見ていた人間
試験は、小さな木片を二枚動かすだけだった。
二枚とも同じ板から切り、台の上に並べた。イェトは木の縁へ墨で線を引き、移動させる幅を決めた。人の指一本にも満たない距離だった。
ヘドはそれを見て、少し安心したような顔をした。
「大がかりな試験でなくて助かります」
「大がかりにする必要があると思ったんですか」
俺が聞くと、彼は笑顔をこちらへ向けた。
「そこまでのお金は用意していないので」
工房には、荷主の代理の女と、坑の持分を持つ老人が来ていた。呼んだのはイェトだった。老人は物の買い方が遅い、とヘドが紹介したが、イェトは、そのおかげでまだ金がある、と返した。
二人は仲が悪いのか良いのか、俺には分からなかった。
原片には、契約した範囲を示す細い紙が巻いてあった。荷車の後ろで車輪の音を聞いていた時間。小さな保持や移動に使うため、工房が以前から買っていたものだ。
俺は名称を声に出して確かめ、封片を受ける道具へ収めた。
片方には、箱へ入れ直されていた良い試料を継いだ。もう片方には、キナが昨日持ってきた荷から、その場で切り出した薄片を使う。原片は同じ一枚を順に接続し、使う流れを止め目で小さく絞った。
「先にこちらを」
俺は良い方へ手を置いた。
木片が滑った。
台を擦る乾いた音がして、墨の線の手前で止まった。窓から来る光の下で、原片の白い筋が少し細くなる。
次に、キナの持ってきた方を繋いだ。
最初は同じように動いた。
半分ほど進んだ所で、木片が斜めに振れた。止める。俺の手元で栓が鳴った。薄片の中央に暗い線が走り、縁が細かく剥がれた。
原片には、もう一つ透明なところが増えていた。
木片は墨の線へ届かなかった。
誰も喋らなかった。
下の荷主の女が、椅子を引いて前へ来た。彼女は動かなかった距離より、台から外れかけた木片を見ていた。
「これを留め具の保持に使ったら?」
イェトは割れた薄片を拾った。
「支えている途中で、手が離れる」
女はヘドへ向き直った。
「明日の分は止めます」
「待ってください。いま持ち込まれた一つを、全部へ当てはめるのは」
「全部かどうかは、止めてから見ます。うちの荷先で割れたら、うちの名前になる」
ヘドの笑顔が、ようやく消えた。
俺は紙を出した。昨日取った石の輪郭と重さ、それから戻された箱の中身を並べる。
「僕が選んだ見本が、途中で替わっています」
ヘドは紙を見なかった。
「出荷に使う物をお渡ししたはずです」
「そうでしょうね。良い物を選べるんだから」
言ってから、声が鋭くなりすぎたかと思った。
だが、ヘドは俺を見た。
今までで一番、俺をよく見た。
「山に何人いるか、知っていますか」
「今日、働いている人は見ました」
「荷を止めれば、給金が止まる。あなたは調べた分を受け取って帰れる。ここには冬が来るんです」
俺は言い返そうとして、口を閉じた。
彼の言葉には、人の顔を盾にできるだけの事実があった。窓の閉まり方を喜ぶボルンも、肩へ食い込む重さを気にするキナも、ここで暮らしている。
坑の持分を持つ老人が、台の木片へ指を置いた。
「ヘド。去年、乾燥の棚を増やすと言った金は」
「別の支払いへ回しました。今の数を出さなければ」
「誰が決めた」
ヘドは俺から目を離した。
俺はその横顔を見ていた。
「取り決めに沿って、出荷を続けるためです」
「昨日の見本を替えたのも、取り決めか」
老人が聞いた。
ヘドは答えなかった。
その沈黙で、さっきまで部屋の真ん中にあった彼の言葉が、急に薄くなった。
荷主の女は立ち上がった。
「今夜、預りの係を上へ出します。間に合うまで、ここで確かめた荷を動かさないで」
ヘドは低く、承知しました、と言った。
彼が帰ったあと、俺は台の縁へ掌をついた。思ったより汗をかいていた。
イェトが俺の手を見た。
「腹が立ったか」
「立ちました」
「手は震えなかったな」
俺は掌を持ち上げた。
白い粉が、汗へ薄く貼りついていた。
*
夕方になる前に、キナが戻ってきた。
今度は籠を背負っていなかった。
「昼じゃない」
息を整えるより先に、彼女は言った。
「今夜だ。下の荷車を待たせてる。明日の荷を、今、上で積んでる」
ダナが外套を取った。
俺は木箱へ手を伸ばしかけ、やめた。証拠はもう、部屋にいた人々が見ていた。今いる場所に同じことを説明するより先に、動き始めた荷へ追いつかなければならなかった。
工房の戸口で、イェトが小さな保持具を俺へ押しつけた。
先ほどの契約原片が、箱の中で薄く光を透かした。
「残りを入れた。爪一つを押さえるくらいだ。荷を持とうとするな」
「分かった」
「こっちも縄と人を集めて追う。荷下ろし場へ回ったら、上の柱を空けておけ」
「それと、もう一つ」
俺が振り向くと、彼は壁の釘から短い柄を外していた。
「急ぐ時ほど、道具を落とすな」
手首へ通す紐を、俺の掌へ投げた。




