コンフリクト
数日後、古代遺跡――。
日は落ち、フクロウの鳴き声が森を支配していた。
ときおり吹き抜ける風が葉をゆすり、月光が影を躍らせた。
遺跡のブロックは、ただじっと夜露に濡れている。
遺跡の正面には、武装した一体の人影。
これはカカシだ。人間ではない。
敵の遠距離攻撃をこいつに集中させて、まずは敵の居場所を大雑把に把握する作戦だ。
ミゲルからの推薦もあり、ヤスミーンは隊長となることができた。
隊長に志願した他の冒険者もいたのだが、そいつは文字も読めず、戦術の提案もできなかった。会議の席でヤスミーンに論破されてしまい、いまはおとなしく控えている。
ヤスミーンには最初から二名の部下がいた。ひとりはハルバードを手にしたイサキオス。そしてもうひとりは、覆面の修道女エイミー。
数日前、どうしても実戦に出たいとエイミーが言い出した。ビールが飲めない怒りを、戦闘で発散したいというのだろう。ただし魔法は使えないから、メイスを手にしている。
作戦はシンプルだ。
敵は遺跡にあるなにかを狙っている。だから遺跡ごと壊したりはしない。イサキオスたちはギリギリまで遺跡から出ない。
敵が矢を撃ち込んで来たら、防衛側の射手が撃ち返す。ただし当てなくていい。敵を挑発して遺跡の前までおびき寄せる。
そこでイサキオスとエイミーが応戦する。
取り逃がした連中を、別部隊が叩く。
ただしこの作戦には隙がある。
冒険者たちも、ヤスミーンの命令を聞かない可能性がある。
想定外の事態が起きたとき、それがヤスミーンの腕の見せ所だ。
そもそも敵は赤鼻である。想定通りの展開になるわけがない。想定はあえてルーズにしておいて、事件が起きてから対処したほうがいい。
まずはヤスミーンの想定通り、カカシに矢が撃ち込まれた。
だがほんの数発だ。それが人間でないことは襲撃者も察知しただろう。
「射手、撃ち返して」
ヤスミーンの指示で、冒険者たちがクロスボウを放った。暗くてよく見えないが、茂みをゆすったようである。
これは戦争ではないから、兵糧攻めはない。夜が明けるまでに決着がつく。なにせその分の給料しか支払われていないのだ。
時間をかければかけるほど防衛側の有利となった。
なのに、襲撃側は慎重である。
ヤスミーンはいかめしい鉄兜をしているが、胴体は平服のままである。金がないのだ。兜もミゲルからのレンタルである。
初めての実践だからか、緊張の色が見えた。
イサキオスは声をかけた。
「なあ、どうすんだ? 動きがないぞ」
「焦らないで。こちらから攻めるメリットはありません」
しかしイサキオスはともかく、他の冒険者たちは焦れていた。
ただでさえ夜の森は怖い。しかも不気味な古代遺跡。敵に囲まれている。すぐそこに敵がいるのに、ただ「待て」と命じられている。隊長は実戦経験のなさそうな小娘だ。
なにかが飛んできた。
ガシャンと音がして、遺跡の壁に命中。
透明な液体が飛び散っている。
「なんだ? 攻撃か?」
「毒じゃないだろうな」
冒険者たちが慌てている。
ヤスミーンは目を丸くしている。
なにを投げ込まれたのか分からない。
ただ、エイミーだけがなにかに気づきかけていた。
「ビールではないようですね」
もちろんそうだろう。
また投げ込まれた。何度も投げ込まれた。そのたびに遺跡の壁にぶつかり、中身の液体を散らした。
冒険者たちは怒鳴り返した。
「ヘタクソ!」
「当たってないぞ!」
いや、当たっていたのだ。
エイミーがカタカタと震え始めた。
「あの、これ……油では?」
暗闇の奥に、ぽつぽつと小さな火が見えた。
ヤスミーンもようやく悟ったらしい。
「みんな! 中へ避難して! 火矢です!」
そう。
遺跡は燃えない。
しかし油を撒けば燃える。それも表面だけが。
矢が飛来し、ごうと音がして油に引火した。
冒険者たちは慌てて中へ退避。
そこだけ昼間のように明るくなった。
表に布陣することはできない。
つまり、敵は反撃されることなく、悠々と遺跡に近づくことができるということになる。
事実、かなりの数の足音が近づいてきた。
冒険者のひとりがヤスミーンに詰め寄った。
「おい! どうなってんだ! お前がモタモタしてるから、追い込まれちまったじゃねーか!」
「ひっ」
「なにが戦術家だ! 偉そうにあれこれ語っておいて、全部ハズしてるじゃねーか!」
しかしイサキオスが割って入った。
「ケンカはあとだ。いまは仲間同士で争ってる場合じゃない」
「お前はいいのかよ? こんなガキに命令されっぱなしでよ! 俺はゴメンだ。こっちは勝手にやらせてもらう!」
不利になると、すぐさま仲間割れを起こす。
寄せ集めのチームではよくあることだった。
火がおさまれば、敵は大挙して遺跡内に突入してくるだろう。
通路は狭い。
そこで戦えばどうしても一対一になるから、もし全滅するまで戦えば、数の多いほうの勝利となる可能性が高い。
ヤスミーンは涙目になってこう告げた。
「あの、奥へ……奥へ引き込みましょう」
「は? それで? あの大学の連中と一緒に戦うのか?」
「いえ、その手前で……」
「やってられるかよ! 俺たちはここで戦う!」
するとヤスミーンはすがりつくような態度でこう続けた。
「じゃあ、イサキオスさんとエイミーさんだけでも……」
初めての実践は、彼女には厳しすぎたらしい。
イサキオスの武器はハルバードだ。閉所での戦闘には向いていない。だからヤスミーンを信じるかどうかは別として、通路に残って戦うつもりはなかった。
「分かった。ついていこう」
守備隊は二手に分断されてしまった。
めそめそしていたヤスミーンは、やがてぷるぷると肩を震わせた。笑っている。
「まったく、愚かな男たちですね」
「は?」
すでに泣いていない。
それどころか、とんでもなくさめた目をしていた。
「敵は外に布陣していました。闇に目が慣れているのです。しかし通路は明るいですね。そこで戦ってもなんらのアドバンテージも得られません」
「敵のほうが有利だってのか?」
「いえ、敵にもメリットはありません。およそ戦術の存在しない、ただの遭遇戦になるでしょう。しかし、この奥で待機し、明かりを消しておけばどうでしょう? 私たちは闇に目が慣れた状態。敵は慣れていない状態での戦闘となる。こういうのを戦術というのです。ま、彼らは時間を稼いでくれるようですから、遠慮なくお任せしておきましょう。まったく勇敢さは美徳というものですね」
味方を捨て駒にするつもりだ。
イサキオスもたじろいだ。
「あいつらはどうするんだ?」
「私の指揮から離れました。彼らは自由を望み、そして手にした。じゅうぶんでしょう」
「……」
必ずしも全滅するとは限らない。
が、見捨てるということだ。いや、彼らがヤスミーンを見捨てたとも言える。
少しひらけたホールに出ると、ヤスミーンは明かりを消し始めた。
エイミーがカタカタと震える。
「ずいぶん暗くなりますね」
「安心してください。完全な暗闇にはしませんから。それにしてもあなた、中になにを着込んでいるのです? 妙に音が鳴るようですが」
「気を付けます! 気を付けますから見ないで!」
「見ませんよ」
エイミーの正体を伝えてはいない。
メイスを振るうことはできるのだ。戦えればそれでじゅうぶんというものだ。
一通り明かりを消すと、ヤスミーンはこう続けた。
「何人か倒したら、さらに奥へ引き込んでください。次のホールへの道を常に意識しておくこと。引き込みながら戦います」
「次のホールではどう戦うんだ?」
「普通に明るいまま戦ってもらいます。大丈夫ですよ。数秒前まで私の指揮下にいた勇敢な男たちが、いくらか敵を減らしてくれるはずですから。数の上で不利にはならないはずです」
「打って出たほうがよかったんじゃないか?」
「あのカカシみたいに、矢で蜂の巣にされてもいいのならね」
彼女の言う通りだ。
あの射撃から分かる通り、ヤンは射手を多めに用意していた。飛び出したものから狙われる。接近戦に持ち込んだほうが有利なのだ。
通路から男たちの怒声が聞こえてきた。
金属と金属のぶつかる音。
ホールに逃げ込んでくるものもいる。
「誰か! 誰か助けて!」
「私の指揮下へようこそ。ここに敵はいませんよ。いまはね。ここで目を慣らしておいてください。敵を引き込んで反撃します」
「分かった! 言う通りにする!」
怖い目に遭うと、人は素直になる。
やがて、敵兵がなだれこんできた。
「なんだここは? 明かりをつけろ!」
「少し待て……ん?」
「どうした?」
「……」
イサキオスの攻撃で、敵が倒れた。
「おい、どうした? 返事をしろ」
「……」
「死んでるぞ! 敵だ! 囲まれてる!」
「うわああっ!」
次第に目が慣れてきたらしい襲撃者は、ぶんぶんと武器を振り回した。
「ぎゃあ!」
「待て! そいつは仲間だ!」
ヤスミーンがパンパンと手を鳴らした。
イサキオスたちは後退。ドアを開け放って次のホールへ向かった。
「あっちだ! 追え!」
だがその後ろから、ヤンの声がした。
「おい待て! 追うな! 罠だ!」
しかし遅い。
ヤスミーンの放ったボールが床で炸裂し、襲撃者たちを苦しめた。
「ぐわ、目が!」
「毒だ!」
次のホールについたイサキオスたちは、少し息を整える余裕を得られた。
「さっきのはなんだ?」
「毒じゃありませんよ。カラシの粉末です。目や呼吸にダメージを与えるものです。味方にも影響が出ますから、乱戦では使えませんけどね」
「カラシ……」
この時点で、味方の生存者は計七名。ダメージはない。
入り込んできた敵は計五名。全員カラシにやられている。
「待て! ちょっと待て! 見事な戦術だった。褒めてやる」
ヤンが顔をしかめながらそんなことを言った。ほとんどなにも見えていないのだろう。
他方、ヤスミーンは虫けらでも見るような目だ。
「時間稼ぎとは感心しませんね。降参すれば命までは取りませんよ。そういう約束でしたから」
「いや待て。ちょっと話し合おうぜ? な? 親子だろ?」
「時間をムダにするのは好きではありません。三秒以内に結論を出してください。ゼロと同時に攻撃を仕掛けます。三、二、一……」
すると一人の冒険者が武器を取り落とし、両手をあげた。
「ひいぃ! 待って! 降参! 降参する! なんも見えねぇんだ! 命だけは助けてくれ!」
「へへ、俺もだ! 俺は平和主義者でよ……」
一人が降参すると、次々と武器を捨ててしまった。
見えないのでは仕方がない。
ヤンも盛大な溜め息をついた。
「分かった。降参だ。俺たちの負けだよ」
勝負アリだ。
ヤスミーンはふんと鼻を鳴らした。
「ま、こちらも勉強にはなりましたね。教本はあまり役に立ちませんでした。まさか開始早々すべての策を放棄させられるとは」
「ったく、俺もヤキが回ったぜ……」
だが、そこで終わりとはならなかった。
後ろの通路から、研究者が血相変えて飛び出してきたのだ。
「助けてくれ! ゴーレムが暴走した!」
(続く)




