熱いと知っている手
翌朝の荷場には、馬の汗と濡れた藁の匂いがこもっていた。
冬を前に荷が増え、屋根の下へ置き切れない包みが、通りへ二列にはみ出している。男が一人、その隙間を膝で押し広げながら車輪を通していた。俺は道具の箱を抱え、相手がこちらを見ていないと気づいて横へよけた。
荷場長は、俺たちを建物の奥へ連れていった。焼いた鉄の留め具を、樹脂の詰まった木枠へ差し込む仕事が行われていた。冷たいままでは樹脂が硬く、うまく収まらない。だから鉄だけを小さな火床で温め、離れたところから先端を支える。
「この狭さで、手を焼かずに入れられるか。まず、それだ」
荷場長は太い指を溝へ当てた。中までは入らなかった。
カザの側は、もう二つ仕上げていた。
使っている男は、俺とそれほど年が違わないように見えた。額に汗を浮かべ、左の眉に深い皺を寄せている。鉄の舌がくるりと向きを変え、黒い溝へ吸い込まれた。後ろの職人が楔を打つまで、道具は揺れなかった。
俺は見入った。
その後で、見入っている場合ではないと思った。
「セドは、先月までこの仕事をしてなかった」
カザが横から言った。
「これを?」
「ここまで細いところを。うちの年寄りから、熱を感じて指を離すまでの体験を一つ譲り受けた。石の外から眺めて覚えるより、本人には掴みやすかったらしい」
セドがこちらを向いた。
「今までだって、鉄は扱ってた」
「分かってるよ」
「なら、急に上手くなったみたいに言うな」
カザは口をつぐんだ。俺は少し驚いた。客のいる前で、彼女にそんな声を出す者がいるとは思わなかった。
セドは次の留め具へ目を戻した。手袋を引き上げる仕草が速かった。まだ一つ残っている、と言いたげに顎を突き出す。
「貸して」
カザが手を伸ばした。
「あと一つだ」
「今の手」
「熱いのは知ってる」
俺にも、指の赤さが見えた。
セドは手袋の口へ指を入れたが、汗を吸った布が剥がれなかった。ようやく外した時、薬指の横に小さな水疱ができていた。カザが息を吸う音がした。
誰かが、記録の砂時計を止めた。
見物していた荷場の者が、二つは速かったんだが、と呟いた。その声を聞くと、セドは痛む手を握った。水疱が張り、眉がさらに深く寄った。
「洗い場」
カザは彼の肘を押した。
「自分で行ける」
「私も行く」
二人が離れると、場に道具だけが残った。俺は黒い柄を見た。細くて、美しくて、さっきまで羨ましかった物が、急にこちらへ答えを求めてくる。
イェトは手袋をせず、柄を一度持った。
「冷ましてからですよ」
俺が言うと、彼は温まっていない根元を指で弾いた。
「目もある」
「知っています」
彼は親指を動かした。指の長いイェトの手では、離したところから空気が入る。俺が借りると、どうしても薬指が深く巻きついた。手首を返せば離せるが、その分、先端の線がぶれる。
「元の人、手が大きかったんですか」
戻ってきたカザへ尋ねた。
「あの男よりは」
彼女は俺の手を見た。そして顔をしかめ、自分の柄を持ち直した。
俺は家の木べらを思い出した。母の親指にちょうど合う窪みへ、俺の指を押し込むと、生地を返す度に手首がねじれた。エルナは平気で少し先を持ち、そのまま焼き上がったものを返していた。
あの時、俺は木べらに負けた気でいた。
今度はもっと高い道具だったが、俺の手は、やはり俺の形から変わってくれない。
午後、俺たちが自分の試作を使う番になった。
持ち手は短く、先端は太かった。第一の溝には入ったが、二つ目では金具の肩が枠へつかえた。向きを変えているうちに留め具が冷え、樹脂が粘った。荷場長が砂時計を見た。
額の汗が顎へ流れた。背中では、カザが腕を組んで見ている。
ここで無理に出力を上げれば、押し込めるかもしれない。小窓の筋にはまだ余りがある。しかし、押し込んだ先でどこを傷めたか分からなくなる。俺は道具を抜いた。
留め具も、途中までしか入っていなかった。
「持ち帰ります」
言うと、荷場長は頷いた。誰も慰めなかった。
俺は箱へ道具を寝かせた。蓋を閉じる直前、カザが近づいた。
「柄の話は助かった」
「そちらの金具は速かったです」
言ってから、自分でも驚いた。褒めたくて口にした言葉が、まだ胸の中ではよく馴染んでいなかった。
カザは少し口の端を上げた。
「まだ八日ある。そっちは速くなる。うちは、もう焼かせない」
彼女は箱を持って去った。焼かせない、という声だけが、それまでより低かった。
俺は洗い場へ寄った。
セドは手に濡れた布を巻き、もう片方で上着の釦を留めようとしていた。一つ失敗して、舌打ちした。俺に気づくと、その釦を諦めた。
「笑いに来た?」
「今は自分のことで忙しいです」
俺が箱を示すと、彼は少し顔を緩めた。
「見てた。お前の、太すぎるな」
「もう少し慰めてもいいですよ」
「こっちは細くて焼けた」
それを本人に言われると、返せなかった。
セドは濡れ布の端を直した。
「あの人の手では、二つ目を終える頃に熱が逃げたんだ。俺も知ってた。そこから握りを変えて、三つ目へ行く。頭の中ではちゃんと離した」
痛んでいない手で、その形を作った。薬指が少し内側へ残っていた。
「早くなったのは、本当なんだ」
声が急に小さくなった。
「去年までは、準備ばかりだった。鉄を持ってこい、布を取り替えろ、それが終わったら邪魔だからよけろって。今度は、自分の作ったところを客に見せられると思った」
俺は彼の袖の釦へ目をやった。
「手伝っても?」
彼はしばらく俺を見て、それから腕を差し出した。
釦穴が固かった。俺も一度失敗した。セドはそれを見て鼻で笑ったが、腕を引かなかった。




