を帯び、アルマクルスと呼ぶに至っている。
敵はヤングデーモン。
それも二体や三体ではない。
合計五体の小柄なデーモンが目の前に立ち塞がる。
橙色の皮膚をした悪魔に分類されるそれは、気味の悪い容姿をしているが、幸いナオミの実力には及ばない。
もっと強力な敵が、その後方にいる。
凱鬼を斜めに振るった。
と同時に青白く光る胸元のアルマクルス。
私の力を最大限に引き出してくれる代物は、数カ月前から奪おうとする者が後を絶たない。
だから、未来への賭けだったんだ。
誰かにこれを託すのは。
返り血を頭から被った。
非情になれ相手はデーモンだ。
命を奪う事だってーー怖くない。
もう一匹を串刺しにした。
あと三体。
そしてその後方にいるのは身長二メートルのサイクロプスだった。
怪力自慢の一つ目の怪物である。
雨の中呼吸を整えながら私は前方を睨んだ。
二十一歳になる私に、平穏な女の暮らしなどあり得なかった。
ただ幼き頃から剣だけを鍛え、魔術を齧って現在に至る。
「ハアアァァア!」
三匹同時に横に斬った。
そして訪れるサイクロプスとの一騎打ち。
此処は「終末の谷」。
谷の入口で待ち構える怪物に、一歩二歩と近づいていく。
敵は棍棒を持っていた。
女ハーフエルフの私が頭に喰らったら一溜りもないだろう。
だが幸い私は素早い。
敵より早く動き撹乱してみせる。
腰に差していたもう一方の名剣「斬牙」を引き抜く。
私は双剣使い、超攻撃特化した型を持つ。
港町ハーディーズで出会った旅人ハイディスの、妹キャンディス。
自分より五つも若い女の子の上、規格外の才の持ち主だと言う。
何でも金竜の攻撃を九歳の頃に退けたとか。
何にせよ男嫌いの私にとって希望となり得る存在だった。
そのキャンディスの目撃情報のあるアーディスに向かうまで私は死ねない。
ご時世命を賭けてでも見つけ出す。
ずっと一人ぼっちだった私だけど、友達になれるかな。
サイクロプスとの距離が五メートルに迫った頃、私は空を見上げた。
いつかーー幸せになれたらいいな。
雨が頬を伝って落ちた。
斬牙は北東のガゼド付近の山で手に入れた。
どちらの剣もかなりの斬れ味を誇り、私の旅の必需品だった。
そうそう黒馬の名前はギルガメッシュ。
私はこんな所で負けないよ?
何せ過去にグレートデーモン二体を同時に葬った事がある。
だが油断は禁物だった。
敵の攻撃を誘い、隙が出来たと同時にジャンプして首を刎ねた。
デーモン達は魔王の部下。
今や世界中を住処にしている。
ヤングデーモンが体長一メートル程なのに対し、グレートデーモンはサイクロプスと同じ体長二メートル。
紫色の肌で、多少魔術も使う。
つまり、棍棒だけが武器の怪物など、よく動きを観察していれば私の敵ではなかった。
「油断大敵、かーー」
剣を鞘に収めた。
ギルガメッシュに乗ればアーディスまで丸一日と掛からないだろう。
彼は黒いサラブレッドだ。
問題は着いてから。
アーディスには古びた城があるが、半ば怪物の根城となっている。
騎士団なんかも居たりするが遭遇するにはやや運が必要だった。
ギルガメッシュに飛び乗る。
(待ってろ……キャンディス)
ハイディスとは三年前からの付き合いだった。
彼の妹については度々聞かされていたが、つい最近行方不明になり、捜索願を出されたのである。
自分で捜せとも思ったが同性であるキャンディスに親しみを憶えた私は二つ返事で承諾したのだった。
手綱を引き、谷の最深部へと突き進む。
金竜ゴルドを九歳で?
考えただけでも笑みが溢れる。
自分も双剣使いとして多少は名を馳せていた。
ハイディスも魔導剣士として既にある程度有名だった。
たが十六歳の少女キャンディスの潜在能力はそのどちらもを凌駕していた。
魔王ラグナロクや冥王竜ウロボロスに勝とうなど雲をも掴むような想いだが、このキャンディスの存在は一際異質だと言える。
「ハッ」
馬の腹を蹴りスピードを上げた。
急がないとハーピーが出るかもしれないのだ。
幻術を浴びせられればそれこそ厄介だった。
これまでずっと一人旅をしてきた。
アルテマの東西南北何処へでもギルガメッシュと共に行ってきたつもりだ。
その中でキャンディスとの邂逅はどんな意味を齎すのか。
人との繋がりが幸せを生む、そんなイメージなど到底沸かない世の中だけど、藁にもすがる想いって言うのかな。
あの性格の良いハイディスの「妹」を好きになってみたかったんだ。
夕方道中の砂の町リエコスに着いた。
この町はまだ発展途上だが、携帯食料くらいは買えるだろう。
谷を越え砂漠に差し掛かった末に辿り着いたリエコスだが、珍しく空き地で幼き吟遊詩人が横笛を吹いていた。
「コカトリスにサイクロプス、グレートデーモンまでをも圧倒した、その名はナオミブラスト!相棒のギルガメッシュと共に世界を駆ける正義の使者だよー」
詩人は十三歳くらいに見えた。
基本男嫌いの私だがここまで幼いと敵対心は沸かない。
クスリと笑い「コカトリスを倒した憶えは無いが」と言った。
「おいら横笛のアリアだよー。聞きたい話はあるかいナオミさん」
アリアは赤髪がかった茶髪の美少年だった。
ま、恋愛では困っていなさそうだが?
ナオミは腕を組み「オススメのは?」と言った。
アリアは腰掛けていた木箱から飛び降り、再び横笛を吹き始めた。
演奏力はその歳にしては見事なものだ。
それにしても自分についての歌があったなんて……。
銅貨はあるかな?と私は自身のポケットに手をやった。
銅貨より価値のある銀貨なら手元にある。
仕方ないこれを一枚やろう。
銀貨を手渡されたアリアは得意になって語り始めた。
「異世界からの来訪者『ソラ』はこの世界を収束に迎える者。英雄の大剣と共に仲間たちを引き連れ冒険だー!」
「ソラ?初めて耳にする名だな」
「彼が平和を実現するのは十五年以上後だよー」
それだけ言うとアリアはまた横笛を吹き始めた。
ソラについての音色なのだろうが、良くも悪くも十三歳らしい演奏とは言える。
まあ銀貨を得られたのは大満足だろう。
「ありがとう。この町を探索してみようと思う。訪れるのは久しぶりだ」
私は長い黒髪に蒼い眼が特徴だった。
女ハーフエルフにしては背は高いのだが怪力ではない。
まあこの先一人でコカトリスを倒すくらいなら、ありそうな話だった。
リエコスは造りかけの煉瓦の家でいっぱいだった。
まあ以前来た時よりは作業は進んでいると見える。
それでも如何せん人口が少なかった。
聞けばコカトリスに襲われる事があると言う。
おやおやいきなり予言通りとなるのか。
キャンディスに出会う前にコカトリスを倒してもいい。
フフッ、アリアの希望通りか。
彼が願いとしてコカトリス討伐を歌にしていた気はしなかったが、結果論倒す事になりそうだ。
だがこの町の者達は高い報酬は払えないだろう。
知ったことか、これも人助けの旅だ。
私は幼き頃奴隷商人に襲われ、そこを見ず知らずの男性に助けられた。
だが男性は私を守って死んだ。
奴隷商人との遭遇で男性嫌いは凄みを増してきたわけだが、エルフへの差別が根強いのもまた事実だった。
幼き私を守った男性。
彼以外の男を私は信じないと決めたのだ。
この呪いが解かれる日は来るのか。
分からない。
来たとしても何年も後の気がする。
何にせよ私が私である以上後悔はしたくなかった。
「夜にはこの町にはミイラが出る。コカトリスに喰われた死者の魂が町人を襲うのだ」
人々が口々に言う。
どうしてもコカトリスを倒してくれ、といった感じだった。
コカトリスは鳥と蛇の合成獣で体長は三点五メートルに達する。
灰色の肌をした凶暴な獣だという噂だ。
町の長老に引き合わされた。
カンナの名を持つ彼女は昔強力な召喚士として名を馳せた実績を持つ。
だがもう五十代だ。
この世界で五十まで生きるにはそれなりの運と力がいる。
カンナは白髪でピンクと青のカラフルな着物に身を包んでいた。
「私も昔は巨竜アルマゲドンを召喚出来たんだけどねぇ、近頃は魔力の弱まりが著しくてねぇ。コカトリスは是非お前さんに任せたいところさ」
巨竜アルマゲドン。
あの金竜ゴルドを子に持つ巨竜中の巨竜である。
(凄まじいな……)
私は感心しつつも腕を組んでいた。
幾ら私でも安請け合いすべきではない。
かと言ってカンナさん達を見殺しには出来まい。
「倒してもいいが……」
と言いかけた所、カンナが自身の指輪を外して言った。
「私ももう先はそこまで長くはない。アルマゲドンと契約を結んだこの指輪をソナタに託そう。巨竜を出すには召喚魔法のスキルが必要じゃがな」
アルマゲドンの指輪を……私に。
もしかしたらキャンディスに渡せば出せるかもしれない。
「分かった、コカトリスを倒しに行こう。アリアの歌の実現だ」
頷くカンナの目は私を信じていた。
さあこれで怪物退治を行う事になった。
仲間が一人欲しい所だがこのご時世贅沢は言ってられない。
今、この世界は闇が支配しているのだ。
いや千年前からずっとそうだと言って良いだろう。
食料は、薬草は、斬れ味の落ちていく武器は、全て無限ではない。
生き抜くには力と多少の知恵とそれから運が必要だった。
カンナのテントを跡にし私は再びアリアに会った。
「ホントにコカトリスを倒してくれるの?スッゲーや」
「キャンディスに会うまでの土産話になるだろう」
「キャンディスって?」
「気にするな。それよりキミにも知らない事があったのか?」
「おいらの語りは全てカンナ様から受け継いでるんだ」
「なるほどな……」
さあもう行くしかなかった。
夜になれば益々相手が有利になる。
アルマゲドン……見守っていてくれ。
私は握りしめていた黄金の指輪を指にはめた。




