第十七話「予感」
私がリエコスの町を跡にし、コカトリスの巣がある小山に向かおうとした、その時だった。
「おーい、待ってくれよ!」
まだ二十歳にもならないような茶髪の青年が追いかけてきたのだ。
背中には立派な大剣、だが防具は貧弱そのものだった。
「何だ?」
「アンタナオミブラストだろ?カンナ様に言われたんだ、男なら困ってる女は助けなって」
「カンナから大剣を貰ったのか」
「ヘヘッ、御名答。カンナ様の夫が遺した大剣『阿魏斗』だ〜!」
歳の差は二歳くらいでも精神年齢は結構な差がありそうだ。
それに明るい。
まあ足手纏にならなければいいが?
私はボロボロの服を着た茶髪センターパートの青年を見つめた。
「俺『ハル』ってんだ。十九歳。剣を持ったのはこれが初めてだけど、サッカーは上手いぜ」
私は半ば呆れた具合で片手で顔を覆った。
剣とサッカーは違う。
あのボールを蹴るスポーツが何処から持ち込まれたのかは不明だが剣は命に関わる。
まあいいさ、男なんだろ?
私はハルの同行を認めた。
見たところ大剣阿魏斗の性能は間違いない。
サッカーによる俊敏な動きも期待できそうだが相手はコカトリスである。
最悪死ぬことさえある。
だが男嫌いの私にとって十九歳の青年の死は特別珍しいことではなかった。
何にせよこれで大剣使いが一人仲間に加わった。
相手の的を一つに絞らせないくらいの効果は期待できるだろう。
あれ、ちょっとハルに対して冷たいかな?
まあ悪い奴じゃなさそうだ。
ある程度純粋な心を感じさせる瞳は、嘗ての命の恩人に似てない気がしなくも無かった。
「行こう」
もう直ぐ日が暮れる。
私とハルはそれぞれ馬に跨り、コカトリスの巣の方向へ駆け出した。
ハルの馬は茶色い小さな馬だった。
カンナさん辺りが手配したのだろうか、見事に乗りこなしている。
乗るのは初めてじゃないだろうが、運動神経とも多少は関係するのだろうか。
知ったこっちゃないさ、ハルとの関係もコカトリスを倒すまでの間だ。
夕日が眩しい砂漠を駆けていく。
流石に愛馬ギルガメッシュには追いつけないので、彼は手を抜いている形だ。
何にせよアルマゲドンの指輪を貰った以上、夜になろうとコカトリスと闘う心積もりだった。
あの指輪の価値は半端じゃない。
それにハルの貰った大剣阿魏斗。
未来の読めるカンナは我々二人に過度な期待を抱いているとでも言うのか。
コカトリスの小山が見えてきた。
よく見れば階段やその左右の篝火も整備されており、思ったよりずっと人工的な造りだ。
だが到着と同時に日も沈んでしまった。
篝火があるのがせめてもの救いだろう。
ギルガメッシュから飛び降り、階段を上っていった。
既に剣に片手をかけてある。
何時でも抜刀斬りが出来る体勢だ。
ハルの表情も緊張そのもので、既に彼は両手で阿魏斗を構えていた。
怖いか?獣を殺すのは。
此処からは生と死の瀬戸際。
殺らないとこっちが殺られる。
覚悟を決めろ、青年。
まあ私がいる限りーー勝率は高めだ。
よく考えればアリアの歌で私の勝利は予言されていた。
だがこの青年の安否までは明らかになっていない。
ーー私が守らないと。
ハルは特別嫌いなタイプの男じゃなさそうだったし、人助けは私のモットーだった。
階段を上りきった。
眠りかけていた体長三メートル超えのコカトリスが此方に気付く。
戦闘開始だった。
思えば恋愛とは程遠い人生を送ってきた。
髪の手入れはしている。
顔も程々に褒められる。
それでも幼き自分を救った「あの人」以外自然と恋愛対象から外れていったのだ。
ハルはどうかーーどうせその他大勢と一緒に決まってる。
左右の手に剣を携えた。
双剣使いとして、ギィィヤァァアと咆哮を上げるコカトリスに怯むことなく突っ込んでいく。
そうだハル、お前は後方で待機してろ。
無鉄砲にしろビビりしろ、私には関係ない事だ。
所詮リエコスの一般男性。
運命的出会いどころかキャンディスに会うまでの余興的存在、のはずだったーー。
「ナオミー!」
追いかけて来る。
しかもさっき会ったばかりの私の身の安全を心配してーー?
私が女だからだろうか。
護られるお姫様タイプの女性じゃ決してなかった。
それでも心の奥底では男性を頼りたかったとでも言うのか。
何だろうこの気持ち。
冷え切った胸が温かくなるようなこの感覚ーー。
私は長い間大事にされて来なかったのだ。
だから若者のちょっとした善意に馬鹿みたいに喜んだりもするのだ。
私が恋なんて「有り得ないな」。
究極剣技を叩き込む構えを見せた。
あわよくば一撃で仕留める。
だが私の気迫を察知した相手は翼をはためかせ飛び上がっていた。
(くっ……これでは究極剣技が当たらない……)
それどころか灰色のコカトリスは後方のハル目掛けて飛んでいく。
「ハアアァァア!」
縦に引き裂く阿魏斗の一撃。
何処か紫色の雷のようなものを帯びた一撃だった。
カウンターを喰らいのたうち回るコカトリス。
今しかない。
私は究極剣技「桜花絢爛」を見舞った。
今の私が出せる最上級の技だったが、花びらの舞う美しき連続斬りだった。
勝った。
全力を出したものの、なんて事はない勝利だった。
それでもーー。
私は篝火が照らし出すハルの顔をまじまじと見つめるのだった。
翌朝リエコスの私はカンナのテントに呼ばれた。
コカトリス討伐のお礼ならいい。
超巨竜アルマゲドンの指輪を貰ったことでこの件は済んだはずだ。
一体何だろう……。
何か新たな頼み事だろうか。
テントの中にはハルも居た。
目を合わせると何故か背けてしまう……。
カンナは「フム……」と神妙な顔つきになった後言葉を口にした。
「ソナタのアルマクルス。噂では力を引き出すようじゃが、その性能は恐らく不安定上、完全とはなっておらぬ。ハルと二人で北西の王家の墓にそれを埋めるのじゃ」
「え?俺も〜!?」
「この世界の未来を左右する大仕事じゃ。失敗は許されぬ」
「え?俺ってそんなに重要なの!?だったら行ってもいいけど」
(意見が変わるのが早い……)
でも、純粋なんだろうな。
私の命を助けた「あの人」は名前すら知らない。
思い出が彼を美化させた可能性も無きにしもあらずだ。
命を張ってくれた人に対してこういうのは失礼だろうが……。
ハルと共にアーディスのキャンディスの元へ。
そこから三人で北へ向かうのが想定できるシナリオだった。
とは言え闇が支配するこの世界を左右するアルマクルス。
誰かに託すのは一向に構わないが、私の世界を周る人助けの旅がこんな形で世に貢献する事になるなんて……。
任務を終えた後も出来ればハルと一緒に過ごしたかった。
ああ、なんて事だろう。
難攻不落、断崖絶壁のナオミブラストがリエコスの青年に心を奪われるなんて。
そもそもハイディスからのキャンディス捜索任務が無ければこの出会いはあと三年遅かったかもしれない。
そうなれば自分もハルも別の場所、最悪死んですらいたかもしれない。
運命だ……。
ああもう男なんて信用出来ないんだってば。
今まで色々遠目で見てきたじゃん。
乱暴で怒りっぽくて、それ以外の者は頼りないって言うか……その……。
「行かんのか?」
「行きます」
ポーカーフェイスで行きますと言った。
キャーなんてこの私が言う訳がない。
闘いに血を染めた……「機械」だ。
「よろしく」
「あ、うん……」
ハルに握手をせがまれた。
顔が少し赤くなっているかもしれない。
ああ、もう……!
「俺、護るよナオミの事……初めて会った時からほっとけないっていうか……ナオミからしたらガキみたいな存在かもしんないけど」
「そんな事ない。あの時の雷鳴斬りは素晴らしかった」
恐らく雷鳴斬りという技名すら存じ上げないのだろう。
寧ろ私がアンタを護るんだよ……!
話は纏まり取り敢えず西へ行く事になった。
ギルガメッシュに飛び乗る。
ここから彼の背中なら半日も掛からないはずだ。
「あ、あの!一緒に……乗るか?」
サラブレッドの黒馬に乗ったほうが速い。
それに世界中を旅して生き残った最強の馬だと言えた。
「え、いいの?サンキュー」
ハルが私の後ろに飛び乗る。
赤面してる、私絶対赤面してる!
ああもう、行くしかない!
手綱を引いて私達の王家の墓場を目指す旅が始まった。
その前にキャンディスーー「例のあの娘」を捜す必要がある。
「おいらいつかハーディーズで酒場を運営したいんだ!その時はいつか会おーね〜!」
後方でアリアが言っていた。
彼に対し手を振る私とハル。
カンナは歳のためか見送りには来ていなかった。
だがコカトリス討伐で歓喜に沸いた町人たち二十名が「ありがとう」と手を振っていた。
さあリエコスの砂漠の次は草原が待っている。
ハンマーヘッドザウルスとの戦闘は長期戦にもつれ込むだろう。
グレートデーモンも、いつ現れてもおかしくない。
(気を引き締めて行くぞ)
そう自分に言い聞かせたが、恐らく難題はアーディスに着いてからの方だった。
砂漠の真ん中を猛スピードで突っ切っていく。
どれだけ傷付いてきただろう。
女ハーフエルフとして差別にも半ば遭ってきた。
ハルとの出会いはそれを癒しうるものとなるのか。
まだ、分からない。
純粋なだけで、運命の人ではないかもしれない。
いや、私だって強いだけで人の事言えるもんか。
実際恋愛には疎い部分だってあるし。
それにーーキャンディスに出会えばこの旅は二人っきりではなくなる。
いや、天才少女はこの世界の希望さ。
絶対に捜しだしてみせる。
自分の妹みたいになればいいな、と勝手に思ったりしてる。
何にせよこれで孤独な旅に終止符が打たれたのだ。
昼頃、私達を乗せたギルガメッシュは東アルテマ砂漠を越えた。




