戦術家の娘
修道院に戻ったイサキオスは、ヤンの誘いに乗るかどうかをずっと考えていた。
西の遺跡といえば、前に荷物を届けた場所だ。
そこを襲撃しようというヤツがいる。
助けてやる義理はないのだが、なぜだか許せない気持ちが湧きあがってきた。
大学の連中は研究をしているだけで、悪いことなどしていない。たぶん。だから攻撃されるべきではないのだ。
夕飯にさえ集中できなかった。
「お口に合いませんか?」
見かねたらしいアラクネが、やや皮肉っぽい態度で咎めた。
きっとイサキオスが食事をするような顔じゃなかったせいだろう。
「いや、うまいよ」
「そうですか」
すっとメガネを押しあげ、それ以上は追求してこなかった。
が、レミは違った。気になることは聞かずにいられないタチだ。
「あんたまたなんか悩んでんの? なんなの? 言いなよ?」
「お前には関係ない」
「は? 関係ない? あたしはあんたの護衛なの! 知る必要があるの! 言いなさいよ。言うまでパンのおかわりはナシだから」
「仕事の話だ」
するとレミは身を乗り出してきた。
「そういえば、あんたひとりで街に行ってたわね! このあたしを置いて! なにしてたのよ! 言いなさい!」
「だから仕事だ。西の遺跡で……」
「受けたの?」
「まだだ。金額も聞いてない」
イサキオスがそう答えると、レミは自分の椅子に座り直した。
「やめたほうがいいよ。あそこ、危ないから」
あきらかにテンションがさがっている。
彼女はそこで負傷したのだ。嫌な記憶がよみがえったのだろう。
イサキオスもそれは承知している。
「お前は来なくていい」
「えっ?」
「もし行くとしても、俺ひとりで行く」
「でもそれ……。あたし、護衛なのに……」
「頭のキレる戦術家がいてな。そいつの考えでは、俺さえいればなんとかなるそうだ」
「そう……」
イサキオスにしては珍しく気を使ったはずなのだが、逆にレミを落ち込ませてしまった。
「ちゃんと喋ったんだから、パンを食っていいよな?」
「うん……」
夕食を終えると、イサキオスは修道院の裏手に回り、ハルバードを振り回した。
長い棒状の金属というだけでなく、先端にいろいろついているから、少し振っただけで身体を持っていかれてしまう。扱うにはパワーだけでなくコツも必要だ。定期的に訓練していないと武器に振り回されることになる。
幸い、満足な食事は得られている。体力に問題はなかった。
月はそろそろ満ちようとしている。
遠方ではオオカミの声。
まれに家畜が襲われることもあるらしいが、修道院の近くでは見かけない。
適当に切り上げて中へ戻ると、アラクネが仁王立ちしていた。
「イサキオスさん! ちょっとお話が!」
「なんだ?」
礼拝堂の脇にテーブル席がある。
そこへ座らされた。
アラクネも腰をおろすと、テーブルに革袋を置いた。ガチャリと銀貨の音が鳴った。
「これ!」
「金か?」
「そうです! 明日、街でレモネードを買ってきてください! 樽で! 帰ってきたら、お詫びということで聖女さまに献上するのです! いいですね!」
「さっきのことか? でもこの金、たぶん俺の……」
「ご安心を! たしかにあなたのお金ですが、帳簿上は修道院からの支払いということにしておきますから!」
「そうするとどうなるんだ?」
「あなたのお金は減らないということです! 密造酒で信じられないほど儲かる予定なので! 最終的な帳尻は合いますから! いいですね!」
さっきから声がデカい。
かなり怒っているようだ。
「分かったよ。だが、そんなにがなってると、あいつらに聞こえるぞ」
「そうでした。とにかく頼みましたよ? あなた、びっくりするほど暇なんですから」
「ああ……」
自慢のハルバードで薪割りをするほかは、まったく修道院の役に立っていなかった。いや、風に飛ばされた洗濯物を木からおろすときも役に立った。だが、それだけだ。
*
翌日、イサキオスは街へ出た。
片道一時間。
日の出と同時に出てもいいくらいだ。
最初に向かったのはバケツ酒場だった。
「カラス」
「あんたは初めてじゃないから、もう合言葉はいい。それと、正しくはワタリガラスだ」
受付で武器をあずけ、イサキオスはミゲルのもとへ向かった。
「新しい情報は入ってないぞ。俺は森の専門家じゃないからな」
イサキオスが森のことばかり尋ねているせいか、ミゲルはそんなジョークを言うようになった。
「今日は仕事の相談に来た」
「やっと俺の本業を思い出してくれたのか? 嬉しいよ」
「西の遺跡についてだ」
「いいぜ。荷物を運べば100リブラだ」
「そうじゃない。襲撃があるそうだな?」
この言葉に、ミゲルは微笑のまま天を仰いだ。
「そう来たか。誰から聞いた? あの赤鼻か?」
「そうだ。あの赤鼻だ」
「あいつは口の軽いヤツじゃない。あんたに喋ったってことは、信頼したってことだろう。ま、いいさ。俺もあんたには期待してる。くだらない駆け引きをするタイプにも見えないしな。あんたのことだから、きっと護衛のほうを受けるんだよな?」
「そうだ」
ミゲルはしかし首を縦には振らなかった。
「あー、だがな、たまには俺のお願いも聞いちゃくれないか?」
「お願い?」
「うちには、いろんな組織から依頼が舞い込んでくるんだ。基本的には一律でハネてるんだが、中には成功報酬を上乗せしてくるヤツもいてな」
「それが?」
「大学には悪いが、襲撃側に成功して欲しいんだ。あんた、そっちを受けちゃくれねぇかい?」
「……」
あの遺跡を襲撃して、大学の研究員を襲うということだ。
「それはできない」
「おそらく大学は、ひとりあたり250リブラで依頼を出してくる。そして襲撃側は150リブラ。だがあんたが参加してくれるなら、俺からボーナスをつけてもいい。300リブラだ」
いきなり額が倍になった。
だがイサキオス、金だけが目的で来たのではない。
「こ、断る」
「まあ聞け。ヤンのおっさんにもボーナスをつける。あいつは部隊を率いた経験があるから、隊長クラスの待遇を予定してる。500リブラだ」
「……」
それだけあれば、ヤンの娘も勉強を続けられるかもしれない。
だが、果たしてそれでいいのだろうか。
「ま、すぐに答えを出す必要はない。期日まではまだ猶予がある。このあとヤンの家に行くんだろ? 額を伝えてやれよ。きっと考えを変えるぜ」
*
かくしてイサキオスは、ヤンの自宅を訪れた。
まず娘が出た。
髪を三つ編みにした、無表情な女だ。
「ああ、あなたは昨日の。父なら中にいますよ。どうぞ」
「悪いな」
家財がないから、空洞みたいな家だ。
娘は階段で読書。
イサキオスがリビングに入ると、ヤンが床に寝そべっていた。
「お、なんだ。俺の話を受ける気になったか?」
「バケツ酒場に行ってきた」
「例の話をしたのか?」
「あんたを500リブラで雇いたいそうだ。ただし、襲撃側としてな」
ヤンはニヤリと笑みを浮かべた。
「500か。で、大学側だといくらだって?」
「250リブラ」
「あの野郎、ウソついてやがるな。それは一般クラスの募集額だろ? きっと隊長クラスなら同じくらい払うさ」
「かもな」
「お前はいくらだって言われた?」
「300リブラ」
ヤンは仰向けになった。でっぷりとした腹だ。
「ふん。安いな。俺だったらもっと出すぜ。資金さえありゃな」
「どうするんだ? 俺は襲撃なんかしたくないんだが」
「あー、ちょっと待て。少し考える」
ヤンはそう告げるなり、目をつむり、眠ったように動かなくなった。
時間だけが過ぎてゆく。
ヤンの腹が鳴り、娘の腹も鳴った。ひもじい生活を送っているのだろう。
やがてヤンが飛び起きた。
「よし分かった! 俺は襲撃側につく。お前は大学側につけ」
「いいのか? 敵同士になるぞ?」
「まあそうだな。しかし被害を最小限に食い止めることはできる。おい、ヤスミーン! お前は大学側だ!」
するとヤスミーンはパタンと本を閉じた。
「父上、いい加減にしてください。女が戦場に立つなど、考えられません」
「だったら、なぜ戦術書を読んでいる? 戦術家として隊を率いるのがお前の夢じゃなかったのか?」
「ほかに本がないから、仕方なく読んでいるだけです」
「お前の懸念は分かるぜ。この手の仕事を受けるのは、食いつめた連中ばっかりだ。無学、無教養、女と見るやナメてかかる。お前の言うことなんか誰も聞きやしないだろう」
「珍しく意見が合いますね」
「だが今回はイサキオスがいる! こいつがお前の兵隊となるんだ!」
ヤスミーンは目を細め、イサキオスを見た。
「彼が?」
「こいつは度胸だけはある。前進しろと命じれば、素直に前進するぞ。敵が何人いようがな。まずはそこから始めろ。お前の策が当たれば、他の連中もすぐ従うようになる」
「面白い」
ヤスミーンは少女とは思えぬ表情を見せた。
獲物を狙うキツネのようだ。
彼女は階段からおりると、ふたりのそばへ来た。
「一番面白いのは、敵の指揮官が父上ということです」
「言っておくが、降参したらそこで攻撃をやめるんだぞ? 俺の首まで取る必要はねぇ」
「ええ。分かっていますよ、父上」
優しい声が出た。
すでに切り落とした首に話しかけるような余裕さえ見えた。
彼女は、そしてイサキオスへ目を向けた。
「イサキオスさま、これまでの非礼をお詫びします。今後は、ともに手を取り合って戦いましょうね? 期待していますよ、私の戦士」
「お、おう……」
勝手に話を進められてしまった。
しかしこれなら、どちらが勝ってもヤンかヤスミーンに金が入ることになる。対立する両陣営から報酬をハネているミゲルのように。
*
小さな樽でレモネードを買い、イサキオスは修道院へ戻った。
「あたしへのお土産があるそうね!」
すでにアラクネから聞き出したらしいレミが、入口のところで待ち構えていた。
「レモネードだ。昨日のお詫びだとよ」
「『だとよ』? あんたの気持ちは!」
「悪いと思ってるよ。だから買ってきたんだ」
「そうよね! ほら、入って。一緒に飲みましょ」
こういうとき仲間にも分けようとするのは、レミのいいところだった。
食堂ではエイミーが座っていた。
彼女はテーブルに両肘をつき、どこか神妙な態度だ。
「エイミーも飲むわよね!?」
レミの誘いに、しかし彼女はかぶりを振った。
「大変ありがたいのですが、いまは遠慮しておきます。いや実際飲めないでしょ、という話ではなくですね」
「なんかあったの?」
「すでに完成間近なのですよ、私のビールが……。しかし問題が! ああ、神よ! なぜこのような試練を!? この体では味見ができなぁーい!」
ダン、ダン、とテーブルを強打した。
骸骨である。
もちろんビールを飲むことはできない。
アラクネが困惑顔で地下から戻ってきた。
「味は問題ないと思うのですが……」
「私が飲めなかったら意味がないのです! 浴びるように飲む予定だったのに! そしてね! なぜ私が全裸だったのか思い出しましたよ! 当時の私はビール造りに没頭するあまり、ついビールを作りすぎてしまいましてね! 捨てるくらいならとビールの海で泳いだのですよ! おかげでこのザマに……」
死因がビールというのは事実のようだ。
エイミーはぷるぷると震えた。
「私に肉体さえあれば……」
凄まじい執念だ。
イサキオスはふっと笑って椅子へ腰をおろした。
「もしかすると、神が秘術を隠してるかもしれないな。そいつを使えば肉体を得られるかもしれない。俺と一緒に戦わないか?」
「なんですって……」
エイミーがふるっと身を震わせた。
もちろんイサキオスの発言に根拠などない。ただ、神ならなにかしら知っているのではないかと思っただけだ。
必死のエイミーにしかし冗談は通じなかった。
「神が秘術を……。分かりました。このエイミー、ビールのためなら悪魔にでもなりましょう」
(続く)




