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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
山に眠る色
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道を知っていた男

坑口の朝は、町よりずっと寒かった。


山の腹から流れてくる空気が袖口へ入り、濡れた石と鉄の匂いが肺の奥に残る。外には日が差しているのに、穴の中では灯りが濡れたように小さかった。


案内役のボルンは、まず俺の靴を見た。


「君で、今月三人目」


「何の三人目ですか」


「その靴で大丈夫だと言う人」


まだ言っていなかったので、俺は少し腹を立てた。


ボルンの靴は新しかった。ただし、俺のものより底が厚く、泥の入り込む隙間を油で塞いであった。彼はその靴先を軽く石へ当て、具合を確かめた。


「これは高かった。履いていて分かるくらい高かった」


「いいですね」


「毎朝そう思う。家の屋根も直した。戸を閉めるたび、前より良い音がする」


何かの景気のいい話が始まるのかと思った。


ボルンは手灯を上げた。


「道を売った金だ」


俺は返事をし損ねた。


彼はそれを待たずに、坑道へ入った。


肩が広く、歩幅はさほど大きくない。腰へ吊った木の楔が、数歩ごとに腿を叩く。俺とダナはその後を進んだ。壁の低い所を水が走り、時々、頭上から冷たいものが首へ落ちた。


「全部を売ったんですか」


「この奥を歩いて、戻ったところ。長く働いたから、同じ道を何度も持っていた。それなりの値がついた」


「今は?」


ボルンは自分の手灯を少し上げた。


「書いて覚えた」


柱へ白い印が塗ってあった。その隣に、爪で引いたような細い線がある。


「俺の印。派手に塗ると邪魔だと言う奴がいる」


坑道の奥で、人の怒鳴り声がした。


曲がり角の先で荷車が斜めになり、片側の車輪が石の溝へ落ちていた。二人の男が押しているが、押すたびに荷が傾く。ボルンは灯りを俺へ渡すと、車輪の前へしゃがんだ。


「そこを持ち上げるな。中の石が落ちる」


彼は木の楔を差し、支点にした。男たちの力を一度抜かせてから、短く合図する。


車輪が、重い息をつくような音と一緒に溝から上がった。


俺には、どうして一度力を抜く必要があったのか、見ていてようやく分かった。ボルンは楔を腰へ戻し、手灯を受け取った。


「迂回へ行く」と片方の男が言った。「こっちは床を直す」


奥の横道へ通された。


二本目の柱の前で、ボルンが止まった。


灯りを左へ向けた。右へ向けた。柱には濡れた布が巻かれ、壁際には昨日運び込んだらしい新しい木材が積んである。


「灯り、前はどこだ」


誰へともなく言った。


後ろから来た男が、邪魔だと身を捩って通り過ぎた。


ボルンはもう一度、左の暗がりへ手灯を向けた。明かりが丸い水溜まりへ映った。その先には支柱があった。右にも、よく似た支柱があった。


俺は荷から、入口でもらった見取図を出した。


「今、ここですね。迂回なら右へ」


ボルンは足を動かさなかった。


「右です」


聞こえていないのかと思って、もう一度言った。


「分かった。少し待て」


声は低かった。俺は口を閉じた。


ボルンの掌で、手灯がかすかに揺れている。目の前の道を、自分が知っているものにしようとしている。その間に通り過ぎる人々の足音が、全部、彼の背中を押していた。


ダナが後ろへ向き、来る男を手で止めた。


俺は図を折り、ボルンの隣へ立った。


「僕が先に行って、次の柱を見る。あなたは、僕の後ろで岩を見てくれますか」


彼は俺を見た。


「岩?」


「さっきから、僕には全部、濡れてる石です」


少しの間があった。


「それは、ずいぶん危ない」


ボルンはそう言って、俺の肩へ手を置いた。


次の柱へ着く手前で、その手に力が入った。


「そこを踏むな」


床の薄い石が、俺の足の半分ほど先で浮いていた。水の流れ方が違うのだと、あとで教わった。その時は、ボルンに引かれた通り横へ寄った。


石の端が崩れ、下の暗い穴へ落ちた。水音が、一拍遅れて返った。


俺は新しい靴を見下ろした。


靴の良し悪しで済む場所ではなかった。


*


乾燥小屋の戸を開くと、温かい空気に埃が混じって流れ出た。


棚が何列も並び、薄く切った石が板の上へ寝かせてある。日付の札は梁から下がっていた。俺は日数を見てから、棚の奥の石へ手を伸ばした。


冷たかった。


入口の方の石は、表まで温かい。


キナが奥の棚から空箱を抜き、俺の顔を見た。


「そこのは昨日上げた」


札には、七日前の日付があった。


俺は棚を見上げた。キナは箱の底へ残っていた湿った砂を、掌へ落とした。


「棚は前からある。荷は替わる」


俺の頭に、台所の林檎が浮かんだ。


昨日もらった五つを、今日の帳面へ書いた母。あの時、俺は林檎が十個になったと思った。今ここで増えているのは、石が乾いたことになっている日数だった。


「荷ごとの日は、どこに」


「柱の裏。夜番が書いてる」


柱の裏へ回ると、板へ細い字で、箱の数と入れた時刻が残してあった。新しい字の上に、まだ消し損ねた古い字が薄く浮いている。


ヘドが戸口へ現れた。


「そこは見学用に整えていなかったのですが」


俺は柱から離れず、彼を見た。


「昨日の荷ですね」


「日を当てる前に、別で乾かしています」


「どこで?」


「下の部屋です。順にご案内します」


ヘドの笑顔は変わっていなかった。


キナだけが、持ち上げた空箱を、床へ少し強く置いた。


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