職人の意地の置き場所
イェトの工房では、入ってすぐ、頭を下げなければならなかった。
礼儀のためではない。天井から長い木の柄が何本も吊ってあり、俺が軽く会釈した程度では額へ当たる高さだった。
「そこ、右へ寄れ」
奥から声がした。
右へ寄ると、桶があった。
「桶の向こうだ」
俺は桶を避け、その向こうの削り屑を踏んだ。足元が柔らかく鳴り、工房の主がようやく顔を上げた。
髭を剃り損ねたところが顎に残り、厚い指には細かな切り傷があった。袖は肘だけ濃く汚れている。彼は挨拶より先に俺の木箱へ手を伸ばした。
「割れた方を」
見本を広げると、イェトは断面へ爪を立てた。削れた薄片を黒い皿へ落とし、光にかざす。乾いた外側は細かな粉になったが、奥から剥がしたものは皿の縁へくっついた。
「濡れてるんですか」
「触れば分かる」
触った。冷たかった。
だが、雨水で濡れた布のような湿りではない。皮膚へ貼りつく粉が、指を離しても残る。
「外だけ乾かしたか、違う層を混ぜたか。両方か」
「仕上がりの見本は通ってるそうです」
「見本が働くなら、坑夫はいらん」
イェトは皿を脇へ置いた。炉の上の小鍋が鳴ったが、本人は気づかず、手元の器具へ戻った。
二枚の金具を合わせるための小さな保持具だった。柄が太く、継ぎ目に交換のためらしいねじがある。先端へ刻まれた線が途中で一度曲がり、そこで薄い刃が引っかかる。
俺は思わず身を乗り出した。
「そこ、深くすると戻りが遅くなります」
イェトが俺を見た。
「見ていたのか」
「今、見えたので」
「口だけで直るなら、続けろ」
試されている。
そう分かると、嫌なはずなのに少し嬉しかった。俺は荷から自分の細い刻み針を出し、金具に触れてよいかを目で尋ねた。
イェトはそれを俺の方へ押した。
古い線へ新しい線を重ねるのは、道の上に道を引くようなものだ。深くすれば強くなる、とは限らない。灯台で何度も見た。遠い所へ力を逃がしていた曲がりを、新しい先端に合わないまま残してある。
俺は刃を入れず、煤を混ぜた油を指先に取り、余分な枝へ塗った。線を塞いだ状態で、手動の針を動かす。
先が軽く戻った。
イェトは俺の手から道具を取り、同じ動きをした。
一度。もう一度。
「消す所は、ここより半分狭くていい」
「じゃあ、消す場所は合ってる?」
彼は答えず、細い刃を渡した。
俺は笑いそうになった。危なかった。失敗する前に勝った顔をする癖は、まだ俺の頬に住んでいる。
金具を台へ止め、呼吸を落としてから手を動かした。足元の削り屑の匂いと、鍋の焦げかけた匂いが混じる。指先が滑らないよう一度布で拭くと、イェトはその間に鍋を炉から外した。
仕上げを渡した時、彼は最初より長く黙っていた。
「灯台でこれをやってるのか」
「窓を拭く時間の方が長いです」
「だろうな。窓から逃げてこっちへ来る奴は多い」
彼は金具を棚の奥へ置いた。捨てる物と一緒には置かなかった。
それを見た俺の胸の中に、小さな灯が点いた。
工房の戸が開いたのは、その時だった。
丸顔の男が、雨除けの外套を脱ぎながら入ってきた。顎の下へ薄い髭を残し、手には包みを二つ持っている。
「遠い所、ご苦労さまです。ヘドです。北第三坑の出荷を預かっています」
彼は俺へ包みを差し出した。
焼いた肉の匂いがした。
「まず夕食を。山の話は、腹が空いていてもろくなことになりません」
まったくその通りだと思った。
ヘドは職人の怪我を尋ね、軽いと聞くと肩を落として息をついた。話し方が柔らかく、俺が報告を終えるまで一度も遮らなかった。
「調べる物は明朝、揃えておきます。よい石も悪い石も、ご自身でご覧になってください」
そう言う男を疑うのは、礼儀の悪いことに感じられた。
イェトが肉の包みを受け取らず、台の上を指した。
「置いていけ。手が汚れる」
ヘドは一瞬だけ口を結び、それから笑った。
「相変わらずだ」
「石も相変わらずなら、呼ばれてない」
ヘドは俺へ向き直った。
「職人は、心配するのが仕事ですから」
俺は曖昧に笑った。肉の包みが、手の中で温かかった。




