第十三話「引かれ合う者たち」
翌朝俺達はアルカディアから南へと続く樹海を歩いていた。
どうやらこの樹海はこの国の者には「ヒロナの庭」と呼ばれているそうで、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
フライングレオに大人三人は乗せられないし、アニキはレオを休ませる必要があった。
赤、黄、青の鈍い光を放つ花々が、幻想的に見て取れる。
俺は正直アスカについても心配になっていた。
溺れ死んでいる可能性もゼロではない。
堂々と二股するのもどうかとは思うのは確かだが、彼女達は特別嫌がる素振りを見せていないのだ。
コケの生えた木の根っこを跨ぎ、俺はフーっと息を吐いた。
アルカディアを石の壁で覆ったのは敵対者がいるからだ。
そしてそれはこの樹海にいてもなんら不自然ではない。
ジン王国の砂漠以上に危険な生物が生息している可能性はほぼ百パーセントか。
頼もしい味方二人が一緒にいるとは言え、一瞬たりとも気は抜けない。
「ん?あんな所に木の家が」
アニキが指差す方を見れば、霧がかった樹海の先に小さな家が見て取れた。
訪ねてみましょう、と頷くレダス。
ノックして、暫く待つ。
現れたのは白髪の老人だった。
「冥土の占い師『リク』さんですね」
冥土……?
この人一度死んでるのか!?
「儂になんか用かな。占いはもう半年以上行ってない……」
レダスの言葉の響きからして只者ではなさそうだった。
例えば占いだけに関して言えばアニキよりも上なんだろう。
ハッキリ言ってアニキは万能人だった。
俺達の世界で言うレオナルド・ダ・ヴィンチか。
少しベクトルが違うかもしれないが、百パーセントアニキは天才だ。
「是非、占って貰いましょう」
俺達は四角いテーブルの椅子にそれぞれ座った。
埃塗れの本棚が占いの熟練者を彷彿とさせる。
リクは小柄だった。
それでも目には不思議な力があり、若い時なら魔法も多少は使えたかもしれない。
何にせよ俺はここでアスカについて占ってもらうチャンスだった。
「儂は悟りを開き千年前から生きておる。もはや儂に知らぬものなど無い」
ゲームのキャラクターとは言え、千年前からの記憶があるのか。
魔王ラグナロクの時代を生き抜いたのは凄い。
ラグナロクによってこの世界は創られたって確かクレラ言ってたよな?
じゃあまだこの世界は「人間」にとって小さな第一歩を踏み出したに過ぎない。
「ホワイトロックの妹アスカが何処に居るか知らないか?」
「フム……前世からの結びつきを彷彿させる『クレラ』が居る中『アスカ』の存在も吉と出ておる。非常に珍しいケースじゃ」
クレラの名前を此方が言うまでもなく……!
この老人、やはり凄腕占い師だ。
「二人を愛する覚悟はあるんじゃな?」
知らない事は無いって言ってたが、それならこの世界がゲームの中の物と知ってるって事だよなぁ……?
「この世界アルテマは非科学的要素も多分に含んでおる。儂らを甘く見るな」
リクさんは俺の心の中を読んだかのように言った。
つまり……クレラ達にも生身の人間同様心は存在すると……?
俺は「二人とも大切だ」と言った。
このゲームをクリアーすればどうやら俺は元の世界に戻れるようなのだが、その時は是非ともクレラ、アスカと一緒がいい。
「まあ……お主は全てを知る必要はない」
「?」
リクは手を震わせながら俺の手を握り言った。
「後悔しない道を辿りなさい。潜在能力は『アニキ』に勝るとも劣らんよ。フフッ……それから冬を司る『エリザベス』が死ぬとこの世界はもう一度闇に包まれるじゃろう。もう行きなさい。全てを知る必要はないと言ったはずじゃ」
紅い眼については聞けなかった。
でもクレラ達が只のゲームの中の存在じゃないと知れて嬉しかったのも事実だ。
アスカちゃんが生きてると知らされた事も良かった。
おまけにアスカとの三角関係も吉と出てると。
それにしてもエリザベスが冬を司る存在だったなんて……。
流石ソーイアロの娘と言った所か。
空の上の天空島。
絶対辿り着いてみせる。
俺はリクの家を跡にし、再び樹海を歩きだした。
不思議な雰囲気のお爺さんだったが、潜在能力はアニキと互角と言われたのも嬉しかった。
運命的な出会いだったと言って良いだろう。
「気をつけろ……!ただならぬ気配がする」
アニキがシーッと黙らせる仕草をする。
クリーチャーだろうか。
いや、違った。
遠くに黒い鎧の騎士だった。
「亡霊か……?」
とレダス。
とにかく無駄な闘いはなるべく避けなければならない。
喩え勝ったとて、アニキの回復薬にも限りがある。
「もう直ぐ『ヒロナの庭』も終わりです。走ろう」
敬語使いが普段のレダスが此処に来て心を開き始めていた。
吊り橋効果か……?笑。
緊張感を共有すると仲良くなるっていう心理学の事だ。
って何で俺がムキムキのレダスとデートしなきゃなんねーだよ。
しかもこの樹海で。
ま、まあ黒騎士との闘いは避けられたようで良かった。
て言うかレダスさんが死ぬと俺のインディーズバンドとしてのデビューも白紙になるんじゃないか?
人の命と天秤にかけるような事じゃ決して無いが、とにかく絶対にレダスと一緒にゲームをクリアしてぇ。
数分後、俺達はヒロナの庭から出る事に成功した。
樹海を抜けた先にあったのは巨大なビルだった。
まるで現代日本を彷彿とさせる外観だ。
「妙だ。こんな所にビルなんて」
「本当に心当たりがないの?」
「もしや零社……?」
「敵味方で言うと?」
「此処アルテマを乗っ取ろうとしている敵キャラです」
俺はレダスとアニキの会話を聞きながら三十階建てのビルを見上げていた。
「クレラちゃんが居るとしたらこの辺りだよ?」
アニキの言葉に俺がビルに押し入る覚悟を決めた、その時だった。
ビルの自動ドアが開き、紅い眼をしたセレナが現れたのである。
セレナと言えば桃色髪の女戦士で、騎士団の幹部をしていた人だ。
この紅い眼にされるのは零社とやらの仕業だったという事か。
剣を構えるセレナ。
俺はクレラの為にも戦う必要があった。
「一気に畳み込むよ。紅い眼をしている以上妥協は一切許されない」
「連携技か?」
「ソラ、天空クロス斬りを放って」
俺はセレナの至近距離へと詰めていき、剣を斜めに二度、クロスさせるように振り下ろし竜巻を発生させた。
セレナの身体がクルクルと回転しながら宙を舞う。
その隙をアニキは逃さなかった。
『衝撃波!』
波動弾とも言えるような青白い光を帯びた攻撃に、俺は息を呑んだ。
「天空属性に天空属性を掛け合わせた。大ダメージ必至だ」
アニキはいつになく戦闘モードだった。
そして吹き飛んだセレナの眼の色が変わった。
いち早く異変に気づき、駆け寄るレダス。
天空クロス斬りと衝撃波による攻撃で我に返ったか。
聞けば零社とギリシャ神話の神々が手を組んでいるとの事だった。
例のポセイドンもそのうちの一人か……。
「奴らが作った注射で人は凶暴になる」
フォックスやホワイトロックもその被害者か……。
その時、ビルの中から何者かが飛び出してきた。
「ソラ!」
「クレラ!」
「セレナさんに加勢するって嘘ついてきたの。レダスも無事で本当に良かった」
「アニキがメンバーに加わったんだ」
「それはそれは頼もしいね」
運命の人クレラとの再会を涙を浮かべながら喜んでいると脳裏に聞き覚えのある声が流れてきた。
『ハーディーズのサイだ。此方にはお前の連れのレインとアスカがいる。彼らについては心配するな』
あのレダスがカードゲームで対戦したサイか。
アニキが自身の回復薬をセレナに飲ませている所へ、何者かが翼をはためかせやって来た。
他ならぬクロウである。
俺達六人は零社のビルの前に再集結した。
霧がかった視界に、一気に希望が見えてきた。
本当はフォックスとホワイトロックさんが操られて少し落ち込んでたんだ。
クレラと再会し、アスカの居場所も分かった。
自分がサイに返事を返せないのがもどかしいが、きっと彼らは南の天空島へと続く魔法陣を目指すはずだ。
セレナも味方に加わったし、クロウも集結した俺達のオーラを察知したのだろう。
「この近くにどんな武器でもブラストの力を浴びさせる『命の泉』があるから行かへん?」
クロウの提案。
大剣ソーイアロはブラストの力とやらを必要としているだろうか。
寧ろアニキの名も無き剣を強化すべきと言える。
レダスも同じ事を考えていたようだった。
あのアニキの唯一の弱点は装備の貧弱さだった。
ブラストがどういう人なのか存じ上げないが「命の泉」 という程だからまあ強力だろう。
こうしてアニキは大事なひょうたんに入った回復薬をセレナに使ったわけだが、彼女がまた凶暴にならない事を願うばかりだ。
走りだした。
早くしないと零社から追っ手も来るかもしれない。
気づけば胸元のモリガンの御守りが、薄っすら光りっぱなしだった。
紅い眼の注射の本数には限りがあるそうで、クレラは打たれずに済んだようだった。
樹海は森へと変わり、命の泉はそこにあった。
自身の剣を綺麗な水色の泉に浸すアニキ。
名も無き剣の事を気に入っている節があったが、ポセイドン達との闘いに備えておくべきだった。
そしてセレナがパーティに加わったのも強力だと言える。
追っ手は来ない。
俺はサイからのテレパシーについて皆に話した。
エリザベスにしろサイにしろ心に語りかけられるのは本当に羨ましい能力だ。
レインとアスカはまだジン王国に、そしてフォックスとホワイトロックは零社とギリシャの神々サイドに、ナギサやナナシに対しても同様の事が言えた。
此処は六人で進むべきだ。
アニキとセレナの実力は折り紙付きだ。
いやレダスや俺だって!
クレラの白魔法では回復しきれないダメージ量だったとはいえ、あの時の凶暴化したセレナを捻じ伏せるほどの「アニキとの連携」ではなかった。
当たり前だアニキが仲間に加わったのは極々最近の事だ。
だが相性は良いと手応えを感じている上伸び代がある。
絆はこれから芽生えさせていくんだ。
セレナが我に返ったのは運が良かったが、同じ方法でフォックスやホワイトロックも戻せないだろうか。
命の泉は神秘的な場所だった。
いやこの森自体、神秘的と言っていい。
アルカディアから南の山までは大分距離がある。
樹海を越え森を越えるとヒロナ帝国ではなくなる。
そう、ヒロナ様の国はずっと北の方まで続いてるそうなんだ。
南には機械と魔法が両立している国があるって昨晩レダスが言ってた。
とにかくクレラやクロウと再会出来て本当に喜びが込み上げていた。
魂の再会。
抱擁を交わした時の温かみは現実世界では感じた事のないものだった。
告白は何時するか、キスのタイミングはどうなるか。
ああもう俺も年頃の男の子ですよ。
下心無しで美少女と接するなど無理がある。
でも彼女らを危険な魔の手から護る為に俺は強くなる、という気持ちもある。
なんてったってあのアニキと同じ潜在能力だからな。
物理攻撃のスペックは当然上を行くだろう。
それにこの世界に来てまだ一週間しか経っていないのだ。
これから旅の仲間の死を目の当たりにする日は来るのだろうか。
いや自分自身に死が差し迫ってもおかしくない。
それがこの世界「アルテマ」だった。




