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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
借りた痛みの工房
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勝ったら買うもの

まだ出来てもいない道具で、俺はエルナに新しい靴を買っていた。


頭の中で、である。


実際に財布を開けば、彼女の右足しか買えない。しかも紐は別売りなら諦める必要がある。その程度の資産しか持たない男の想像の中で、俺たちの道具は飛ぶように売れ、山の工房には俺の名が刻まれ、エルナは左右揃った靴を履いていた。


「図の端で、何を足してる」


イェトが聞いた。


俺は紙を半分折った。


「必要経費を」


「先に必要な線を引け」


作業台には、曲がった鉄の腕が一本置かれていた。俺が昨夜から刻線を引いている、保守具の試作である。先端に薄い舌がついていて、狭い隙間へ金具を差し込んだまま、短時間そこに留めておける。片手の入らない場所で、もう一人が来るまで指の代わりをしてくれる道具だった。


ただし、代わってくれる指には燃料が要る。


脇の小窓へ入れた、新しい試験用片の筋が、働いた分だけ減る。終われば止め目を閉じる。俺はその閉じる位置を、持ち手から少しずらそうとしていた。いまの形だと、厚い手袋の親指が角へ引っかかる。


山の荷継ぎ場が、冬の修繕に使う保守具を募集していた。


谷の入口から峠まで、宿場は八つ。戸の吊り金具、水桶の底を押さえる板、荷車の車軸を外す時の細かな支え。雪が積もれば、壊れる度に町の職人を呼ぶことはできない。そこで宿ごとに一本を置き、使い手を二人ずつ決めるという。


最初の注文は八本。ほかに荷場で使う分が四本。


十二本、と聞いた時から、俺の指は勝手に自分の取り分を計算していた。まだ引いていない線まで、実に気前よく売った。


「九日後だ」


イェトは壁の札を裏返した。


「前の日に持ち込む。持ち込めなきゃ試しもされん」


工房の外では、石畳へ雨が落ち始めていた。軒に吊った布が膨らみ、奥の火の匂いがこちらへ戻ってくる。入口の若い職人が窓を閉めると、削り粉の金属臭が急に濃くなった。


俺は鉄の腕を持ち上げた。


山で巻胴の爪を支えた時、相手を止める線は引けた。しかし、次に使う者の手まで道具にして持ち帰ったわけではない。俺の手で扱えるだけでは、八つの宿へ送れない。


その難しさが、いまは腹立たしいほど面白かった。


「勝てますかね」


「作ってから聞け」


「作る前にも、気持ちというものが」


戸が開いた。


雨のついた外套を払いもせず、一人の女が入ってきた。黒い髪を短く束ね、細い革紐を歯で噛んでいた。片手には長い箱、もう片方には焼き菓子の紙袋がある。箱は丁寧に台へ置いたが、紙袋は俺の図の上へ置いた。


油が、ゆっくり染みた。


「あ」


女は紙袋を持ち上げた。


「大事な線?」


「僕の将来に関わる線です」


「じゃあ、上から引き直せるね」


彼女は気にせず菓子を一つ齧った。丸い生地の割れ目から、甘い焦げた匂いがした。


カザだった。競争する相手だと紹介された時、俺は、もう少し知る前に嫌っても許されるのではないかと思った。


「例の線引き?」


カザがイェトへ聞いた。


「名がある。ノアだ」


「それは聞いた。昨日、三軒で聞いた。あんたが人を褒めると町の商売が止まるんだね。みんな振り向くから」


イェトは刃を拭き続けていたが、布を持つ指に力が入った。俺はカザへ少し好感を持ちかけた。俺を褒めたと知ったからである。敵を選ぶ基準が、早くも揺らいでいた。


箱が開いた。


中の道具は、俺たちの試作よりずっと細かった。黒く磨かれた柄へ銀色の刻線が沿い、長い先端は水鳥の嘴のように僅かに反っている。継ぎ目も隠れていた。俺たちの物は、目の前へ並べると、まだ運ばれている途中の部品に見えた。


カザは実演用に工房が買った小片を窓へ入れ、台の端へ置いた銅の輪を、道具で立たせた。


先端は触れていない。輪の影が細く揺れ、そのまま止まった。小窓の中で、封片の白い筋が端から透けていく。


「見せるだけで、そんなに使っていいんですか」


「少し使えば、九日間よく眠ってもらえるでしょう」


彼女は止め目を閉じた。輪が台へ落ち、涼しい音を立てた。


逆だった。


俺は今夜から眠れそうになかった。


「明日の下見、同じ荷場になる。こっちは午前の台を取った。そっちは午後ね。開始の合図だけは同じ装置を使うから、最後に一緒に合わせて」


用を済ませたカザは、紙袋をこちらへ押した。


「二つ余った」


「油のついた図と交換ですか」


「交換なら、もう少し上手な図をくれる?」


戸が閉まった後、俺は菓子を一つ取った。


うまかった。それが一番腹立たしかった。


夕方、宿の部屋へ戻ると、エルナは片足を椅子に載せ、濡れた靴の踵を指で押していた。こすれた皮膚はまだ赤かったが、朝より腫れは引いている。俺を見ると、足ではなく、鼻を動かした。


「甘いもの食べた?」


俺は紙の包みを出した。最後の一つだった。


「敵の菓子だけど」


「敵にも上手な菓子屋はあるでしょう」


彼女は端を小さく割り、口へ入れた。俺はその正確な推論に反論できず、椅子を引いた。


窓辺には、彼女が直している仕事帳が積まれていた。紙を継ぐ細い片に、乾く順の小さな印がついている。こちらの道具と同じように、途中では何になるか他人に分かりにくい仕事だった。


「もし採用されたらさ」


俺は言った。


「何か、欲しいものある?」


「薄い刃。先を丸く研いだ、紙を起こすもの」


彼女は即答し、それから俺の顔を見た。


「いま、靴って言ってほしかった?」


俺は黙った。エルナは焼き菓子を半分こちらへ返し、笑った。


「靴は自分でも選びたい。勝ったら、一緒に見に行こう」


勝ったら。


俺はその二文字に都合のよい力を感じ、明日は早く工房へ行こうと決めた。負けた場合については、菓子の残りを噛んでいる間だけ、考えないことにした。


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