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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
19/35

抜け殻

 それからの数日、イサキオスはどうしていいか分からなくなってしまい、街へ出ることもなくぼうっと過ごした。

 黙っていてもアラクネはメシを食わせてくれる。

 もちろん薪割りくらいはしたが、それだけだった。


 治療を終えたレミが戻ってきた。

「ただいま! みんな、あたしに会えなくて哀しかったでしょ?」

 急に騒がしくなった。

 弾けるような眩しい笑みだ。

「聖女さま! お帰りなさい! ぴゃあ、いいにおいするぅ!」

 アラクネは苔まみれのローブに抱きつき、呼吸を繰り返した。修道女にあるまじき行為だ。

 レミはそれを手で押しのけつつ、シドへ告げた。

「そういうわけだから、あんたの出番はもうおしまい。いつでも帰っていいわよ」

「えっ……」

「なにか不満? でもあんたはとっくに合格してるんだから、ここに残る理由もないわよね?」

「やだ……」

 涙目でぷるぷるしている。

 するとアラクネが顔をあげた。

「聖女さま、聞いてください。あの子、男同士なのをいいことに、イサキオスさんとずいぶん仲良くなってるんですよ。毎晩一緒の布団で寝ちゃって」

「え、ホントに? それってアレじゃないの?」

「はい、アレです」

 見たわけでもないのに勝手なことを言う。


 エイミーがカタカタ骨を鳴らしながら茶を持ってきた。

「聖女さま、こちらをどうぞ」

「あら、ありがと。あんたも元気そうね」

 はじめこそ怖がっていたものの、すでに仲良くなっている。


 レミは、イサキオスのところへもやってきた。

「で? まっさきにあたしを歓迎しなきゃいけないあんたは、なんでひとりでふさぎ込んでるの? もしかして、あたしのこと忘れた?」

「いや……。そうだな。お帰り。回復してなによりだ」

「どしたの? 頭でも打った?」

「たぶんな」

 後頭部を岩石でぶん殴られたような気分ではあった。


 その後、彼女たちはお茶会と称して食堂へ向かった。シドはいちおう残ろうとしたのだが、イサキオスに声をかけづらかったらしく、やはり食堂へ行ってしまった。

 礼拝堂にはイサキオスひとり。

 神を信じてもいないのに。

 魔王の手のものに恋心を寄せていたのに。

 壁には神のシンボルである「塔」が掲げられている。それは天へ通ずる階(きざはし)でもある。


「おーい! 誰かいるかー?」

 農家のジョンソンが現れた。抱えられたバスケットには大量の葉っぱが詰め込まれている。

 イサキオスは立ち上がり、そちらへ向かった。

「シスターなら奥にいるよ。すぐ呼んでくる」

「いや、あんたでいい。頼まれてたハーブだ。ビールに使うんだろ? あんたから渡しといてくれ。完成が待ち切れねぇぜ」

「ありがとう。俺も楽しみだよ」

 するとジョンソンは、やや表情を暗くした。

「これで世界が平和だったらもっとよかったんだがな。聞いたか? また森が枯れたんだとよ。なんでも、教皇庁の雇った義勇兵が神殿に近づきすぎて、神の御使いと戦闘になっちまったらしい。街は大騒ぎだぜ」

「なんだって……」

 森を守るために派遣されたものたちが、森を破壊してしまった。安い金で人をかき集めるからこうなるのだ。

 ジョンソンは苦い笑みを浮かべた。

「ま、こんなときこそビールが必要ってこった。完成したらいつでも呼んでくれ。夜中でも駆けつけるからよ! じゃあな!」

「ああ、それじゃ」


 神殿は残り二つ。

 不気味なのは、神々がまったく動きを見せないということだ。いくら人界に介入したくないとはいえ、あまりに放任が過ぎる。


「みんな、農家の人がハーブ持ってきたぞ」

 これに飛び上がったのはエイミーだ。

「まあ、素敵! これでぐっと大人の味になることでしょう!」

「大人の味?」

「苦みですよ! 苦み! これがビールの味わいを引き立てるんです! これは腕が鳴りますよ!」

 ハーブを手渡すと、エイミーはスキップで食堂を飛び出した。よほど待ちわびていたらしい。

 アラクネも溜め息だ。

「彼女、ビールのこととなるとホント見境なくて」

 ビールへの思い入れが原因で、死後も魂が地上に留まったほどだ。並の執念ではない。


 するとレミが、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「あんたもなにか趣味もったら? 死んだような顔しちゃってさ。エイミーのほうがよっぽど生き生きしてるわ」

「余計なお世話だ」

「気遣いはできない、話はつまらない、髪だってボサボサ。女にも興味ないんでしょ? 生きてて楽しいの? あ、男には興味あるんだっけ?」

「お前と一緒にするな」

「は? なにそれ! 一緒じゃない!」


 わめくレミを置き去りにし、イサキオスはふたたび礼拝堂へ戻った。

 空間はガランとしている。

 静かだから、考え事をするにはうってつけだ。問題は、肝心の思索がループしているということだが。

 のたのたと老婆が入ってきた。

「ったく、心労で寿命が縮んじまうよ」

「またあんたか? なんの用だ?」

 魔女は、すると大儀そうにイサキオスの隣へ腰をおろした。

「シドのヤツ、あんたに余計な情報を流したろう? 困った子だよ」

「感づいてたのか?」

「あたしを出し抜こうなんて百年早いんだよ。あの子にはお仕置きしてやらないとね」

「できれば許してやってくれ。悪気はないんだ」

「代わりに魂を捧げるかい?」

「それでもいい。あの子を責めないでやってくれ」

 老婆はふんと鼻を鳴らした。

「やめとくよ。これ以上あんたから吸い取ったら、すぐにでも怪物になっちまうだろうからね」

「彼女は悪くない」

「そんなに必死になって……。お仕置きったって、あんたから引き離すだけさ。きっとそれが一番こたえるだろうからね」

「……」

 イサキオスもいい加減理解した。この老婆はお人好しなのだ。だからシドやレミもなついている。イサキオスを育てた魔女たちと似ているかもしれない。

「四つ目の森が消えたらしいな」

「あんたにとってはいいニュースだろう?」

「まあな。だが、順調すぎる」

「ふん。きっとあんたがなにもせずに寝てたって、塔への道は勝手にひらかれるだろうさ」

 それは聞き捨てならぬセリフだった。

「どういう意味だ?」

「さあね。ただの勘だよ。年寄りの勘。けど、これがよく当たるのさ。だからってボヤボヤしてちゃいけないよ。大事なときに寝てたらね、大事なものを失うことになるよ」

「もっと分かりやすく言ってくれ」

 これに老婆は笑った。

「これ以上はムリだね。あんた、少しは賢くおなりよ」

「それができたら苦労はねぇよ……」


 かくしてシドは魔法陣で強制的に連れ去られ、魔女も霧のように姿を消した。

 護衛は一度に一人まで。

 契約は履行された。


 *


 翌日、イサキオスは街を訪れた。

「聞けい! 聞けい! 教皇庁よりお達しである!」

 噴水広場では、例の弁士が声を張り上げていた。

「神々の森を守るため、『良識ある義勇兵』を募集する! 我こそはと思わんものは最寄りの役所まで申し出るように! 日当は30リブラ! さらには神の恩寵が授けられるであろう!」

 文言が少し変更されている。

 金額も5リブラ上乗せされた。

 教皇庁も状況を改善したいと考えているらしい。


 貧民街のバケツ酒場に入った。

「よう、期待の新人。久しぶりだな。仕事ならいくらでもあるぞ」

 ミゲルはいつものように奥の席にいた。

 イサキオスもその正面に腰をおろす。

「情報を買いたい」

「800リブラ貯まったのか?」

「いや、その件はもういいんだ。神の森にどれだけの兵が配置されてるか教えてくれ」

 ミゲルは肩をすくめた。

「俺に聞かずとも、広場に張り出されてるだろ」

「文字が読めない」

 イサキオスの言葉に、ミゲルは天を仰いだ。

「なら特別にタダで教えてやる。俺が最後に見たときは、ひとつの森に二千人ってところだった。フカしてる可能性もあるがな。まさか参加するつもりか? やめとけよ。うちの仕事を受けたほうがいい」

「参考にするよ。ありがとう」

「なんだよ、それだけか? いつでも来てくれ。腕の立つヤツは大歓迎だ」


 店を出て、薄暗い貧民街を抜けると、ずんぐりとした赤鼻の男に出くわした。

「よう、いつぞやの若造じゃねぇか」

 ヤンだ。

 平服である。武装していないから、こうしていると酔っ払った市民にしか見えない。

「あんた、デカ鼻の……」

「赤鼻のヤンだ。仕事を探してるのか?」

「いや、散歩してるだけだ」

 するとヤンは、不審そうに目を細めた。

「散歩? 貧民街を? 面白いジョークだな」

「あんたこそなにやってんだ?」

「見て分かんねぇかい? 散歩だよ! ガハハ!」

 特に用はないのかもしれない。

 イサキオスが「じゃあな」と行こうとすると、後ろから服をつかまれた。

「待てよ。せっかく再会できたんだ。ちょっとうちに寄ってかねぇかい」

「家? あんたの家か?」

「そうさ。なにかおかしいか?」

「いや……」

「じゃあ決まりだ」


 ヤンの自宅は、中流の市民が集まる居住区にあった。豪邸ではないが、狭くもない。

「おーい! 帰ったぞ! 父上さまのお帰りだ!」

 帰宅するなりヤンは大声で誰かを呼びつけた。

 顔を覗かせたのは三つ編みにした地味そうな少女だった。

「はぁ、なぜ神は、私をこの男の子として産み落としたのでしょう。となりの物騒な男性はどなたです? 借金取りでなければいいのですが」

 流れるような毒舌だ。

 まったく父親を尊敬していない。

 ヤンは一気に消沈した。

「いや、お前、客人だぞ。戦友のアイザックだ。そうだよな?」

「イサキオスだ。戦友でもない」

 だがヤンは構わず奥へ入り込んだ。

「ヤスミーン、酒だ。酒持ってこい」

「では、その酒とやらを買うためのお金を用立てていただけませんか? もう売り払う家財も残っていないのですよ」

「金? なに言ってんだ! こっそり作ってたのがあったろ!」

「かつては存在したかもしれませんが、すでに父上の口から入って、とっくにどこかへ出て行ったはず」

「ガハハ! そうだったな!」

 笑いごとではない。

 椅子さえなかったので、ヤンもイサキオスも床へ腰をおろした。

 たしかに家具がない。代わりにクモの巣が張っている。修道院よりひどい。

「よくこれで客を呼ぼうと思ったな……」

「だってよぅ、客を呼ばなかったら俺と娘のふたりきりだぜ? 外に出たってビールを買う金さえねぇ。行くも試練、戻るも試練ってわけだ」

「俺を巻き込むな」

「待て待て。ただの暇つぶしじゃねぇよ。ホントに用があったんだ。仕事だよ、仕事」

 金に困っているのは分かる。

 しかしイサキオスは仕事を引き受ける気分でもなかった。

「悪いが休業中だ」

「そう言うな。お前みたいな戦闘狂にうってつけの仕事があるんだ。話くらい聞いてくれ」

「聞いたら帰るぞ」

「ぜひそうしてくれ。西の遺跡は知ってるよな? 近々、そこへの襲撃が計画されてる。まだ正式な依頼じゃないがな」

 イサキオスは思わず溜め息をついた。

「断る。俺は盗賊じゃない」

「逆だ、逆。その襲撃から研究者を守る仕事が、大学から依頼されるはずなんだ。俺はその警備隊長になる予定だ」

「もう話がついてるのか?」

「いや、まだだ……。だが、間違いなくそうなる。お前も俺の才能を目撃しただろ? お前も参加しろ」

「なぜ俺が? あの戦い方は嫌いだったんじゃないのか?」

 まだ根に持っている。

 ヤンはへへへと卑屈な笑みをこぼした。

「俺の戦術には、お前が必要なんだよ。肩を並べて戦うのと、隊長として駒を動かすのは別だ」

「あんたの駒になれってことか?」

「そうだ。後悔はさせねぇよ。自慢じゃねぇが、俺は駒を失ったことがなくてな。いや、少しはあったような気もするが……。ま、ほとんどねぇ。大学は金払いがいいぞ。受けても損はねぇ」

「考えておく」

 イサキオスは立ち上がり、室内を見回した。

 娘のヤスミーンは階段を椅子代わりにして読書している。気の毒に、勉強用のデスクさえないのであろう。

 戦争のせいか酒のせいかは分からないが、こんな境遇は許されたものではない。


(続く)

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