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第五話 故郷の異変

 馬車に揺られて特に問題も起こらず二十日程が経過し、アグノの村の近くの街カヌマに到着した。



「あぁー、やっと着いたぁ」

 長期間の馬車の旅で凝り固まった体をほぐすように伸びをしたり、腰を捻ってストレッチを行う。


「まあ 着いてはないんだけどね」

 ロルフにしてみれば暇でつまらない旅だった様だが、アグノにしてみればロルフという話し相手が居たので今までで一番の旅路であった。


 見る限りエデンと比べれば小さな街だが、周辺の村々の交易の中心地の様で色々な物が揃っている。

「今日は少し休んで、明日の朝出発しようか」


「そうしよーぜ、久々にふかふかのベッドで寝たい」

 ダンジョン内で寝泊まりした事もあるロルフも、ここまで長期間薄い布に包まれて寝るのは、肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていた。

 観光もしたいところだが、休みたい気分であった。


「取り敢えず宿を取ろうか。前に泊まった宿があるから」

 アグノに連れられて辿り着いた宿は、大衆宿といった風貌だった。


 ロルフが扉を開けると、ごつんと何かが扉に当たった音がした。


「うわっ」

 びっくり声をあげたロルフの目の前に現れたのは、顔に大きな傷跡が残る長身大柄の大男であった。見るからに穏やかそうでない更には歴戦の猛者といった風格にロルフはやらかしたと額に汗が流れる。


「ごめんなさい! おじさん! 扉の前に人が居ると思わなくて……」


 沈黙していた大男の顔をチラリと覗くも影で見えず、やっぱり怒っていると思うロルフであったが、大男はすぐに笑みを浮かべて謝ってきた。


「……悪りぃ悪い、こっちこそ邪魔だったな。それじゃ良い一日を」


「おじさんも良い一日をー」

 一言祈って去っていく大男にロルフも手を振りながら返す。


「……あの人すごい強そうだったね」


「そうだな、間違いなく俺達より強いだろうな。ま、俺なら余裕で逃げれるぜ。さっさと入ろーぜ」


「そうだね」

 中に入ると一階は受付兼食堂といった感じでいい匂いが漂っている。

 早速受付で一日分の金を払って鍵を貰う。二人部屋が空いていたので丁度いいとそこにした。

 エデンと比べれば値段も安く、ベッドも充分心地よくロルフも満足の宿屋だった。


「久しぶりのふかふかベッドォ〜」

 ロルフは溶けるようにベッドに寝転がる。


「休んでていいよ、買い出しとか馬車の手配はやっておくから」


「ありがとなぁ」

 そのまま寝落ちしそうなロルフを置いてアグノは明日の準備に出かける。

 食糧や消耗品、それから村の子供達へのお土産なども買っていく。

 色々と店を回っているとあっという間に日が沈み始めた。

 後は明日の馬車の手配をしに門の方へと向かう。


「あれ、今朝の人だ」

 昼に会った大男とその仲間と思しき数名が馬と馬車に乗って出ていくところを目撃した。


「この時間から旅立つなんて急いでるのかなぁ」

 夜になれば視界も悪く、注意して進まねばならない。

 日の出まで街で休んで出発したほうが良いのに、とアグノは不思議に思いながらも、馬車の手配を済ませて宿に戻った。


 寝ていたロルフを起こし、まだ眠そうなロルフとアグノは下の食堂で手早く夕飯を済ます。

 明日の出発早朝となる為、早めにベッドへ入る。


「なぁ、アグノの村ってどんな所だ?」

 一度寝てしまい寝付けないのかロルフはアグノに話しかける。

「どんなって普通の村だよ。畑があって羊と牛と鶏がいて、あと近くに森と川もある。村の皆んな顔見知りで、お店とかも殆どないのどかな田舎だなぁ」


「のんびり出来そうで良いところじゃん」


「そういうロルフはずっとカリオスに居るんだよね?」


「そうだなぁ、ナティ姉に拾われて育てられてかれこれ14年ほとんどカリオスに居たなぁ。こんな機会がなきゃこんな遠くまでくることもなかったかもなぁ」


「ちょっと待って、ナスティさんとロルフって実の兄弟じゃないの?」

 寝る前の雑談から飛び出してくるにはあまりに攻撃力の高いワードに思わず、ガバッと毛布を上げて起き上がる。そこまで迫っていた眠気も吹っ飛んだ。


「言ってなかったっけか? 森に捨てられてた赤ん坊の俺を見捨てられずに拾って来たんだと。その時はナティ姉は冒険者で、俺はナティ姉に憧れて冒険者になった」


「そんな経緯があったんだ。じゃあ、前はナスティさんと一緒にパーティを組んでたの?」

 アグノの疑問にロルフの表情は暗くなる。しかし、暗闇の中でアグノが気付くことはない。


「まぁ、な。色々とあってナティ姉は冒険者を辞めた。また、今度話すよ。ふぁー、そろそろ眠くなってきた、おやすみー」

 わざとらしく大きなあくびをし、アグノに背を向けるよう寝返りを打つ。それがアグノには話したくないと言っている様に思えた。


「おやすみ、ロルフ」

 アグノとしてはもう少し聞きたかったが、いつか話してくれれば良いと思いながら眠りについた。




 ◇




 翌日、日の出共に起き出発の支度を終えると、御者の元へと赴く。

 一つの馬車の上でキセルを吸う老人にアグノは声をかける。


「ダリさん、今日はお願いします」


「任せときな」

 ダリと呼ばれた老人の御者は人の良さそうな笑みを浮かべる。


「俺はロルフ、よろしくダリさん」

「おう、よろしくな」

 挨拶も終えて早速出発した馬車は何のトラブルもなく旅の終わりを迎えようとしていた。


 しかし、そうはならなかった。


 初めに異変に気付いたのは馬車の外で馬を走らせているダリであった。


「ありゃ、燃えてるな。おい、奴さん達どうするよ」

 後方に乗るロルフ達に向けて声を上げるダリ。


 それを聞いて二人は荷台から身を乗り出してその方向を見る。

 丘の向こう側から黙々と黒煙が立ち上るのが見えた。


 アグノの顔はみるみるうちに蒼白となる。

 嫌な想像がアグノの頭の中で反芻する。ただの火事ならまだ良いが、盗賊や山賊に襲撃されたなんて事も考えられる。


「近くまででもいいのでお願いします」

 頭と体とは正反対にアグノは淡々と言う。


「あいよ、できるだけ飛ばすからぁ、その間に頭冷やしなぁ」


「……はい」

 アグノの緊迫した表情にロルフはただ見守るのみであった。


 ◇


「こりゃあ、酷い」

 長い歳月を重ねた老人は変わらぬ顔つきで呟いた。対してロルフは顔を大きく歪めた。

 アグノが暮らしていた村は今にも崩れそうな程燃え落ちた家屋が並び、人や家畜が倒れ地獄絵図と変貌していた。



「なんでこんなことに!」

 目の前の光景に膝から崩れ落ち俯き、悔しさに唇をかみしめ拳を振るわせる。



「まだ生きてる」

 視界の端に映った横たわる男。

 その男の胸が上下に動いて呼吸しているのが見えた。


「取り敢えず、手当しよう」

「うん!」

「ダリさん、馬車の荷物を持ってきて」

「分かった」


 ダリに荷物を持ってくる様に指示して、ロルフは男の服を脱がせ傷を確かめる。

 腹にナイフで刺された様な傷が見える。

 血は殆ど止まっている様子で、これなら何とかなりそうだった。


「血も止まってるし大丈夫そうだ。アグノは他の人を見に行ってくれ」


「分かった!」


「荷物取ってきたぞ!」

 丁度よくダリが荷物を抱えて戻ってくる。

「ありがとう!」

 ロルフはカバンの中から包帯を手に取り、器用に男の腹に巻きつける。


「よし、次だ」

 ロルフとアグノは次々に地面に横たわる男たちに応急処置を施していく。

 倒れていた人は計12人その全てが男であった。そして不可解なことに致命傷を受けているものはおらず、全員が生存していた。倒れている女や子供が見当たらなかったことから、ほかの人は攫われた可能性も考えられる。


 粗方怪我人を探し終えとにかく情報がなく、村の男が目覚めるのを待つしかないかというところで、森の方を捜索していたアグノがロルフへ呼びかける。


「ロルフっ、こっちだ!」

 村を捜索していたロルフは全速力で森の方へと走る。


「あっ……!」

 森の浅瀬の所、特に変わったところのない木の前にアグノと同じ歳ほどの少女が立っていた。

 アグノの顔を見れば今にも泣き出しそうな程瞳が潤んでいた。


「ロルフ、彼女は村長の娘のティアだよ。ティア、僕の友達であり命の恩人のロルフだ」


「この度はアグノだけでなく、私たちも助けていただきありがとうございます、ロルフさん」

「礼を言うのは後だな。こっちも情報が足りなかったから元気なやつがいて助かった」


「ロルフも手伝ってくれ、まだ()()居るんだ」


 ロルフは不思議に思いながらもアグノが視線をやった木を見る。その木は子供一人が入れる程の空洞が出来ており、その中を覗くとぽっかりと穴が空いていた。

 暗い中を目を凝らしてみればそこには子供の姿が見えた。


「ああっ、分かったっ」

 ロルフは驚きながらも穴の中に入って一人一人担いでいく。それをアグノが上から引っ張っていく。

 冒険者が二人もいれば力作業は数分程で終わった。


「全部で十三人か」

 子供が十人に比較的若い夫婦が一組、そして白髪の老婆が一人。


「「兄ちゃん!」」

「イグニ、ウェニィ! よかった無事で!」

 アグノは兄弟との再会の抱擁を交わす傍らで、ティアから話を聞く。


「よくこれだけの穴を掘って隠れられたな」


「それは、私のスキルのおかげです。数日前に村長の娘である私に紋章が現れたんです、まるで奇跡ですよ」


 彼女の服から垣間見える胸に紋章がしっかりと刻まれていた。

 話を聞けば数日前に紋章が発現し、これまた幸運にも土を操作出来るスキルを手に入れた。村の男たちが抵抗している間に近くにいた子供たちを中心に森に入り、スキルを使い土を掘ってその中に身を隠していたようだった。

 ティアが言うように奇跡といっていいほど幸運だ。


「そうだね、抵抗していた村の人もけがはしてるけど無事だった。取り合えず、ダリさんのところに戻ろう」

 兄弟の手を握るアグノがこちらに戻ってきて、そう提案する。


「そうだな、一度戻ろう。道中話を聞かせてくれ」

「ええ、分かりました」

 ロルフ達は村の人たちを連れ、情報共有をしながら御

 者であるダリの元へと戻る。


 道中聞いた話をまとめる。

 事が起こったのは凡そ一時間ほど前、武装した男達が村に現れた。

 そして、片っ端から家を荒らし始めた。それを見ていたティア曰く、金目のものをと言うよりは何か目的のものを探しいる様な雰囲気だったそう。

 勿論それを止めようとしたが、男は切られ女は気絶させられ馬車に詰め込まれていった。そして、ティアの父朝である村長や老人なども連れて行かれた様だ。

 しかし、馬車が何処に行ったのかも、男達の目的が何なのかも分からない。

 単なる略奪にしては、死人が出ていなかったり、老人までも連れていくのと言うのは些か不可解だ。探していたものというのも気になる。


「生き残りがいたか、良かったな」

「えぇ、色々とありがとうダリさん」


「お前さん達はこれからどうすんだ?」

「その事なんですけど――」

 村の入口の方に馬車を停めたダリとロルフとアグノのみで話をする。ティアの話から状況をまとめ伝える。


「――ということで、一度村の皆んなを預かって欲しいんです」


「預かれって言ってもなぁ、俺の馬車一台じゃ怪我人だって全員乗るか分からん。そもそも、あんたら帰ってくるかも分からんだろう? そうなったら誰が面倒見るんだ? 助けてやりたいのは山々だが、そこまでする義理はねぇな」

 ダリの意見は最もだ。攫われた人達を助けに行くとして、村の蹂躙の様子から見ても紋章持ちがいてもおかしくない。そもそも見つけられるかも分からない。


「ダリさん、馬車の金全部持って行ってくれ。それとカリオス、エデンがある街にナスティっていう冒険者職員がいる。もし、一週間も近くの街(カヌマ)に戻らなかったらそいつに全部丸投げしていい。だから頼む」

 無茶苦茶なお願いだと分かっていながらロルフは頭を下げる。

「それとは別に僕のお金を村の皆んなに預けます。少なくとも一ヶ月は全員が食べていけるだけのお金です。だから、僕からもお願いします」

 アグノも必死になって頭を下げる。


 ダリは二人の懇願を見て、困り果てたように頭を搔く。

 何拍かおいて答える。

「――わあったぁ、全員無事に送ってく。若ぇのに怪我人背負わせりゃ何とか馬車にも乗るだろうしな」


「ありがとうダリさん!」

 二人はぱっと頭を上げる。


「但し、 絶対生きて帰ってくること。特にアグノの兄ちゃんはあの子らを置いて行っちゃ行かん。分かってるな?」


 二人の顔はぎゅっと引き締まったものへと変わる。

「「はいっ!!」」




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