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第二話 異変

 ロルフの稼ぎの大半はレアモンスターの魔石やドロップ品だ。

 他のモンスターよりも倒しずらい代わりに良いドロップや品質の高い魔石を落とす。

 レアモンスターには大体二種類のタイプがあり、通常よりも強力なモンスタータイプ、そしてとても弱いが逃げ足が恐ろしく早いタイプ。

 ロルフが狙うのは当然後者である。ロルフであれば、後者のタイプに追い付くことが出来る、そしてロルフよりも弱いためスキルが発動することも無い。


 レアというのは遭遇しずらいという意味もある。しかし、そのレアモンスター達は弱いが故に身を隠すのが上手かったり、足が速かったりする。逆に言えば、奴らが縄張りとしているのは他の冒険者やモンスターがあまり居ない場所に絞られる。そこで一日張り付いていれば、一日に一体程は見つけられる。


 ロルフは第九階層に来ていた。ここは森林が広がり、迷宮光と呼ばれる擬似的な太陽光が差し迷宮内でも地上に近い気候となっている。

 しかし、一見いい環境に思うが、火系統のスキルや魔法は火事の元となるので忌憚され、地面に露出した木の根があちこちに張り巡らされており足場も悪い。武器だって長物は使いずらく、茂みからいきなり襲われることも多い。

 そんな理由から大抵の冒険者は戦闘を避けて最短ルートを通る。

 しかしロルフは主にナイフを用い、速度を生かした奇襲必殺を得意とする。隠れる場所の多い森は寧ろ相性が良かった。


「いた」

 いつものように木の上から獲物を待つこと数時間、一角のツノを額に生やしたうさぎ姿のモンスター、アルミラージュが低木の影から姿を見せる。距離にして十五メートル程。

 しかし、何かおかしい。

 ロルフがそう感じたのは見つけてからすぐのこと。


 他のモンスターより何倍も臆病で慎重なはずのアルミラージュが脇目も振らずにロルフのいる方向へと全速力で駆けている。


 不審に思いながらもロルフは木の上から狙いを定め、距離三メートル程のところで疾駆逐電(ドゥラペテーヴォ)を発動し鷹の如く、握り締めたナイフをアルミラージュの横っ首に一瞬にして突き刺す。


「キュッ!」

 短い悲鳴を残し、黒色の灰燼となって空気に溶け込んでゆく。アルミラージュのいた場所には掌程の魔石とアルミラージュのツノがドロップしていた。


「ツノが落ちたのはラッキーだな」


「でも正面からだったのに直前まで気づかなかったな。それだけ焦ってたみたいだけど。まるで、何かから逃げていたような」


 あれほど焦ったように逃げるアルミラージュを見たのは初めてだ。

 もし、迷宮に異常が発生しているなら情報提供だけでも相当な額の金が貰える。


「……少し調べるか」

 ロルフは悩んだ末に調べることに決めた。たとえ、格上のモンスターであっても逃げることだけなら出来るだろうという自負があったからだ。


 ロルフは隠密行動を心掛けながらも急いでアルミラージュがやって来た方向へと向かう。





 ◇





 アグノは冒険者とは無縁の農村で生まれた無垢な少年だった。


 転機はアグノが十二歳の頃だった。


「痛っ」

 いつもは日の出の時間に起きるアグノであったが、真っ暗闇の中その日は痛みによって目が覚めた。

 咄嗟に目を掌で押さえるが痛みは変わらない。しかし、数秒もせずに痛みが引き、恐る恐る目を開けると同時に目の前に紋章が見えた。


 紋章が発現したのだ。


 アグノが両親にそれを話すと二人は大喜び。

 アグノの故郷、帝国ではかなりの好待遇で騎士になれるし、そうでなくとも食いっぱぐれることはない。それに、紋章とは神に選ばれた証と考える者も少なくなかった。

 村は大騒ぎとなり、アグノを送り出す宴が始まった。

 アグノの本心とは裏腹にトントン拍子に話は進み、一ヶ月後には故郷である村を去ることになった。

 家族と離れるのは胸が引き裂かれるような思いだが、自分がいなくなることで弟や妹が腹いっぱい食べれると思えば、簡単に我慢できた。

 家族や村の皆に、何になるんだ、何処に行くんだと聞かれた時殆ど無意識に冒険者と答えていた。

 しかし、ふと自分の口から出た言葉が一番しっくりきた。冒険をしなければ、冒険者は死なない。実力以上の場所に行かなければそうそう死ぬことも無く、お金が稼げる。そして何よりも自由な世界であった。


 アグノは一ヶ月程ゆっくりと時間を掛けて一番近いと言われた迷宮であるエデンへ向かい、冒険者となった。


 初めこそ村にいた時より苦労したが、三ヶ月もすれば何人もが雑魚寝するようなボロ宿から一人部屋の宿になり、水準は低いが生活も安定した。


 アグノには才能があったのだ。

 基礎能力もそこらの駆け出しよりも随分高く、二ヶ月程でスキルも発現した。


 農村生まれの小心者で、欲がないアグノは堅実に冒険をし、力を伸ばしていた。


 しかし、無欲だろうが強欲だろうが、堅実だろうが、無謀だろうが、なんの条件も鑑みず迷宮は牙を剥く。


 アグノの目の前の地面が木々を飲み込みながら亀裂を走らせる。

 これはヤバい、とアグノの本能が告げる。


 そして、胎児が母体から這い出すようにそれは亀裂の先から現れ、立ち上がる。


 神を喰らい、神々が創ったその足枷さえも破り下界に降りてきたと言われるモンスター。

 四メートルはある体長に神々しさすら感じさせる純白の毛並み、四足に付けられた銀色金属の足枷にアグノを見下す黄金の眼。


 種族系統(ナンバーズ):Ⅰ 神獣(フェンリル)

 学のないアグノでさえも知っている。神話の世界に描かれる特別なモンスター。


「うッ、はァはっ…………!?」

 あまりの威圧感に全身から冷や汗が止まらず、空気が鉛のように重たく思うように吸えない。


 フェンリルはその腕をゆっくりとアグノに向けて振り下ろす。


(動けッ! 動けッ! 動けッッ!!!)


 鳴り響く轟音にフェンリルの前足の下、円形上に出来たクレーター。

 巻き起こる旋風にアグノの体は吹っ飛ぶ。


「がっ!」

 木の幹に背中から打ち付けられた衝撃が肺の空気を残らず吐き出させる。それだけでなく呼吸も浅く繰り返すことしか出来ない。


 フェンリルは不思議そうに自身の足元を覗き、何度も確認する。まるで赤子が目の前のことを不思議に思うように。

 そして、遠くで蹲るアグノを捉えると思い出したかのように俊敏に動き出す。


「くっ!」

 恐怖で、痛みで、動かない体を無理やり起こして、アグノは走り出す。


「うわあぁぁぁぁ!!!」


 アグノは木々の間を縫って身を隠すように進むが、フェンリルは小枝のように木々を折りながら直線的に追いかけてくる。

 アグノの速さでは俊敏なフェンリルにものの数秒で追い付かれる。


 逃げる背中を捉えたフェンリルがその獣腕を横に振る。


 高い耐久を誇るプレートアーマーを軽々凹ませ、いくつもの木枝や木の葉を突き抜ける。


「動、けぇぇぇッ!!」

 今ので、骨にヒビが入った感触がして猛烈な痛みがアグノを襲う。それでも気合と共に身を捩り、空中で受身を取ろうとするも間に合わず再度背中を木に打ち付ける。


「ヵ……ッッ!!!」


 その衝撃は先程の比ではない。木枝で緩衝された筈なのにその威力は劣るどころか倍以上だった。


 迫り来る死の恐怖ですらもう体は動かず、アグノは心の中で祈った。


(父さん、母さん、イグニ、ウェニィ、ごめん。皆より先にあの世に行くみたいだ)


「ぁぁ、最後に会いたかった」

 自身が潰れる衝撃を想像し、アグノは静かに瞼を下ろす。

 汚れた頬に閉じた眼から涙が一筋流れる。


 しかし、死んではいなかった。


「ギュルゥゥッッ!!!」

 代わりに耳を劈くような獣の絶叫。

 何が起こったのか分からないまま目を開いたアグノの目の前には、左目にナイフを突き刺されたフェンリル。


 そして、今にも逃げ出しそうな程震える少年がいた。




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