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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
21/35

コンフリクト

 数日後、古代遺跡――。

 日は落ち、フクロウの鳴き声が森を支配していた。

 ときおり吹き抜ける風が葉をゆすり、月光が影を躍らせた。

 遺跡のブロックは、ただじっと夜露に濡れている。


 遺跡の正面には、武装した一体の人影。

 これはカカシだ。人間ではない。

 敵の遠距離攻撃をこいつに集中させて、まずは敵の居場所を大雑把に把握する作戦だ。


 ミゲルからの推薦もあり、ヤスミーンは隊長となることができた。

 隊長に志願した他の冒険者もいたのだが、そいつは文字も読めず、戦術の提案もできなかった。会議の席でヤスミーンに論破されてしまい、いまはおとなしく控えている。

 ヤスミーンには最初から二名の部下がいた。ひとりはハルバードを手にしたイサキオス。そしてもうひとりは、覆面の修道女エイミー。

 数日前、どうしても実戦に出たいとエイミーが言い出した。ビールが飲めない怒りを、戦闘で発散したいというのだろう。ただし魔法は使えないから、メイスを手にしている。


 作戦はシンプルだ。

 敵は遺跡にあるなにかを狙っている。だから遺跡ごと壊したりはしない。イサキオスたちはギリギリまで遺跡から出ない。

 敵が矢を撃ち込んで来たら、防衛側の射手が撃ち返す。ただし当てなくていい。敵を挑発して遺跡の前までおびき寄せる。

 そこでイサキオスとエイミーが応戦する。

 取り逃がした連中を、別部隊が叩く。


 ただしこの作戦には隙がある。

 冒険者たちも、ヤスミーンの命令を聞かない可能性がある。

 想定外の事態が起きたとき、それがヤスミーンの腕の見せ所だ。

 そもそも敵は赤鼻である。想定通りの展開になるわけがない。想定はあえてルーズにしておいて、事件が起きてから対処したほうがいい。


 まずはヤスミーンの想定通り、カカシに矢が撃ち込まれた。

 だがほんの数発だ。それが人間でないことは襲撃者も察知しただろう。

「射手、撃ち返して」

 ヤスミーンの指示で、冒険者たちがクロスボウを放った。暗くてよく見えないが、茂みをゆすったようである。


 これは戦争ではないから、兵糧攻めはない。夜が明けるまでに決着がつく。なにせその分の給料しか支払われていないのだ。

 時間をかければかけるほど防衛側の有利となった。


 なのに、襲撃側は慎重である。

 ヤスミーンはいかめしい鉄兜をしているが、胴体は平服のままである。金がないのだ。兜もミゲルからのレンタルである。

 初めての実践だからか、緊張の色が見えた。

 イサキオスは声をかけた。

「なあ、どうすんだ? 動きがないぞ」

「焦らないで。こちらから攻めるメリットはありません」

 しかしイサキオスはともかく、他の冒険者たちは焦れていた。

 ただでさえ夜の森は怖い。しかも不気味な古代遺跡。敵に囲まれている。すぐそこに敵がいるのに、ただ「待て」と命じられている。隊長は実戦経験のなさそうな小娘だ。


 なにかが飛んできた。

 ガシャンと音がして、遺跡の壁に命中。

 透明な液体が飛び散っている。

「なんだ? 攻撃か?」

「毒じゃないだろうな」

 冒険者たちが慌てている。

 ヤスミーンは目を丸くしている。

 なにを投げ込まれたのか分からない。

 ただ、エイミーだけがなにかに気づきかけていた。

「ビールではないようですね」

 もちろんそうだろう。

 また投げ込まれた。何度も投げ込まれた。そのたびに遺跡の壁にぶつかり、中身の液体を散らした。

 冒険者たちは怒鳴り返した。

「ヘタクソ!」

「当たってないぞ!」

 いや、当たっていたのだ。

 エイミーがカタカタと震え始めた。

「あの、これ……油では?」


 暗闇の奥に、ぽつぽつと小さな火が見えた。

 ヤスミーンもようやく悟ったらしい。

「みんな! 中へ避難して! 火矢です!」


 そう。

 遺跡は燃えない。

 しかし油を撒けば燃える。それも表面だけが。


 矢が飛来し、ごうと音がして油に引火した。

 冒険者たちは慌てて中へ退避。

 そこだけ昼間のように明るくなった。


 表に布陣することはできない。

 つまり、敵は反撃されることなく、悠々と遺跡に近づくことができるということになる。

 事実、かなりの数の足音が近づいてきた。


 冒険者のひとりがヤスミーンに詰め寄った。

「おい! どうなってんだ! お前がモタモタしてるから、追い込まれちまったじゃねーか!」

「ひっ」

「なにが戦術家だ! 偉そうにあれこれ語っておいて、全部ハズしてるじゃねーか!」

 しかしイサキオスが割って入った。

「ケンカはあとだ。いまは仲間同士で争ってる場合じゃない」

「お前はいいのかよ? こんなガキに命令されっぱなしでよ! 俺はゴメンだ。こっちは勝手にやらせてもらう!」

 不利になると、すぐさま仲間割れを起こす。

 寄せ集めのチームではよくあることだった。


 火がおさまれば、敵は大挙して遺跡内に突入してくるだろう。

 通路は狭い。

 そこで戦えばどうしても一対一になるから、もし全滅するまで戦えば、数の多いほうの勝利となる可能性が高い。

 ヤスミーンは涙目になってこう告げた。

「あの、奥へ……奥へ引き込みましょう」

「は? それで? あの大学の連中と一緒に戦うのか?」

「いえ、その手前で……」

「やってられるかよ! 俺たちはここで戦う!」

 するとヤスミーンはすがりつくような態度でこう続けた。

「じゃあ、イサキオスさんとエイミーさんだけでも……」

 初めての実践は、彼女には厳しすぎたらしい。

 イサキオスの武器はハルバードだ。閉所での戦闘には向いていない。だからヤスミーンを信じるかどうかは別として、通路に残って戦うつもりはなかった。

「分かった。ついていこう」


 守備隊は二手に分断されてしまった。

 めそめそしていたヤスミーンは、やがてぷるぷると肩を震わせた。笑っている。

「まったく、愚かな男たちですね」

「は?」

 すでに泣いていない。

 それどころか、とんでもなくさめた目をしていた。

「敵は外に布陣していました。闇に目が慣れているのです。しかし通路は明るいですね。そこで戦ってもなんらのアドバンテージも得られません」

「敵のほうが有利だってのか?」

「いえ、敵にもメリットはありません。およそ戦術の存在しない、ただの遭遇戦になるでしょう。しかし、この奥で待機し、明かりを消しておけばどうでしょう? 私たちは闇に目が慣れた状態。敵は慣れていない状態での戦闘となる。こういうのを戦術というのです。ま、彼らは時間を稼いでくれるようですから、遠慮なくお任せしておきましょう。まったく勇敢さは美徳というものですね」

 味方を捨て駒にするつもりだ。

 イサキオスもたじろいだ。

「あいつらはどうするんだ?」

「私の指揮から離れました。彼らは自由を望み、そして手にした。じゅうぶんでしょう」

「……」

 必ずしも全滅するとは限らない。

 が、見捨てるということだ。いや、彼らがヤスミーンを見捨てたとも言える。


 少しひらけたホールに出ると、ヤスミーンは明かりを消し始めた。

 エイミーがカタカタと震える。

「ずいぶん暗くなりますね」

「安心してください。完全な暗闇にはしませんから。それにしてもあなた、中になにを着込んでいるのです? 妙に音が鳴るようですが」

「気を付けます! 気を付けますから見ないで!」

「見ませんよ」

 エイミーの正体を伝えてはいない。

 メイスを振るうことはできるのだ。戦えればそれでじゅうぶんというものだ。


 一通り明かりを消すと、ヤスミーンはこう続けた。

「何人か倒したら、さらに奥へ引き込んでください。次のホールへの道を常に意識しておくこと。引き込みながら戦います」

「次のホールではどう戦うんだ?」

「普通に明るいまま戦ってもらいます。大丈夫ですよ。数秒前まで私の指揮下にいた勇敢な男たちが、いくらか敵を減らしてくれるはずですから。数の上で不利にはならないはずです」

「打って出たほうがよかったんじゃないか?」

「あのカカシみたいに、矢で蜂の巣にされてもいいのならね」

 彼女の言う通りだ。

 あの射撃から分かる通り、ヤンは射手を多めに用意していた。飛び出したものから狙われる。接近戦に持ち込んだほうが有利なのだ。


 通路から男たちの怒声が聞こえてきた。

 金属と金属のぶつかる音。

 ホールに逃げ込んでくるものもいる。

「誰か! 誰か助けて!」

「私の指揮下へようこそ。ここに敵はいませんよ。いまはね。ここで目を慣らしておいてください。敵を引き込んで反撃します」

「分かった! 言う通りにする!」

 怖い目に遭うと、人は素直になる。


 やがて、敵兵がなだれこんできた。

「なんだここは? 明かりをつけろ!」

「少し待て……ん?」

「どうした?」

「……」

 イサキオスの攻撃で、敵が倒れた。

「おい、どうした? 返事をしろ」

「……」

「死んでるぞ! 敵だ! 囲まれてる!」

「うわああっ!」

 次第に目が慣れてきたらしい襲撃者は、ぶんぶんと武器を振り回した。

「ぎゃあ!」

「待て! そいつは仲間だ!」


 ヤスミーンがパンパンと手を鳴らした。

 イサキオスたちは後退。ドアを開け放って次のホールへ向かった。

「あっちだ! 追え!」

 だがその後ろから、ヤンの声がした。

「おい待て! 追うな! 罠だ!」

 しかし遅い。

 ヤスミーンの放ったボールが床で炸裂し、襲撃者たちを苦しめた。

「ぐわ、目が!」

「毒だ!」


 次のホールについたイサキオスたちは、少し息を整える余裕を得られた。

「さっきのはなんだ?」

「毒じゃありませんよ。カラシの粉末です。目や呼吸にダメージを与えるものです。味方にも影響が出ますから、乱戦では使えませんけどね」

「カラシ……」


 この時点で、味方の生存者は計七名。ダメージはない。

 入り込んできた敵は計五名。全員カラシにやられている。

「待て! ちょっと待て! 見事な戦術だった。褒めてやる」

 ヤンが顔をしかめながらそんなことを言った。ほとんどなにも見えていないのだろう。

 他方、ヤスミーンは虫けらでも見るような目だ。

「時間稼ぎとは感心しませんね。降参すれば命までは取りませんよ。そういう約束でしたから」

「いや待て。ちょっと話し合おうぜ? な? 親子だろ?」

「時間をムダにするのは好きではありません。三秒以内に結論を出してください。ゼロと同時に攻撃を仕掛けます。三、二、一……」

 すると一人の冒険者が武器を取り落とし、両手をあげた。

「ひいぃ! 待って! 降参! 降参する! なんも見えねぇんだ! 命だけは助けてくれ!」

「へへ、俺もだ! 俺は平和主義者でよ……」

 一人が降参すると、次々と武器を捨ててしまった。

 見えないのでは仕方がない。

 ヤンも盛大な溜め息をついた。

「分かった。降参だ。俺たちの負けだよ」

 勝負アリだ。

 ヤスミーンはふんと鼻を鳴らした。

「ま、こちらも勉強にはなりましたね。教本はあまり役に立ちませんでした。まさか開始早々すべての策を放棄させられるとは」

「ったく、俺もヤキが回ったぜ……」


 だが、そこで終わりとはならなかった。

 後ろの通路から、研究者が血相変えて飛び出してきたのだ。

「助けてくれ! ゴーレムが暴走した!」


(続く)

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