第十話「イサベル号の出港」
夕方、俺達は港町ハーディーズに着いた。
紫色の篝火が至る所で見受けられ、オシャレな酒場のような建物で溢れかえっていた。
「一杯飲もう。ガキ共にはジュースを」
とフォックス。
派手な看板が目立つ煉瓦造りのバーに俺達は足を踏み入れた。
営業時間が始まったばかりだったためか、客はまだ一人しかいなかった。
隅の方の椅子に腰掛けた仮面の男。
寡黙でどっしりとした雰囲気を醸し出している。
「アレは『サイ』って名の客人だ。そっとしといてやってくれ」
三十歳くらいの店主が言った。
サイの方は仮面のせいで年齢が予測出来ない。
だがそこまで大柄ではなかった。
フードをスッポリ被っており、黒で統一したファッションだった。
ブーツがよく似合う。
そして只者ならぬオーラも若干感じられた。
「ウィスキーを頼もう。こいつらにはオレンジジュースを」
(おいフォックス、勝手に決めんな!)
とは言え別にオレンジジュースは嫌いじゃない。
飲み物が出されるまで席につく事にした。
「サイって人について何か知っているのか?」
仮面の男の方をチラチラ見るホワイトロック。
彼女がアスカや俺達以外に興味を示すのは珍しい事だった。
「うん……有名な指名手配犯よ」
と彼女は囁くように言った。
え、ヤベー奴じゃん。
でもここで会ったのはやはり偶然。
なんか気になるんだよなー。
「……坊や俺が気になるのか?」
まさかのサイの方から言葉が飛んできた。
声からしても自分とそこまで歳は離れてない。
坊やとは何だ!の代わりに「ま……まあ」と返す。
「その首飾りはエメラルドの塊と同じくらいの価値があるぜ。カードゲームで賭けてくんないか?」
セレナに貰った十字の首飾りの事を言っているようだった。
「仮に俺が勝ったら何が貰えるんだ?」
「そうだなー、俺はアンタみたいなガキは嫌いじゃねぇ。黄金の眠る天空島へと渡る魔法陣の地図をやろう」
黄金をくれるわけじゃなく島へとワープする魔法陣の在処を示した地図か。
セレナからの首飾りを賭ける気にはならねーなー。
「この首飾りはどういう効果があるんだ?」
「お前がカードゲームに勝ったら教えてやるよ」
ウィスキーとオレンジジュースが到着した。
どうやらフォックスはフライドポテトも注文したようで油で揚げる音が聞こえてくるのだった。
「やめとけ。嫌な予感しかしない」
フォックスがグビっとウィスキーを口にしながら、足を組んで言う。
そもそもどんなカードゲームだ?
見せられたのはハーフエルフ?の絵柄を一番前の表にしたデッキだった。
ナオミブラストと書かれてある。
妙に人間味溢れる絵柄のカードだった。
「その首飾りは使い方が分かっていないと価値は石ころ同然。逃げるのか?坊や」
サイがカードでイカサマをする可能性も無きにしもあらずだった。
だって指名手配犯だぞ?
「天空島とはホントに実在するんかいなー」
斜め後ろにレインが立っていた。
彼が黄金という言葉に引き寄せられたとは考えにくい。
夢やロマンと言った具合か。
こらアスカちゃんニヤけるな。笑。
「黄金があれば一生遊んで暮らせるぜ?さあ、どうする?」
元々現実世界でカードゲームに縁が無い訳ではなかった。
ナオミブラストの名は初めて耳にするが、今からルールを覚えてやってもいい。
「アルテマサーガ」と呼ばれるこのゲーム内で、どんなカードゲームが流通していると言うのか。
「私が代わりに勝負します」
手を上げたのはレダスだった。
そうかクリエイターの彼なら強いデッキを所持しているはず!
そもそも今からルールを覚えて戦うのは馬鹿げていると言えた。
フライドポテトを摘みつつ、サイ対レダスのカードバトルを見守る事となった。
「この首飾りどういう効果だと思う?」
「さあな。全く予想がつかないが」
俺に寄越せという言葉をフォックスは何とか飲み込んだようだった。
俺がオレンジジュースのコップに手を掛けた、その時だった。
『助けて!』
エリザベスの声だった。
脳裏に浮かんだ情景は雲の上の草原。
何者かに連れ攫われていく。
ハッと気づいた時、カードゲームは終わっていた。
どうやらレダスが勝利したようだ。
「チッ、約束だ。地図はくれてやる。それからその首飾りだがな、過去に倒した敵を召喚できる仕組みになっている。握りながら祈りを込めろ。好きな時に召喚できるはずだ」
「エリザベスがピンチだ。直ぐにでも地図の示す場所へ」
「え?」
顔色を変えたのはクレラ達だった。
レインが地図を受け取りテーブルの上に拡げる。
此処から南東に船で向かうのが最短か。
ガゼドに行く前に天空島に寄り道だ。
ついでに黄金奪取も視野に入れてやる。
「敵が……おるんか?」
珍しくクロウが口を開く。
緊張感から来る言葉というよりかは冷静そのものだった。
だが闘いを覚悟した態度、と俺は受け取った。
そしてその為の首飾りと言っても過言ではない。
過去に倒した敵で一番強いのはダンジョンのゴーレムか?
だが召喚獣にできるのは恐らく一匹が限界だろう。
使い所を間違えないようにしないと、取り返しのつかない事になる。
「天空島は最近追加されたコンテンツです。絶対に気を抜いてはいけません。それに……私も全貌を知ってるわけではないんです」
レダスの額には薄っすら汗が浮かび上がっていた。
「南東の港へ向かうにはイサベル号に乗るこった。幸運を祈ってるぜ」
指名手配されているサイを仲間に加えるべきではないだろう。
根っからの悪人という感じはしなかったが、またいつか会えるのだろうか。
イサベル号は真っ赤に塗られた木製の大型船だった。
今晩出港し、明日の朝には着くようだ。
アニキ達とは一旦違うルートを辿る事となった。
俺は闘技場で得た金貨の殆どを差し出し、八人をイサベル号に乗船させた。
ハーディーズには短い滞在時間になった。
だがそれでいい。
エリザベスはほっとけないし、ついでに人生一度くらい黄金探しの博打打ちもいい。
間髪おかずに進むべきだった。
この世界、アルテマに来て丸四日が経とうとしている。
両親は今頃心配してるだろう。
夜の海をゆくイサベル号は一見海賊船のような見かけだったが、実際は普通の旅客船と見て間違いなかった。
事は一刻を争うが船旅というのも悪い気はしなかった。
船の下部から突き出たオールがリズミカルに稼働していた。
飛空艇に比べると原始的な造りだった。
いつかセレナを仲間に加えられたら……!
だが彼女はあの騎士団の幹部だった。
船の看板に俺達の仲間はホワイトロックと二人きり。
他の者は船底で眠る準備をしている。
他の客人も数名居る中、悪くない沈黙が俺達を包みこんでいた。
それにしても彼女はどこか孤独を感じさせる女性だった。
彼女の妹と仲が悪いようには到底思えないが、裏魔法が関係するのか何故か寂しげだったのだ。
「アスカはビックリするくらい一途だよ〜。中途半端な気持ちで向き合わないであげてほしいな」
そんな予感はしていた。
大き過ぎる愛。
一見クレラの紹介という形をとっているが、大切な部分は自分で判断しているだろう。
高校でも水面下でモテている自信はあった。
だがこの世界アルテマの女性はかなり魅力的で、男である自分から働きかける必要性があったのだ。
そうだとしたらホワイトロックさんも恋愛対象に十分値すると言える。
「自分の心の中はどっちかと言うとゴチャゴチャだけど、なるべく女の子を泣かせたりはしないようにする」
十七歳にしては上出来だ、という眼をしたホワイトロックは波打つ海に視線を移した。
実は俺は小学校高学年の頃、苛められていた過去がある。
笑顔を忘れていたのもその頃からだった。
ホワイトロックさんがどういう過去を経験しているかは定かではないが、似たような辛さを口にしても不自然でない瞳だった。
「裏魔法って何で危険視されているの?」
踏み込んだ。
的確な答えは帰ってこないかもしれない。
それでも俺はこの人を護りたかった。
ソーイアロの大剣にアレサンドロの鎧。
上手く使いこなせば強力な力となり得る。
「良くは知らないんだけど裏魔法同士の連携技がどうとか……」
裏魔法同士の連携がこの世界にどういった影響があるのか。
それを恐れる者も居て、ホワイトロックやアニキは名前を偽っていると……。
俺が考え込んでいるとレインとクロウが潮風を浴びに来ていた。
どうもこの二人は意気投合している節がある。
「このパーティーのリーダーのお通りなり〜」
クロウもレインを慕っていたか。
確かに縁の下の力持ち、陰で努力できる力量がレインにはある。
頷き虹髪のレインと改めて握手を交わした。
フォックス達には既にその事は伝えてあるらしく、後は我々二人に伝えるのみだったか。
「良いと思う」
とホワイトロック。
これで正式にレインが八人のリーダーになった事になる。
吟遊詩人という職業の枠を超えてリーダーシップを発揮してくれる事に期待だ。
それにしても小学生の頃の苛めは壮絶だったぜ。
俺の心に暗い空洞を作らせるくらいに。
リーダーとして常に明るく振る舞うなど、今の俺には出来なかった。
「クロウもレインみたいにもっと喋ればいいのに」
言ってみた。
いつまでも壁を作らせるのも良くないという、俺の勝手な判断だった。
クロウは俺の二つ歳上で、余計なお世話かもしれない。
それでも居心地の良い関係を作りたいという気持ちに嘘は無かった。
「フフッ、ありがと」
意外や意外、礼を言われた。
この人こそ自分やホワイトロックに負けない辛い過去を持っている可能性も無きにしもあらずだ。
と、とにかく!
これで陽気なレインが八人の先頭に立ったわけだ。
異論はない。
異世界人である自分やレダスも、彼を認めている。
サイから受け取った地図によると、天空島へと続く魔法陣は山の上層部にあるらしかった。
つまり南東の港についたとて、まだ山を登る必要があったのだ。
(エリザベス、無事でいてくれよ……!)
黄金に興味がないわけでもない。
ただし先ずはエリザベスだった。
話した回数は少なくとも、どこか放っておけないお姫様キャラだった。
何より助けてとのテレパシーは自分の脳裏で再生されたのだ。
「今日はもう遅いでなー。ゆっくり明日に備えようや」
レインの言葉に頷き、俺達は船底に戻る事にした。
勿論自分達以外にも船の客人はいる。
三人に続き、船底への梯子を降りようとした、その時だった。
巨大なイカ型の生物。
ランタンに近い灯りが船の所々にあったから分かる。
あれは体長二十メートル超えの……化け物だ。
「クラーケンだー!」
何処かからそう叫ぶ声が聞こえた。
そして同時に現れた巨大な触手。
真っ赤に塗られたイサベル号にヒビを入れるには十分過ぎる威力だった。
俺が堪らず大剣に手を携え前方に躍り出る。
背後でホワイトロックさんが弓を構えている気配がした。
(クラーケン……あの銀竜すら上回るオーラだ……!)
大剣ソーイアロを構え睨みつける。
対象の濁った巨大な眼と目が合った。
ホワイトロックさんが矢を放つが惜しくも眼の二十センチ上に命中した。
レインが「ソラ、泳いで逃げる覚悟を決めろ!」と言っていた。
クロウが翼を広げ、船の上空を飛んでいる。
あの陽気なレインを命令口調に。
相手の危険度の針が振り切っている事を容易に想像させる。
(全く恐ろしい世界だぜ、アルテマ……!)
目を閉じた。
そして凄まじい衝撃音。
水が鎧の中に入ってくるとほぼ同時に俺は意識を失った。




